タクミの真実
「完全にオーバーキルだけど、仕方ねえよな」
「ううぅ……またやってしまいました……」
力の集合体である竜は、オーバーキルしてしまうと回復に時間が掛かる。富嶽竜の時に一晩掛かったから、今回はそれ以上だろう。
肩を落とすショコラを慰めつつアレンは言う。
「気にすんなって。どうせあれしか方法はなかったんだし、一旦ゼニア王国に戻ろう。二日もありゃ回復してるだろ」
「うぅ……すみません」
「ちょっと待ってほしいにゃ。私まだシグマに言いたい事いっぱいあるにゃ」
サーニャはそう言ったが、シグマは変わらず岩に腰掛け微動だにしない。長い年月を経てそういう癖が付いたのかもしれない。
「うん? そうか、シグマとは四天王の仲だったな。じゃあサーニャはここに残るか」
「そうしたいにゃ。でも、アレンは私の事見張らなくていいのかにゃ?」
「お前が人を襲うなんて思ってねえよ。でも万が一そんな事があったら覚悟はしとけ」
「ありがとうにゃ」
礼を言い、サーニャは不動のシグマのもとへと駆けていった。
その背を見遣り、ココは尋ねる。
「何じゃアレン、おぬしサーニャを見張っておったのか?」
ココはアレンからその事を聞かされていなかった。アレンが話したくなかったのだ。
「おう、かたちだけだ。一応アクアリステにちょっかいかけた魔族だからな。だがこいつがザコには手を出さねえのは知ってる。何だって俺のライバルらしいからな。ま、百年早えが」
「ふむ。しかし百年経ったらおぬし死んでおるじゃろ」
「ものの例えだ。それよりココは? また戻ってくるが、シグマと話しておきたい事はあるか?」
サーニャはシグマの肩を揺すり、強く語りかけている。そんな様子を見遣り、ココはアレンとショコラの手を取った。
「よい。深く事情を知らない私がいても困るじゃろう。ゼニア王国に戻ろう。ショコラ、転移魔法を頼む」
「はいっ!」
こうしてアレン達はサーニャを残し、ゼニア王国に戻ってきた。以前と同じ泉の広場だ。まだ明るいが、東の空に朱が滲んでいる。
「さて。ちょっと間が空いちまう訳だが……お前らどうする? 俺はメシ食いにいくけど」
「そういえばアレンさんは何も食べてなかったですね。私もご一緒していいですか?」
「ゆっくりできるところがいいのじゃ。あとおいしいものが食べたいのじゃ!」
「そうか、じゃああそこだな。今日はもう休むだけだし」
「えっ?」
「むっ?」
アレンは二人を担ぎ、いきなり駆けだした。
そして着いたのがタクミの武具屋である。
「……アレン君、ここは武具屋でね、食事を出すような店じゃないんだけど」
アレンから話を聞き、タクミは嘆息した。
しかしアレンは食い下がる。
「別にいいじゃねえか。ここなら腹いっぱい食えるしゆっくりできる。しかも泊まれるとなったら他に選択肢ねえだろ」
「その発想が間違っているとは思わないのかい? 仮にも勝手に飛び出した身ならもう少し分を弁えてほしいものだよ」
「で? どうなんだ。メシを出すのか出さないのか」
「出すけど……きみはもう少し頼み方を学んだ方がいいかもしれないね」
「おう。じゃあメシができたら呼んでくれ」
そう言ってアレンは勝手に作業場へ入り、二階へと上がっていった。それを止める事なく、タクミはココとショコラに微笑みかける。
「ははは。少し育て方を間違えたみたいだ。きみ達は気にしなくていいからね。何か食べたいものはあるかい?」
「えっと……本当にいいんでしょうか……?」
「とにかくおいしいものが食べたいのじゃ! あとケーキ!」
「構わないよ。きみ達に人類と魔族の終戦を委ねてる訳だからね。少し時間が掛かるから、好きなようにくつろいでいてくれるかな」
「それなら私も上で休むのじゃ。できたら起こしてほしいのじゃ」
アレンと同じようにココも二階へと上がっていったが、それに続けるほどショコラは非常識ではなかった。
「あっ、あのっ! せめてお手伝いだけでもさせていただけませんか?」
「ありがとう。何か料理は作れるかな?」
「…………あっ」
