魔王城へ

「クロード、息災か!」

「離れろ」


 天蓋竜の間から王の私室に出てくるなり、天蓋竜はクロードの隣に駆け寄り抱き付いて髪を撫でくり回した。クロードは振り向く事もなく天蓋竜を押し離すが、それでも離れようとせず、デレデレした表情を浮かべている。

 タクミは部屋におらず、アンジェは黒猫に化けていた。窓際に寝そべり、おそらくは冷めた目で天蓋竜を見つめていた。

 ショコラはぐったりとソファにもたれ掛かっていた。勝てる算段があろうとも、命を懸けた勝負はやはり疲れる。ココはショコラの膝枕で横になっていた。

 やたらとクロードを可愛がる事を知っていたアレンは話を進める。


「天蓋竜、そんなのあとでいいから魔王城まで連れてってくれよ。こちとら急いでんだよ」


 日が暮れるまでに魔王城で事を済まさなければならない。ゼファルに真相を確かめ――

 アレンは決断を下さなければならない。

 アレンからココの顔は見えない。きっと疲れた顔をしているとは思う。しかしこの先、真相を知ったあとの事もきっと考えてはいるはずだ。

 場合によっては、いや、非常に高い可能性として、アレンはココがおじいちゃんと慕うゼファルを殺さなければならない。

 ココだって分かっているはずだ。しかし今の今まで、今だってそう、ずっとうやむやにしてきた。考える事から逃げてきた。

 正直なところ、復讐を遂げる事がすべてではないとアレンは分かっている。

 分かってははいる。しかし、いざゼファルから事の真相を聞いた時――同じように考えていられるかどうか、自信がない。

 真実がどうであれ、ゼファルが魔族を指揮し、故郷を奪った元凶である事はほぼ間違いない。

 願わくば更に裏で糸を操る悪がいてほしい、とすら考えていた。


「準備はできているのか」


 だからこそ、おそらくは別の意図で尋ねたのであろう天蓋竜の言葉が、思いの外重く響いた。


「当たり前だ。早くしろ」


 それでも熟考の間を求めず、揺らぎあるまま決断の時を急いだのは、葛藤を嫌い、どちらかに傾き固まった自身に未知なる恐怖を覚えるからだ。

 その時アレンがどんな表情をしていたかはクロードと天蓋竜しか知らない。クロードは感情を表に出さない。天蓋竜は何を思ったか、あるいは何も思わずにか、テーブルにショコラの手帳を投げて寄越した。


「いつか再びに戦おう。その時を楽しみにしている」



 アレン達と天蓋竜は中庭に出た。後ろから黒猫がこっそりと付いてきていたが、気にする者はいなかった。

 青く透き通った空を見上げ、ココは言う。


「いよいよ我が城へ戻るのじゃな」


 その目から長年住み慣れた城へ帰る事への喜びは感じられない。むしろ今まで見た覚えのないほど、険しい顔をしていた。厳しい顔をしていた。

 ココもまた城に帰る意味を分かっている、とアレンは悟った。ショコラを見れば不安そうな顔をしていた。目が合ってすぐ、ショコラはココの手を取り同じように空を見上げた。


「もうすぐ人間と魔族が仲良くなれるんですね」


 その言葉が自分に向けられている事は明らかで、しかし、だからこそアレンは何も言わなかった。


「竜の姿を取る事は不本意なのだがな。敗北は敗北だ。俺の背に乗るがいい」


 青い光を放ち、天蓋竜のシルエットが変化していく。巨大化していく。

 王城の中庭は広い。しかしそれに収まらぬほどの巨貌、威容。

 現れた蒼き竜は天を衝く尖塔を軽く超え首を空に向けていた。乗れと言われて乗れる高さではない。アレンは右腕にココを、左腕にショコラを抱えた。


「行くぞ」


 言葉に感情を表さず、アレンは高く跳躍した。



「すごいの、もう王都があんなに小さいのじゃ……!」


 遥か下方を眺め、ココは感嘆した。アレン達を乗せた天蓋竜は解き放たれた矢のように速く、力強く空を泳いでいる。ゼニア王都のみならず大陸全土が見渡せる。更に彼方に目を遣ればまっすぐな水平線が見える。


「うぅ……だんだん怖くなってきました……」

「大丈夫だ、落ちやしねえよ」


 言いつつ、アレンはココとショコラを抱き寄せた。

 この腕の中にあるのは守るべきものか――それとも。

 抱き寄せられた二人は唐突に黙り込んだ。

 それぞれに思うところがあり、しかし言葉にできないまま、アレン達を乗せた天蓋竜は決戦の魔王城へと進んでいく。

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