魔王の証明

 ココが手を繋いでくるのはなぜだろうか。

 もしかしたら、ココは初めての世界に感動しながら、同時に恐怖を覚えているのかもしれない。

 友人がやっている店までの道中、アレンはそんな事を考えていた。

 

「しかし、私がいきなり行って大丈夫なのか?」

「心配ねえよ。そんなに深い仲じゃねえが、話が分かるやつなのは確かだ。……でもアイツだし、初見でツノはまずいか……?」

「魔族の象徴みたいなものじゃからの。帽子でも被るか」


 そう言ってココは人差し指を立て、空に何かを描いた。

 するとつばの広い帽子がすとん、とココの頭に落ちた。


「さすがにこれでは無理か」

「え? 待って今の何」

「何って、魔法じゃ。一部の人間も使えると物の本に書いてあったぞ。知らんのか?」

「いや、魔法は知ってるけど、そういうのじゃないんだよな……。てかココ、魔法使えるんだな。俺全然使えなかったけど」

「む。私は魔王じゃぞ。おぬし、まさか忘れておったのではあるまいな? そもそも魔法の起源は魔族じゃ」


 ココはぷぅ、と頬を膨らませた。そこに魔王の威厳はない。


「まあ、私もまだ深くは学べておらぬ。実技もやったが、ゼファルの方がよほど強い。そのゼファルを倒したとあっては、おぬし相当強いのじゃろうな」

「真っ先に魔王に辿り着いた俺だからな。否定はしない」


 実のところゼファルは一瞬でぶっ倒している。魔法使い系は魔法を発動させる前に終わらせるスタイルだ。

 あまりゼファルの話をしたくないアレンは早々に話を戻す。


「ま、ツノ隠せてれば大丈夫だろ。馴れ馴れしいやつだけど女の帽子をいきなり取るほど無礼じゃない」

「そういう問題ではなかろう? ツノを隠したところで匂いまでは隠せんと言うとるのじゃ」

「匂い?」


 腰を落とし、アレンはココの首をくんくんと嗅いだ。


「うきゃあ――――――ッ!?」


 顔を真っ赤にして叫び、ココはばたばたとアレンから離れた。

 すっ転んでびたんと草原に倒れ、アレンに振り返ってなお叫ぶ。


「いっ、いきなり何じゃ!? 確かにおぬしには諸々助けられた、じゃが身体を許すほどではないぞ!? 私の純潔はそこまで安くなどないっ!」

「いや、お前が匂いって言うから……つーか何? 純潔? アホかお前は! お前みたいな子供に欲情なんかするかバーカ!」

「む。そうなのか。安心はしたが、酷い言いようじゃの」

「俺は背の高い女の子が好きなんだよなー。背の高さを活かして馬上戦やってるような子じゃなくて、背が低い子に憧れてて底の浅い靴履いちゃうようなさ。いいよなー」

「いきなり何を語っておるのじゃ?」

「身体で言ったらどうだろうな、やっぱりおっぱいのでかい子が好きだな。でも胸と同じぐらいケツがでかい子が好きだ。あとおっぱいでか過ぎて隠すのを諦めた子な。でも背が高くてそういう身体の子って見た事ないんだよな。まったく、うまくいかねえもんだ」

「まさかまだ続けるとは思わなんだわ」


 それから数分。


「――だからケツってのはさ、大事なんだよ。ピンと張ったケツ、垂れてるケツ、同じでかいケツでも全然違う訳だ。ところでココ、お前別に変な匂いしないぞ? むしろ花みたいな甘い匂いがする」

「おぬしあれだけ語っておいてよく戻ってこれたの! 完全にドン引きじゃわ!」

「それぐらいお前を女として見てねえって事だよ。どれ一つ当てはまらなかっただろ」

「人類の男は性欲が強いと学んだが、まさかこれほどとはの……」

「話を戻そう。嫌な匂いじゃないし、大丈夫だろ」

「自分はあれだけ語っておいて容赦ないやつじゃな」


 ため息のようにそう言い、ココはすっと息を吸った。


「そっちの匂いではない。魔族としての匂いじゃ。おぬしら人類もそれぞれ匂いがあるじゃろ。じゃがその違いはあくまで人類の中での違いじゃ。魔族の匂いではない」

「魔族特有のオーラみたいなやつか。確かに分かる気がするな。こういう明るいところじゃそんなに意識しないけど、洞窟ではかなり役立った気がする」


 言いつつアレンは目を閉じた。ココのオーラを感じ取ろうとしたのだ。


「あれ?」

「何じゃ」

「魔族のオーラが感じられない」

「バカを言うでないわ! 魔王じゃぞ! 魔族で一番偉いんじゃぞ!」

「そんな事言われてもなー。ココ、お前本当に魔族か?」

「当たり前じゃーっ!」


 怒鳴り、ココは帽子を取った。青い髪をかき分け、かわいらしい小さな黒いツノが丸まっている。

 アレンが何ともなしにツノを引っ張ると、ココの頭がぐらぐら揺れる。


「痛い、痛いわっ! バカか!? バカなのかおぬしは!?」

「取れないな。魔族は魔族なんだな」

「魔王じゃと言うておる!」

「じゃあ何か魔王らしい事やってみてくれよ」

「魔王らしい事……とな。よし分かった。やってやろう」


 すすす、とアレンから距離を取り、ココはこほんと一つ咳ばらいをした。

 何かを描くようにちょいちょいちょいと指を動かすと、草原がゴゴゴと唸りを上げた。


「おお……おおおっ!?」

「どうじゃ、すごいじゃろ! これが魔王の力じゃ!」

「お、おう。……地鳴りだけで揺れてはいねえんだな」

「む。不満か?」

「むしろ魔王じゃない感が増した」

「むむむっ! そう言うおぬしだって本当に勇者なのか!? 大体何じゃその家にあるもの適当に着てきましたみたいな鎧は!」

「俺は勇者なんて自称してねえけどな!」


 どこにでもありそうな剣、革の鎧。アレンの装備は確かに地味だ。


「大体、頑丈な武具を手に入れるために小遣い稼ぎみたいな依頼引き受けるなんてまどろっこしいんだよ。命の保障なんてどうでもいい。俺の目的は村のみんなの――魔族の被害に遭ったみんなの仇討ちだ。他の誰でもねえ、俺が討つ。それだけだ」

「……うむ。そうか」

「だからお前は魔王じゃなくていい。血統の問題じゃなくてな。俺が仇討つ相手、そいつこそが魔王って事だ」

「そういう事か。おぬしは、その……優しいのじゃな」

「バーカ。復讐に駆られた人間が優しい訳ねえよ。ほら、あの丘の上に屋根が見えるだろ。あれが知り合いの店だ」

「うむ」


 頷き、ココは手を差し出した。

 アレンはその手を取り、二人は手を繋いで草原をゆく。

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