勇者の深い眠り

 アレンが扉を開くと、剣や槍などの武器、鎧や盾などの防具がずらりと並んでいた。

 どれもピカピカに磨かれ、刃物は鋭利な輝きを放っている。


「タクミ、いるかーっ!?」


 返事を待たずにアレンは店の奥へと進んでいく。付いていきながら店中を見渡し、ココは感心したように言う。


「すごい数の武具じゃの」

「武具屋だからな。そういうもんだ」

「どれもおぬしの持っている武具より使えそうではないか。持っていかんのか?」

「タクミの拵えた武具を盗ろうなんてバカはこの世界にいねえよ。しかしあいつ、またいねえみたいだな」

「誰も盗らんのか。おぬしの知り合いは人徳があるようじゃの」

「そういう意味じゃねえが、まあいい。勝手にベッドを借りて俺は寝る。しばらく起きねえけど、店のもんに触ったりするなよ」


 キラキラ輝く白銀の剣に伸ばしかけていた手を、ココは慌てて引っ込めた。


「わ、分かっておる。刃物は危ないから触るなとゼファルからも言われておった。しかし、美しいものじゃな。争いの道具とは思えんわ」

「性能を突き詰めていくと自然と見た目もそうなるんだとよ。俺にもよく分かんねえけど」


 言いつつ、アレンはカウンターの奥にある扉を開けた。大きな釜や工具の置かれた薄暗い作業場を通り、奥にある階段を上っていく。


「いくつか部屋があるから、お前もどっかで適当に休んでろ。俺は寝る。すぐに寝る」

「む。なぜ別の部屋なのじゃ。ここの主人が帰ってきたらどうする? 魔王じゃぞ、いきなり斬り伏せられるかもしれんではないか」

「大丈夫だ。あいつは話の通じる魔族には手を出さない……はず……多分」

「めちゃくちゃ不安なんじゃが!?」

「分かったよ! じゃあ俺は寝てるからお前はじっとしてろ!」


 二階に上がった二人は右に曲がり、一番奥の部屋の扉を開けた。

 日当たりはいいが、ベッドと小さな机だけが置かれた狭い部屋だ。


「本当に大丈夫なんじゃな? 信じてよいのじゃな?」

「大丈夫だって。誰か入ってきたらすぐ俺を起こせ」


 不安そうに見上げるココの頭を撫で、アレンは武具を脱ぎ捨てた。そのままベッドに潜り込む。

 横になったアレンの背を見遣り、どんよりとココは呟き落とす。


「……ここが私の死に場所かもしれんの……」


 それからしばらく。


 ココは言われた通り床にうずくまり、じっとしていた。

 ぎぃ、と扉が開き、アレンの知り合い、タクミが入ってきた。

 短く切り揃えられた黒髪、シャツに革のエプロンを身に着けている。

 タクミと目が合ったココだったが、咄嗟に声が出せなかった。

 本来なら人間のオーラでもっと早く気付くはずだったのだ。


「おや、魔族じゃないか。こんなところで何を?」

「いきなりバレた――――ッ!?」

「ははは。おもしろい事を言うね。オーラが完全に魔族のそれじゃないか」

「アレン、アレンっ! 起きろ、起きるのじゃっ!」 


 血相を変え、ココは眠るアレンの上に飛び乗った。

 しかし起きない。目を閉じたままアレンは微動だにしない。

 そんなアレンの頭をココはポカポカと殴る。


「起きろ起きろ起きろ起きんかっ! 呑気に寝ておる場合かっ!」

「アレン君は寝起きが悪いからねえ。それにしても……おや」

「おーきーろーっ! おーきーるーのーじゃーっ!」

「お嬢ちゃん、ちょっとどいてもらえるかな」

「ひゃっ」


 突然脇の下から抱えられ、ココは小さな悲鳴を上げた。

 ココを床に下ろし、タクミは掛け布団をめくりアレンを仰向けにする。


「……これは大変だ。今すぐ治療しないといけない」

「どういう事じゃ? アレンは病気なのか?」

「あとで答えよう。お嬢ちゃんはアレン君に呼びかけておいてくれ」


 そう言い残し、タクミは駆け足で部屋を出ていった。

