疑惑と思惑
ココが魔王というには疑わしい点がいくつかある。
さほど興味もなさそうにクロードはそう言った。
「いやいや、何を言っておるのじゃ。正真正銘、私は魔王じゃ。ココ・ジャグスリバグスじゃ。ジャグスリバグスの意味は知っておるじゃろ」
「お前は自分が生まれてきた時の事を覚えているか」
クロードは質問に質問で返した。
ノックの音が聞こえて、給仕がティーセットを載せた盆を持って入ってきた。お茶は二人分。給仕はすぐに下がり、静かに扉を閉めた。
「……覚えておらん。そんなの誰も覚えとらんじゃろ。おぬしは覚えておるのか?」
「お前が魔王であるとすれば」
相変わらず質問に答えず、クロードはそう前置きをして話す。
「なぜ魔族はお前を助けに来ないのか。地上では人類が優勢だ。天空城の魔族は地上の魔族より遥かに強いと聞いている。魔族の最大の弱点とも言えるお前を放置しているのはなぜか」
「いや、サーニャが探しに来てくれて――」
ココは言い淀んだ。
サーニャはアレンを追ってきた、とアレンから聞いたのを思い出した。
「……違うのじゃ。天空城はすごく高いところにあるのじゃ。だから誰も下りてこれんのじゃ」
「お前ともう一匹、国領内に出入りしたのを確認している。そのもう一匹も今は国領内にいない」
「いい加減にするのじゃっ!!」
立ち上がり、ココは怒鳴った。
「確かに証明するものは何もないかもしれんが、私は紛れもなく魔王じゃっ!! 父上に愛され、ゼファルから魔王として育てられたのじゃ! 何じゃ、なぜ妙な勘繰りをするのじゃ!!」
「疑問点があると言っただけだ。座れ」
顔を迫らせるココを一瞥し、クロードはお茶を一口含んだ。静かにカップを置き、目前のココに言う。
「もし一国の主の死が国家の滅亡に繋がるならば、主の存在を隠蔽するのが得策ではないか」
ココは気付いた。言う通り、クロードは勘繰ってもいなければ疑ってもいないが、しかし、これは会話ですらない。
疑問と考察。言葉にしているだけの独り言。
顔が火照るほどの怒りと薄ら寒いほどの不気味を感じ、ココは声を震わせる。
「……喋るでないわ」
天蓋竜のような脅威ではない、しかし同じ顔をした、異形。
もはや言葉は通じないものと感じながら、それでもココは言う。
「私や父上への批判や侮蔑は受けよう。私は無知にして無能、父上の行いも断じて許される事ではない。おぬしにどう言われようと仕方のない事じゃ。――じゃがな」
ココは思い切りクロードの頬を叩いた。
「私と父上の縁まで愚弄するのは許さぬ。……正しい父ではなかったが、私にとっては優しい父上だったのじゃ。おぬしに何が分かる、知ったような口を利くでないわ。恥を知れ」
叩いた手に僅かな痺れを感じる。
叩くつもりなどなかった。暴力を認めていい理由など決してないと誰よりも分かっているつもりだった。
まして相手は人の王だ。命令一つで殺されても仕方のない相手だ。
それでも後悔はなかった。悔いを覚えない事に、ココは初めて自分にも決して譲れないものがあると知った。
「そうか」
対し、クロードはやはり興味なさげにそう呟き落とした。その表情に変わりなく、熱を持たない目は何も見えていないように思えた。ソファに腰掛けたココは両手でカップを取り、温かいお茶を口に含んだ。色も香りも特別なものではない、どこにでもありそうなお茶だった。
それから二人はアレン達が戻ってくるまで、一言も言葉を交わさなかった。
「まさかそんな法則があったとはな」
「これならいけそうですね! 頑張りましょう!」
アレン達とショコラ達は一緒に戻ってきた。途中で合流したのだろう、作戦も練ってきたようだ。
ソファの後ろからココの頭をぽんと叩き、アレンは言う。
「待たせたな! こっちはうまくいきそうだ。お前はどうだ、王様の何たるかを教えてもらえたか?」
「うむ。こやつのようにはなるまいと思ったのじゃ」
「うん? どうした、何かあったのか?」
不機嫌なココといつも通りのクロードを見比べて尋ねると、ココはぷいっと顔を逸らした。
「何事もない。用が済んだのなら天蓋竜への扉を開くが、分かっているな」
「今回で最後なんだろ。分かってるって。それよりクロード、お前ココに余計な事言ったんじゃねえだろうな?」
明るい声でそう言ったアレンの目は笑っていない。クロードは立ち上がり、天蓋竜の間へと続く本棚の前へと向かった。そのあとにアレンとショコラが続き、ココも立ち上がる。
「国家の在り方について共に持論を述べた。それだけだ」
本棚が動き、隠し扉が現れる。
「そうか、ならいい。じゃあ今度こそ天蓋竜ぶっ倒してくるぜ!」
「アンジェさん、ありがとうございます。それじゃあ、行ってきますね」
何も言わず、ココはクロードを睨み上げた。
「健闘を祈る」
そう言ってクロードはアレン達を見送り、執務用のイスに腰掛けた。
「あんた、ココに何言ったのよ」
机に腰掛けたアンジェはクロードの頭を撫でながら尋ねた。クロードはその手首を掴んで放した。
「魔王を騙る傀儡ではないか試したが、本物らしい」
「そう。あんたらしいわね。本物と分かっても殺さなかったところも」
アンジェは再びクロードの頭を撫でた。からかうように笑うアンジェを見上げ、クロードは尋ねる。
「しかし怒らせてしまった。子供を相手にするのは難しいものだな」
「あんただってまだガキじゃないの。タクミ、こいつのコミュ障はいつ治るのかしらね?」
「クロード君はうまくやっているよ。少なくとも、僕よりは」
そう返し、タクミはソファに腰掛けた。
「あとはアレン君達の帰りを待つばかりか。しかし、ここまで随分と長かったものだね」
「そうかしら? ま、本当に難しいのはこれからよね。アレンがうまくやれるかも分からないし」
「どういったかたちであれ魔族との争いは終わる」
クロードの言う通り、アレン達が天蓋竜に勝とうが負けようが、争いは終わる。
どう終わるかはアレン達の手に委ねられている。
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