残念ながら、ショコラは寝食を削るレベルの魔法オタクだった。
「ははは。構わないよ。もしよかったら旅の話を聞かせてもらえるかな。ショコラさん達が何を見てきて何を思ったのか、教えてほしいんだ」
「うぅ……すみません……」
タクミの言葉を気遣いと受け取ったか、ショコラは肩を落とした。
それからショコラはタクミが淹れたお茶を飲みながら、これまでの旅について話した。
アレンに半ば強引に連れていかれた事、怖い人だと思っていたが本当は優しい人だと感じた事、竜の力を誰も与えてくれない事、アレンがとてもココの事を想っている事。
「私もずっと引きこもっていて、でも世界には私の知らない事がいっぱいあって、何だかもったいない事してたなぁって」
大きな鍋を沸かしながら、タクミは野菜を切っていた。リズムが心地いい。その背中はアレンと同じぐらい広い。
「そうだね。世界はとても広い。ショコラさん達が旅したのはほとんどこの国の近くだけれど、本当はもっともっと広い。きっと、僕が知らない世界もまだまだあるんだろうね」
「えっ? タクミさんも旅をしていたんですか?」
「……ずっと昔の話だよ」
僅かに、ほんの少しだけリズムが乱れた。
「……タクミさん、一つお伺いしてもいいですか?」
「ああ、何だい?」
「タクミさんは、アレンさんの師匠なんですよね」
「そういう事になるね。本当はまだ伝えたい事があるんだけど、長い旅の中でアレン君がおのずと気付いてくれると信じたんだ。言葉をどれだけ尽くしても、伝わらない事はあるからね」
それはきっと、アレンの目的――復讐についてだろう。
真実はまだ分からない。魔王城へ向かい、ゼファルに真意を尋ねるまで分からない。
そしてまた、アレンが真実を知った時、どんな決断を下すかも分からない。
しかし、ショコラにはそれとは別に気になる事があった。
「タクミさんとアレンさんは、どうして知り合ったんですか?」
タクミの手が、ぴたりと止まった。
「お二人が兄弟弟子で、別に師匠がいたなら分かるんです。でも、お二人の歳ってそんなに変わらないですよね? 少なくとも私には一回りも変わらないように見えるんですが」
「ははは。嬉しいね、そんなに若く見えるかい?」
振り返り、タクミは笑った。
ショコラの言う通り、アレンとタクミの歳はそう変わらないように見える。
「ごめんなさい。私、気になった事はどうしても知りたいんです」
「……そうか。そうだろうね」
包丁を置き、タクミはショコラの対面に座った。
微笑みを消したその目は、ショコラのずっと奥深くを覗こうとしているようだった。
「僕がアレン君と初めて会ったのは、彼の故郷だった場所だ。活発になった魔族に襲われていた時だ。もう少し……ほんの少しでも気付くのが早ければ、彼の故郷を守る事ができた。彼の心を復讐が蝕む事もなかっただろう。今でも、後悔している」
苦過ぎる後悔を噛み締めながら、タクミは語る。
「両親を、何もかもを失ったアレン君を、僕は育てる事にした。おこがましい話だけれど、許されざる罪への贖罪の思いもあった。幸いにも――いや、そう言ってはいけないだろうね。復讐の一心で盲目的になってしまったアレン君は、おそらく僕をそういう存在だと自然に受け入れている」
ショコラは言葉を失っていた。頭の回転が速いショコラでも、すぐには理解し難い話だった。
しかし嘘をつく理由もなければ、他に納得のいく理由もない。
「……つまり、タクミさんは……」
本当に?
これしかない結論に至っても、なお信じ難い真実。
それを本人の口から確かめてしまう事への、恐怖。
なぜならその真実は、魔法使いにとっての禁忌であり、また絶対に不可能とされているものだから。
それでもショコラは震える声で、確認する。
「……タクミさんは、歳を、取らない……?」
「そういう事になるね」
タクミは微笑んだ。いつものように、当たり前のように。
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