勇者の実力

「先に言っとくが」


 アレンとココの距離、およそ三十歩。

 剣を構えたアレンは言う。


「この距離はもう俺のゾーンだ。分かるか? 近距離に弱い魔法使いならもう俺が勝ってるって事だ。だからハンデをやる。お前が攻撃を仕掛けるまで俺は動かねえ」

「ふん。魔王の力を舐めるでないわ。負ける前から言い訳とは恥ずかしいやつよの」

「そう思いたきゃそう思え。とにかく俺はお前が先に攻撃するまで動かねえ」

「ショコラよ、治癒魔法の準備をしておくのじゃ。ごめんなさいも言われずに死なれては困るのじゃ」

「はいっ!」


 ショコラは中身を見る事なくページをめくる。分厚い手帳だが、どこにどの魔法が書かれてあるかはすべて覚えている。


「準備はいいな。――さあ、掛かってこいチビッ子!」

「チビッ子言うなーッ!」


 怒鳴り、ココは腕を振るった。

 へたくそにボールを投げるような所作、そんなココの手に炎が宿る。

 炎は豪速の燃え盛る火球となり、アレンへと一直線に飛んでいく。

 常人であれば目にもとまらぬ速さだが――しかし。


「ふんッ!」


 アレンは火球を両断した。魔法そのものを打ち消した。

 振るった剣が巻き起こした圧だけで、ココの黒い帽子が舞い飛んだ。


「む。おぬし少しはやるようじゃの」

「手加減してんじゃねえよ。もう一回チャンスをやる。掛かってこい」


 苛立ちを隠そうともせずアレンは言い、ココは眉をひそめた。


「ならばこれでどうじゃっ!」


 アレンに向け、ココは手を振り下ろした。

 青空を割り落ちる迅雷。頭上からの見えない攻撃――しかし。


「はッ!」


 剣でもってアレンは雷を鋭く突き返した。消える。雷が消滅する。

 ココから目を離さず、アレンは問う。


「ショコラ、どういう事だ? 確かにココは魔法が使えるようになったが、それだけだ。封印はどれぐらい解けたんだ?」

「全部ではないようですね。伝説の魔王について書かれた文献から作ったものですから、もう少し様子を見てみないと」

「分かった。おいココ! 殺す気で掛かってこい! 安心しろ、俺はお前が思ってるよりずっと強い!」

「……ふむ。無意識に手加減をしておったようじゃの。ならばこれでどうじゃっ!」


 ココが両手を前に突き出すと、アレンの周りにいくつもの小さな黒球が現れた。

 黒球が爆発する。爆発する。爆発する。

 黒い爆発が消えた時――そこにアレンはいなかった。


「だめだ、使えねえ。全然だめだ」


 アレンは吐き捨てるようにそう言った。

 ココは動けなかった。冷汗がどっと噴き出た。

 なぜならアレンの声は、ココの真後ろから聞こえたから。


「……おぬし、本当に人間か……?」

「逆に聞きてえな。魔王ってのはその程度か?」


 一切の興味を失ったようにアレンは剣を収めた。

 ココは何も言えなかった。力量に差があり過ぎる。勝ち負け以前、同じ土俵にすら立てていない。

 アレンは強い。魔王を討伐せんと志した者達の中では最も強いと言っていい。パーティも組まず、ソロで魔王の間まで真っ先に辿り着いたのがそれを証明している。

 しかし、それにしても。

 魔族を統べる王であるはずの自分が、ここまで及ばないとは想像だにしていなかった。


「ショコラ、どうなってる。魔王が四天王より弱いって事はねえよな?」

「……おかしいですね。アレンさんが相手では本気を出せないところもあるとは思いますが、そもそも使う魔法のレベルが低過ぎます。強力な魔法を教えてもいいですが、今のココちゃんだと使えないかも」


 ショコラは手帳をパラパラとめくりながら、困ったようにそう返した。


「そうか。どういう理由か知らねえが、タクミはお前を指名した。封印は解けてるんだろうが……仕方ねえな」

「い、嫌じゃっ!」


 アレンが言わんとする事を口にする前に、ココは否定した。


「絶対に付いていくからな! 魔族は私を襲ってこん、何も問題はなかろう!?」

「魔族はそうだろうよ。だが俺の知る限り竜族の力を借りねえと魔王城には行けねえ。あいつらは力だけがすべてのバカばっかりだからな、俺が倒してお前もついでにって訳にはいかねえんだよ」

「他の方法を探せばよいじゃろ! もとより魔族の城じゃ、他にも方法があるはずじゃ!」

「何で俺がお前のわがままに付き合わなきゃいけねえんだ?」


 きっぱりと――この上なくきっぱりと、アレンは突き放した。


「お前が他の方法を模索するのは勝手だが、それに付き合う義理はねえ。封印が解けたら魔王城へ行けるかと思ったがそれもねえ。ココ、お前何か勘違いしてねえか? 俺が魔王城へ行くのは何のためか、忘れてねえか」

