始まりにして終わりの地

 アレンとココ、二人の旅の始まりにして終わりの地、魔王城。

 黒く塗り潰したゼニア王城のような禍々しさはない。壁には苔むし蔦が這い、永い時を経た威厳を感じる。


「ここが我が城か……。何というか、でかいの?」

「人間のサイズじゃねえからな。つーかココ、外から見るの初めてなのか」

「魔王の間と自分の部屋ぐらいしか知らんのじゃ。ゼファル以外の仲間に会った事もないの」

「仲間、か」


 そう言ったアレンの言葉には少しだけ棘が含まれていて、ココはもう何も言わなかった。


「アレンよ、また会おう」

「おう、助かったぜ」


 天蓋竜に別れを告げても、アレンはココとショコラを両腕に抱えたままだ。

 遥か高みにある魔王城の最上部――魔王の間を見上げて言う。


「ショコラ、絶対防御を頼む」


 返事を待たず、アレンは巨大な正門へと駆けだした。場内は複雑な迷路のようになっているが、魔王の間へ繋がるルートなら頭に入っている。

 寄り道する必要はない。一点突破を試みる。魔王の間に繋がる正しい道筋のどこかでゼファルと鉢合わせるはずだ。

 遥か上空に浮かぶ魔王城に門番はいない。閉ざされた巨大な門を蹴り破り、アレンは一目散に城内を駆ける。

 廊下は広いが、灯りはロウソクだけで仄暗い。雑魚は無視する。立ち阻む巨大な魔物の脇はすり抜けていく。


「アレンさん、書物のある部屋は分かりますか!?」

「そんなもん後回しだ! 喋るな、舌を噛むぞ!」


 螺旋階段を駆け上がる。目標はただ、一つだけ。

 初めて訪れた時は迷宮のような構造に迷ったが、だからこそ今は目的地まで一直線に進む事ができる。しかし今は今で、また違う迷いを抱えている。

 この先に何があるのかは知っている、だがこの先で何があるのかは分からない。

 いっそ、足を止めたいというノイズが瞬く。アレンはそれをすぐに振り払う。

 長い旅の果てに何があるのかは分からない。いつだって未知は恐怖だ。それでも辿り着かなければ旅は終わらない。

 願わくば、幸せな結末を。

 そんな希望ですら、今のアレンにとってはノイズだった。



 薄暗闇の迷宮を駆け抜けて、アレンは狭く長い一直線の通路で歩を緩めた。


「暗黒騎士がいない……?」


 アレンを満身創痍に追い込み、唯一倒せなかった四天王、暗黒騎士。以前訪れた時にはここにいた。動きは遅いが範囲内に入ると猛攻を仕掛けてくる特性上、こうした狭い廊下に最適なのだが。


「おらんならおらん方がよいじゃろ。意外と私を追って地上に落ちてたりしての?」

「絶対防御は絶対ですから、どんな相手でも大丈夫です!」

「そうだな。行くぞ、この先にゼファルがいるはずだ」


 暗黒騎士がいない廊下を駆け抜け、アレンは薄暗い螺旋階段を上っていく。



 ――それから、どれぐらい経っただろうか。

 アレンはまだ同じ螺旋階段を駆けていた。両脇に幼女と少女を抱えているとはいえアレンの健脚だ、何より、以前に来た時よりもずっと長く感じる。


「アレンよ、この階段おかしくないかの?」

「うるせえ。喋るなっつってんだろ」

「いえ、私もおかしいと思います」


 ココとショコラから指摘され、アレンは速度を落としやがて足を止めた。


「何がおかしいってんだ。バカでかい城だ、目指してんのはてっぺんだ。そりゃ階段も長いだろうが」

「私もよく分らんがの。さっきから同じところをぐーるぐーる周っておる気がするんじゃ」

「私もそう思います。それに、ここだけ魔力の感じが違うというか」

「そんな事ある訳ねえだろ! 終わりがねえ階段なんかある訳が――」


 ハッと目を見開き、アレンは薄暗く狭い階段を見渡した。石造りの天井、仄かなロウソクの灯りが揺れる壁、ゆるやかに傾斜した赤絨毯。螺旋しているが故に終わりは見えず、振り返っても始まりは見えない。

 言葉を失ったアレンにココが声を潜めて言う。


「……そういえば、あったの。おぬしが連れ出してくれた、あの森」

「もしかして迷いの森ですか? タクミさんの家の近くにある?」

「何じゃ、ショコラも知っておるのか?」

「王都のすぐ近くですから……。もしかして、この階段にも同じ罠が」

「俺に迷いがあるってのか」


 ショコラの言葉を遮るように、アレンは見えない階段の先を見上げて言い放った。

 その声は否定を、いや拒否を含み、しかし表情には焦りが表れていた。

 心に迷いある限り、迷いの森からは抜け出せない。


「クソがッ!!」


 アレンの叫びが螺旋階段に響いた。

 否定はできなかった。この先に待ち受ける結末。人生を賭した旅の終末。

 今も未知なるそれにアレンは迷いを抱いている。

 願わくば辿り着きたくないとさえ思っている、そう気付かされた事にアレンは怒りを露わにしていた。

 アレンの心中を察するも、どうすればいいのか、どう声を掛ければいいのか分からないショコラはココを見遣った。

 怒りに震えるアレンの拳を、ココは小さな手でそっと包んだ。

 アレンを見上げてココは言う。優しく、強く。


「大丈夫じゃ。私は迷っておらん」


 その言葉の重さに、アレンは絶句した。

 ココは笑っていた。この状況で、これからの状況で、笑ってそう言えるココを、アレンは初めて強いと感じた。

 言葉にする事は憚られ、アレンは小さな手を優しく握り返した。


「ほれ、ショコラもじゃ! 迷わず進めばこの階段も抜けられるはずじゃ!」

「はっ、はいっ!」


 二人の手を繋ぎ、ココは螺旋階段を上っていく。

 それからしばらくもしないうちに、螺旋階段は終わり、正門とそう変わらない巨大な両開きの扉の前に出た。

 扉を見上げてアレンは言う。


「……この先が魔王の間だ」

「確かに見覚えのある扉じゃ! ゼファルはおるのかの?」

「ここまで来ていなかったら……やっぱり魔王城は落とされちゃうんでしょうか……?」

「考えても仕方ねえ。行くぞ」


 剣を抜いて一閃、アレンは扉を斬り倒した。

 そして。

 その先に待っていたものは。

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