 ココは眠るアレンの顔を覗いて尋ねる。


「アレン、どうしたのじゃ? さっきまでピンピンしておったではないか」


 返事はない。身体を揺すっても反応がない。


「まさかふざけておるのか? 悪い冗談はよすのじゃ。ほれ、起きろと言うておる」


 ココは段々と不安になってきた。不安で不安で、涙が滲む。


「起きてよ、ねぇ、起きてよぉ……」


 タクミが戻ってきた。大きなわら袋をどさりと床に置き、手にした器にはどろりとした緑色の液体が入っている。

 アレンの口を開かせ、液体をゆっくり流し込んでいく。


「お嬢ちゃん、治癒魔法は使えるかな」

「使えぬ。私は何の役にも立たんような魔法しか使えんのじゃ……」

「それならこの袋に入ってる薬草を噛み砕いて、器に出してくれないか。かなり苦いけど、お願いできるかい?」

「アレンが起きるなら何でもしよう」


 わら袋から薬草を掴み出し、口いっぱいに頬張った。


「に、苦い……っ!」

「無理しなくていいよ。僕だけでも間に合わせる」

「そうはいかんっ! これでアレンが起きるのであろう? 私はアレンに義理があるのじゃ、手伝わん訳にはいかん」


 あまりの苦さに顔をくしゃくしゃにしながら、それでもココは頑張って咀嚼する。


「お嬢ちゃんがアレン君をここまで連れてきてくれたのかい」


 薬草を噛み潰しながらタクミは尋ねた。ココはふるふると首を横に振る。


「という事はこの状態でアレン君がここまで……ふむ、たくましくなったものだ」

「アレンは一体どうしたのじゃ?」


 器に噛み潰した薬草を吐き出し、ココは尋ねた。


「簡単に言うと死にかけているね。致命傷に近いダメージを負っている。生きているのが不思議なぐらいだ」


 ココは大きく目を見開いた。


「なぜじゃ!? ここに来るまでそんな様子はなかったぞ!?」

「無謀で強がりだからね、アレン君は。まあ、死なせはしないよ」


 常識的に考えて、雲より上の天空城から落下して無事で済むはずがない。

 しかも魔王の間に着いた時点で既にアレンは満身創痍だった。

 しかしココには気付けなかった。知識として分かっていても、感覚として理解していなかったがために。

 もっとも、アレン自身が気付かせないよう振舞っていたところも大きいのだが。


「死なないで、絶対死んじゃだめっ!」


 微笑みを浮かべ、タクミはココに薬草を手渡した。

 苦い薬草を口に含み、再び噛み潰す。これでアレンが目覚めると信じて。


 どれぐらい、それを繰り返しただろうか。

 噛み砕かれドロドロになった薬草を、アレンは無意識ながら際限なく飲み込んでいた。

 

「もう大丈夫だろうね。ありがとう、お嬢ちゃん」

「アレンは……起きんのか?」

「そのうち起きるよ。今はゆっくり眠らせてあげよう。僕はタクミって言うんだけど、お嬢ちゃん、名前は?」

「……ココじゃ」

「ココちゃんも疲れただろう。何かあたたかいものを作るよ。下に下りよう」

「いや、私はここでアレンが起きるのを待っておる」

「そうかい。では出来たら持ってこよう」


 わら袋と器を持ち、タクミは部屋を出ていった。

 口に残る苦みを感じながら、ココは眠り続けるアレンに話しかける。


「おぬし、無理をしておったのじゃな。全然気付かなんだわ」


 静かに深く、アレンは息をしている。それはココにとって何よりの安らぎだった。

 ベッドの上、アレンの耳もとでココは腕を組み、あごを乗せた。


「絶対に起きるのじゃぞ。このまま眠ったままなど、許さんからな……」


 薬草の効果か、旅の疲れか。

 ココもまた、アレンの隣で眠りに就いた。

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