決戦、天蓋竜
天地なき、空。一面の空ならぬ、全面の空。
アレン達は再び戻ってきた。今度こそ、天蓋竜に勝つために。
敗北は許されない。一歩を踏み出す時、アレンは慎重に足場を確かめた。ココと手を繋ぐショコラは小さな声で魔法を詠唱していた。もう片方の手に握っていた赤い宝石が消えてなくなる。絶対防御の展開。手帳はあくまで詠唱を省略する道具に過ぎない。
歩を進めるその先、空が歪み像を結ぶ。クロードと同じ顔、髪の色だけが黒ではなく銀。天蓋竜は初めから剣を手にしていた。
「お前には興味がなくなったと言ったはずだが?」
立ち止まったアレンは腰を落とし、剣柄を握った。
身体で隠した柄をちらりと見せ、構え直す。
「この鞘に見覚えがあるんじゃねえか?」
「なるほど。タクミも生きているという事か。信じ難い話だが、事実として受け入れよう。お前の技がタクミの技に似ている理由、ようやく理解した」
アレンはそのまま、ショコラはココを連れ後ずさる。天蓋竜は構えず近付いてくる。
「その剣も返してもらおうか。元は俺の身体の一部だったものだ」
「構わねえよ。ただし、お前を叩っ斬ったあとだ」
「そうか。ならばお前から遊んでやろう」
直後、天蓋竜が空に溶けた。同時、ココとショコラが立つ見えない足場が消えた。
「おおぉ――――――っ!?」
「ココちゃん、絶対離れないでくださいねっ!」
想定内だ。アレンは落ちていった二人に振り返らず、じっと天蓋竜を待つ。
そして降り注ぐ、空。あるいは天蓋竜のドラゴンブレス。
アレンは最低限の回避に留め、無暗に天蓋竜を探すような動きをしない。
天上から声が響く。
「メリッサ達が気にならないのか? この世界に底がないとでも思っているのか」
「お前こそいいのか。ショコラがずっと防御に徹しているとでも?」
「……ほう」
崩落する空の欠片が静止する。構えるアレンの真後ろ、音もなく天蓋竜が像を結ぶ。
首を狙い振るう剣に躊躇いはなかった。
――しかし。
「お前は空を崩す時、絶対に姿を見せねえ」
背を向けたまま、アレンは鞘で天蓋竜の剣を防いだ。
そこからの動きはまさに神速。抜剣、身体を捻り真後ろに剣を振り下ろす。
滑るように退き、紙一重で躱した天蓋竜は悪辣な笑みを浮かべた。
「お前が頭を使うとは珍しいな。しかし、だからどうした」
再び天蓋竜が空に溶ける。アレンは追わない。鞘に剣を納め、再びに構える。静止していた空の欠片が動き出し、崩落する。
世界の終わりのようにひび割れた空が全天に広がっている。アレンは見上げない。気配だけを頼り瓦解する空を躱し、時に落下する空に乗り爆発する前にまた別の空へ飛び移る。
爆発音が途切れ、天上から声が響く。
「俺が姿を現さない限り、お前はどうする事もできん。せいぜい足掻くがいい」
「ずっとこの声に騙されていた」
「……何だと?」
アレンは振り返った。その先には何も見えないが、確かに振り返った。
「お前は消えてる訳じゃねえ、姿を隠してるだけだ。空と同化して、空から声を放ち、そこにいないと思わせる」
「はっはっは! どうした、今日は随分と頭が回るではないか! いや、タクミからの入れ知恵か? しかし、だとすればどうする。当たる可能性に賭け剣を振るい続けるか?」
「いいや。もうじきお前は炙り出される」
返事はなかった。
跳躍し、走駆し、アレンは待つ。
すべての力は一太刀のために。
ココを抱え、落下しながらショコラは詠唱を続けていた。
「――楽園の住人にして崩壊の引き金、務めは宵闇の報せ、星空の画家」
攻撃を受ける心配はない。なぜなら崩落する空は上からのみ、更に自然落下の速度を超える事がない。全面の空はフェイクだ。