「そ、それは……」


 アレンが魔王城へ向かうのは、故郷を滅ぼされた仇討ちだ。

 それ以上でも以下でもない。ましてや滅ぼした魔族の王たるココのために、既に知っている最短の方法を選ばず、他の方法を探す理由などない。

 自力で魔王城へ戻れないココにとっては残酷かもしれないが、それが現実だ。


「あ、あのっ!」


 何も言えずうつむいたココを見て、ショコラが手を挙げた。


「でしたら私も連れてってくれませんか? どうしてこんな結果になったのか検証したいですし、私ならココちゃんを守りながらでも戦えますっ!」

「は? お前自分の言ってる事分かってんのか? 何でガキばっかりぞろぞろ連れて――」


 言いかけ、アレンは気付いた。


「そういやお前、転移魔法使えるんだよな」

「はい。それでここにお連れしましたし」

「あれ? じゃあ魔王城へも魔法で行けるんじゃね?」


 アレンの言葉にココは思わず顔を上げたが、ショコラは申し訳なさそうにはにかんだ。


「すみません、それは無理なんです。転移魔法は行った事のある場所へしか行けませんし、魔王城には強力な結界が張られてるんです」

「結界なら知ってる。でもショコラならそこを何とかする魔法作れるだろ。魔王の封印解くより簡単そうだぞ」

「もちろん考えたんですが、魔王城って常に移動してますよね。座標をもとに転移したら空から真っ逆さま、最悪だと城と同化して即死です。結界は理論上破れるんですけど、地上からだと破っても意味ないですし」

「そうか。じゃあやっぱり無理だな。ココ、お前の気持ちも分かるが諦めろ。どういう理由でゼファルがお前を騙してたかは聞いてくるから」


 希望に顔を上げていたココだったが、再びうつむき、何も言えなかった。

 ゼファルに騙されていたとは思っていないが、真実を隠されていたのは事実だ。

 アレンなら約束を守ってくれるだろう。

 だが、もし万が一、魔族と人類の争いがゼファルの指揮のもと行われていたとしたら。

 アレンは間違いなくゼファルを殺す。

 再生できるような倒し方ではなく、聖なる力によってこの世から消し去る。

 魔王を――自分を殺すために単身魔王城へ乗り込んだのだ、聖なる力を使えない訳がない。

 生まれた時からそばにいてくれたおじいちゃんが殺されるなんて絶対に嫌だ。

 しかし、ココにはそれを止める手段がない。

 魔族に故郷を滅ぼされたアレンを止める事もできない。


 感情を押し殺し。

 自分にはどうする事もできないと言い聞かせて。

 分かったと言おうとしたその時、不意にショコラが腕を絡ませてきた。


「アレンさん、申し訳ないんですけど」

「何だ。お前のわがままにも付き合う気はないぞ」

「実はこの手帳、私にしか使えないんです」

「まあそうだろうな。それがどうした?」

「連れていってくれないならここから帰さないって言ったら、どうします?」


 尋ねながらページを破ったショコラに、アレンは鬼の形相を浮かべた。


「……てめえ、何の魔法を使った」

「完全防御の魔法です。時間制限はありますが、そのあいだに同じ魔法を何度でも書き込めます。もちろん、他のページを破る事もできます。例えば、転移魔法とか?」


 アレンの怒涛のラッシュを受けながら、ショコラは申し訳なさそうにはにかんだ。

 拳が届かない。届く寸前で鉄壁よりも遥かに硬い何かに阻まれる。


「ショコラてめえぇええええええ――――ッ!!」

「わわっ、そんなに怖い顔しないでくださいよぉ……。でも、これで実証されてますよね? 私はココちゃんを守りながらでも戦えますよね?」

「クソがッ!」


 吐き捨て、アレンは攻撃をやめた。


「……てめえ、覚えてろよ。絶対あとで後悔させてやるからな」

「えっ? 嫌です。ココちゃんここのページ持ってもらっていいですか? 転移魔法のページです」

「すみませんでしたッ!!」


 アレンは全力で土下座した。

 言うまでもないが、この状況で最も恐ろしい魔法は転移魔法だ。

 強力な魔法で瞬殺されるより、どこだか知らない島で干からびるのを待つしかなくなる方が十分に恐怖だ。


「うふふ。分かってもらえて嬉しいです。でも、ココちゃんの気持ちも分かってあげてくださいね?」

「はいッ! 自分勝手が過ぎましたッ!」

「そうですね。じゃあちゃんと謝らないとだめですよね?」

「誠に申し訳ございませんでしたーッ!」

「そういえば、私の事隠れ巨乳って言ってたの覚えてますよ?」

「二度と言いません申し訳ございませんでしたーッ!!」


 その後アレンは何度も土下座させられ、砂浜にぽっかりと穴が空いた。

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