束の間の休息
「海じゃ――――ッ!」
せっかくですし海で遊んでいきましょう。
そうショコラに言われ、アレンは断る事ができなかった。遊んでいる暇などないのだが、生殺与奪を握られているのだから仕方がない。
水着に着替えたココが楽しそうに遊ぶのを遠目に、ショコラは優しく微笑む。
「アレンさんって、不器用ですよね。危険だから連れていきたくないのに、伝え方が下手っていうか」
「……うるせえ。ガキが分かったような事言うな」
「そういうところですよ? そういうところ」
なお、アレンは首まで砂浜に埋められている。しかも横ではない。縦だ。隣のショコラも水着に着替えているのだが、その巨乳を拝む事すらできないでいる。青空の下、広い海、ココは潜っては勢いよく飛び跳ねるのを繰り返し、ただそれだけでとても楽しそうだ。
「ココはゼファルの事を肉親のように慕ってる。本当のところはまだ分からねえが、もしあいつが俺から故郷を奪ったんなら絶対に殺す。たとえココの目の前であってもだ。事後報告の方がまだマシってもんだろ」
「いずれにせよ自分もまた恨まれる、ですか」
「…………そうだよ」
舌打ち、そう吐き捨てたアレンの頭を見遣り、ショコラは再び海と遊ぶココを見つめた。
沈黙に潮騒、ココの楽しそうな笑い声。
ショコラは唐突に打ち明けた。
「私、実は肉親がいなくて。どこで生まれたのかも分からなくて、教会の孤児院で育てられたんです。だからアレンさんの気持ちの深いところは、きっと分かってないです。ごめんなさい」
「……俺に謝るような事じゃねえだろ」
「でも何不自由なく育てられましたから。正直、だったら復讐なんてやめればいいのにって、思っちゃいましたから」
復讐が復讐を呼び、繰り返される争いと流血。
あるいは人類と魔族の争いもそうして始まったのかもしれない。
アレンだってそんな事は分かっている。胸が焼け付くほど、分かってはいるが。
「今更止められねえんだよ。俺は、俺が生き残ったのはそのためだと思ってる。でなきゃ死んだやつらが報われねえ」
瞼を閉じれば今も鮮烈に浮かび上がる地獄絵図。
復讐を終えたところで消える事などないと分かっていても、アレンは他に生き方を知らない。
「やめようぜ、こんな話は。お前もココと遊んでやれよ」
「そうですね。あくまで仮定の話ですし。アレンさんも一緒に遊びません?」
「バカな事言うな。何が楽しくて俺がガキの相手をしなきゃならねえんだ」
「そうですか。じゃあしばらくそのまま埋まっててくださいね」
「ごめんなさい嘘です! 遊ばせて頂きますからお願い出して!」
こうして、ようやく穴埋めの刑から脱したアレンだったが。
「アレンは冷たいから嫌いなのじゃ! 一緒に遊んでやらんのじゃ!」
「不条理極まりねえな……」
ベーッと舌を出され拒絶されてしまった。
「うふふ。ココちゃん許してあげて? アレンさんもちゃんとごめんなさいしてくれたじゃないですか」
「嫌じゃ。アレンなんてもう知らんのじゃ。ショコラと二人で遊ぶのじゃ」
「分かった分かった。二人で遊んでてくれ。俺はしばらく休む」
「ごめんなさい、アレンさん」
謝るショコラに背を向け手を振り、アレンは砂浜で横になった。
休むにしては暑い。もう少し歩けば小屋の陰で休めるが、あえてアレンは砂浜に留まった。
ショコラは大胆な黒いビキニを着ている。さすがに水着を出すだけのようなくだらないページなどないから、ココが魔法で出したものだ。
二人は水かけっこで遊び、動く度にショコラの豊満な胸が揺れる。
方や白いセパレート水着を着たココの身体に揺れる部分など存在しない。
「……白い水着が出せるぐらいには成長したのか」
楽しそうに遊ぶ二人を眺め、アレンはどうでもよさげに呟いた。