「――黄昏を紺に染め、七色の宝玉を散らし、深い眠りに誘う」
かつて創造主が住んでいたとされる楽園。今は亡き楽園。
その住人を呼び出す魔法こそ、禁呪。
「――時は満ちた。長き黄昏に終わりを! 塗り潰せ、『夜』!!」
詠唱の完了。
全面の青空は今、紺色の星夜に塗り替えられた。
禁呪によって作り出された夜の中、アレンは捉えた。
ヒトのかたちをした青い空。取り残された空、紛う事なく天蓋竜。
駆ける、駆ける、駆ける――跳ぶ。取り残された空が像を結ぶ。ニヤリと嗤う口元。
「なるほど。考えたものだな」
「『打つ』ッ!!」
夜空に剣と剣がぶつかり合い、しかし高い金属音は鳴らない。
アレンはこの感触を知っている。力が打ち消される感覚、絶対防御。少なくともそれに似た何か。
剣越しに至近、天蓋竜は牙を剥いて笑う。
「どう足掻こうとも俺に敗北はなく、お前に勝利はない。そろそろお前の頭でも理解できただろう?」
「巨大な竜は崩れる空を躱せず、空と同化したお前を見つける事もできない。お前は確かに、竜相手なら最強だろうな」
含みあるアレンの言葉に天蓋竜は眉をひそめた。
ここから何ができる。
物理一辺倒のアレンにまだ手札はあるか。――否。
しかし、だからこそ。
こんな状況でもまだ目が活きている事に疑問が残る。
思索する天蓋竜にアレンは告げる。
「お前の方こそ分かってたんじゃねえのか。俺とショコラを同時に相手できねえからあいつを落としたんだろ?」
「違うな。わざわざ俺の身体を持ってきたお前に少々苛ついただけだ」
言いながら違和感を覚える。
なぜ今そんな話をする?
疑問はすぐに解けた。
「――屍転がる戦場、鉄風に揺れる一輪の花、純潔の白」
真後ろから誰かに抱き着かれた。見覚えのあるローブ、囁かれる忘れるはずもない声。
「メリッサ!!」
肘打ちの力が消された。絶対防御。しかしメリッサは遥か下方に落下したはず。
転移魔法。解はすぐに導き出された。
「――折れず、焼かれず、枯れる事なき不死身の花、呪われた花」
「離れろ、放せ、放せッ!!」
少女の細腕一つ解けない。詠唱の意味は分からないが、何を発動させようとしているかははっきりと分かる。
「――血を啜り、独り生き続ける孤独。今、楽にしてあげる。打ち消す! 『防御魔法の解除』っ!」
詠唱の完了、そして――天蓋竜の剣が、折れた。接した状態からでも砕き折ったアレンの剣が首に当てられた。
「お前の負けだ、天蓋竜」
「……なぜだ?」
綿密な作戦とは言えない。しかし、どこでどう手を打てば崩せたかも分からない。
少し考えれば分かるような、作戦とも呼べない打ち合わせ程度で敗北した現実が、どうしても受け入れられない。
そんな天蓋竜にアレンは解を突き付ける。
「お前らはいつも個で戦う。最強の個を求めるからいつだって一人だ。だから人間に勝てねえんだよ」
強さを求め、より強く。何者よりも強く。
最強の個を目指す種族、竜が故の弱点。
「なるほど」
絶対防御がある限り、アレンだけになら絶対に勝てた。
手帳がなければ同時に魔法を発動できない。メリッサだけにでも絶対に勝てた。
メリッサにまとわり付いているだけのココなど論外だ。
故に敗北はないと考えたのは、竜が故の思考。
天蓋竜は嗤う。
「タクミやメリッサは個の強さが尋常ではなかった。故に群れとして見えていなかったか」
折れた剣を落とし、天蓋竜は両手を挙げた。
「群れの強さ、よく理解した。俺はまだ強くなれるようだな!」
高く高く、天蓋竜は笑い――
勝負は、ここに決した。
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