「きゃっ、冷たいっ!」
「あははっ! えいえいっ!」
海の浅いところで水かけっこをして遊ぶココとショコラ。何でもない事がとにかく楽しい。陽が沈む事なくずっと青いままならずっと遊んでいられそうだ。
しかし、ココはふと疑問に思った。
自らの身体に目を遣り、ショコラの身体と比べる。
違う。
圧倒的に違う。
「ショコラよ、ちょっと聞きたいんじゃがの?」
「はい、何ですか?」
「そのおっぱいも魔法で大きくしたのかの?」
「ほへっ!? そんな訳ないじゃないですかっ!」
顔を赤らめ、ショコラは身体を手で隠した。
ココは興味深げにざぶざぶと近付いていく。
「大きくてもいい事なんてないですよ? 肩はこりますし、走りにくいですし。丈の合うローブだとぱつんぱつんになっちゃいますし」
「触ってみたいのじゃ」
「だ、だめですっ! ほら、アレンさんも見てますしっ!」
「ならば尚更じゃ。あれはおっぱいが好きじゃからの、あいつの前で触って羨ましがらせてやるのじゃ」
そう言ってココは指をワキワキさせてショコラへ近付いていく。ちょっと触るだけの仕草ではない。完全に揉みしだくつもりだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。ね? そういうのはいけないと思います」
「なぜじゃ? 私も女じゃぞ。別によいではないか」
ココの純粋さにショコラは思わず目を逸らした。どう返せばいいのか、ここは慎重に言葉を選ばなければならない。
「ですからその、アレンさんが見てますから、ね?」
「だからこそ今揉みたいのじゃが? む。私だけが触るから不公平なのかの。別に私のおっぱいも触ってよい。これでおあいこじゃ」
「ますますいけない方向に!?」
「何がいかんのじゃ?」
「いえ、ですから、その……はわわっ!?」
たじろぐショコラに、ココはいきなり抱きついた。
「ふふふ、捕まえたのじゃ!」
「ちょ、ココちゃんくすぐった……ふふっ!」
「ショコラの身体はやわらかいの。おっぱいはもっとやわらかいのかの?」
「ん……っ! そんなとこ触っちゃ……ふふっ! だめですからぁ……」
「あははっ! ショコラはおもしろいの! 触ったら変な声出すのじゃ!」
「ち、違……っ! これは、そんなんじゃ……んんっ!」
ショコラのいろんなトコロを触るココはあくまで無邪気で、どこまでも楽しそうだ。精一杯抵抗しているつもりのショコラだが、手帳を持たない彼女は普通よりどんくさい少女だ。
「おっぱいはもっとやわらかいはずなのじゃ! どれどれ?」
「もうっ! やめてくださいよぅ……ひゃわわっ!?」
「…………ッ!」
ココは絶句した。
ショコラの両の膨らみは想像を超えていた。
埋まる。ハリがあるのに、どこまでも手が埋まっていく。
ココは反射的にずざざっと距離を取った。
「お、恐ろしいものの片鱗に触れたのじゃ……」
「恐ろしい!? 何がですか普通です普通!」
「手が飲み込まれるところだったのじゃ」
「飲み込みませんっ! 本当に怒りますよっ!?」
顔を真っ赤にしたショコラからココは逃げていく。より正確には未知なるおっぱいから逃げていく。
「アレーンッ! ショコラのおっぱいは化け物じゃーっ!」
「誤解を招くような言い方はやめてくださーいっ!」
おっぱいおっぱいと連呼しながらココは逃げ、ショコラはそのあとを追う。
牧歌的な光景を遠目に眺めながら、アレンはぽつりと呟く。
「早く帰りてえな……」
島から戻ればまた旅が始まる。
まずは竜族と縁のある人物に会わなければならない。
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