それが、どれほど身勝手でも
「ゼファルさんを復活させましょう」
重い沈黙が下りる魔王の間、熟考の果てにショコラはそう言った。
復讐の鬼に成り下がったアレンのために、ココの育ての親にして実の祖父でもあったゼファルのために、ショコラが導き出した結論。
しかし、なぜ。
なぜその結論に至るのか。
「おじいちゃんを回復させちゃったら、アレンが殺されちゃうかもしれないのに!?」
当然ココは理由を問い、ショコラは今もなお考え続けている様子で、自らの理論を確かめるように答える。
「今、この部屋は魔力がとても希薄だと考えられます。その証拠に魔力で動いていた暗黒騎士が機能を停止しています。おそらく、ゼファルさんを生き返らせても絶対防御を破るような力を使う事はできません」
腕を組み壁に背をもたせ、アンジェは今のところ静観していた。今一つ理解できていない様子のココを見つめてしばらく、ショコラは目を落とした。
「悲しいですが、アレンさんとゼファルさんは共存できません。本当に、本当に悔しいですが、今の私にはその方法が思い付きません。……だからココちゃん。せめてココちゃんに、ゼファルさんへしばらくのお別れを伝えてほしいんです」
ショコラの言わんとする事はおそらく理解できただろう。しかし、それを受け止めるにはしばらく時間が掛かった。
結局、復讐に駆られた両者をどちらも救う事などできはしない。アレンにもゼファルにも死んでほしくない、そんなココの願いは、わがままは、どうあっても叶わない。
「ココちゃんを封印から解いた時の副産物ですが、私ならゼファルさんを封印できます。アレンさんは怒って追いかけてくるでしょうけど……ずっと逃げ続ける事だって、きっとできます」
だからせめて最後に、別れの言葉を、と。
ココの胸に黒く重たいものがわだかまる。
本当に?
本当にそれだけしか方法はないのか?
「……そんなのいや」
呟き落とし、ココは小さく首を振った。
この期に及んでもわがままを言った。
倒れ伏したゼファルのもとへと駆け寄り、屈み込んだ。
「おじいちゃん、起きて」
寿命に係わる魔力を使い果たし、死んだように眠るゼファルを起こそうとする。
「お願い起きて、起きて」
どれだけ声を掛け、身体を揺すっても目を覚ます様子はない。ココの瞳が潤み、滴がぽたりと零れ落ちる。
ショコラに頼めばすぐにでも起こしてくれるだろう。しかしアレンが動けるようになるより早く、封印してしまうだろう。
アレンは復讐を果たせず、いつか永遠とも思える歳月の果てに、自分はゼファルと再会できる時が来るかもしれない。きっとそれは最善の方法で、唯一の方法なんだろう。
だけど何かが違う気がする。
具体的には分からないが、とても単純なところで間違えているような。
しかし、ゼファルには聞きたい事、話したい事が沢山あって、今を逃せばそんな機会は二度と訪れないかもしれない。
「……分かった。ショコラ、お願い。おじいちゃんを起こしてあげて」
その言葉を受け取り、ショコラは深く息を吸い、そして吐いた。
ショコラにとっても苦渋の決断だ。封印を解く方法を残しておく訳にはいかないし、自分のいない遥か遠い未来、ココに協力して封印を解く方法を見つけ出してくれる人が現れるかどうかも分からない。
結局はアレンに復讐させないための方法だ。
そんなアレンにだって、きっと一生嫌われ、憎まれる。
「……じゃあ、いきますね。あまり時間はないと思ってください」
――もう一度、私がもっとアレンさんを好きになれるようにしてください。
そんな約束が果たされる事は、永遠にない。
それでもショコラは、震える手で。
破れば二度とは戻らない手帳のページを、破った。
「……お、おお……」
「おじいちゃんっ!!」
優しい光に包まれ、ゼファルの目が開いた。少し乱暴過ぎるぐらいに、ココはゼファルを抱きしめた。
ショコラは心に刻みつけるように、未だ動けないアレンの顔をじっと見つめた。
「ごめんなさい、アレンさん。もう少しだけ、一緒にいさせてください」
身体を起こしたゼファルはココを優しく抱きしめてながら、状況を把握するするためだろう、周りを見渡した。倒れた豪傑、男を見つめる魔法使い、見覚えのない女。
自然な回復ではない事はすぐに分かった。
「……ココ、すまない」
「おじいちゃんのバカッ!! バカバカバカッ!!」
ココは堰が切れたかのように泣きじゃくりながら、それでも時間がないのは分かっているから、怒鳴るように尋ねる。
「どうして!? どうして本当のおじいちゃんだって事黙ってたの!? 知ってたら、もっと早く教えてくれてたら、もっといっぱい話したい事あったのに!」
「……魔王はすべての魔族の命運を握る。復讐に心を囚われ、魔族の存亡と秤にかけたわしに王の資格などない。お前に同じ轍を踏ませる事だけは、どうあっても避けたかった」
「そんなの関係ないよ! バカッ!!」
愛しい我が子を殺された時から、断じて言うまいと決めていた。
肉親を殺された恨みがどれほど恐ろしいか、ゼファルは身をもって知っていた。魂に焼き付けられた復讐の刻印を、ココにまで受け継がせる訳にはいかなかった。
だからゼファルは、聞きたい事、言いたい事が多過ぎて何から話せばいいか分からないココをさておき、人間に目を向けた。
「わしを殺せ。陰惨たる復讐の末路がどのようなものか、ココに教えてやってくれ」
「あなたは封印します。いつかココちゃんとまた会える日まで」
悲しそうにアレンを見つめたままショコラがそう言い、ゼファルは状況を理解した。
「おじいちゃんは死んじゃだめなの!! 絶対だめなんだから!!」
「……そうか」
かつて伝説と謳われる勇者達が、ココに施した封印。魔法使いの言う通り、いつしか封印は解かれ、またココと会える日も来るだろう。
愛しい孫の温もりを感じながら、ゼファルは考えを、想いを巡らせた。
逡巡ののち、ゼファルはココの肩を掴んで離し、まっすぐに見つめた。
「この愚かな老いぼれを、どうか許してくれ」
「おじいちゃん……っ!!」
「どうか、どうか生き延びてくれ。人類は残酷で、お前はまだ幼い」
帽子を取り、ゼファルはココの小さなツノに触れた。
――それが何を意味するのか。
想い耽るショコラはアレンだけを見つめていた。
「魔族を従える力を。その名に相応しき大いなる力を。ココ・ジャグスリバグスは正しく魔の王なり」
その言葉がショコラの耳に届き、慌てて振り返った時――既に遅く。
「おじいちゃん……!?」
ココとゼファルは黒き魔力の炎に覆われていた。
詰めが甘かった。ショコラは歯噛みしすぐに封印のページを破ろうとして、寸でのところでそれができない事に気付いた。
封印を解く魔法は完璧なはずだったのに、ココが魔王に相応しい力を扱えなかったのはなぜか。
「ゼファルさん、あなたは……ッ!!」
かつてゼファルが伝説の魔王にそうしたのと同じだ。魔王とは血統だけでなく、座の譲渡により初めて完成する。
――だから、ココは完全なる魔王ではなかった。
――そう、今の今までは。
「……人類に愛しいココを委ねるとでも思うたか……?」
弱弱しく吐き捨て、ゼファルは状況を理解できていないココに言う。
それは、幾度も繰り返し訴えてきた戒め。
「……ココ、お前は、わしのようには、なるな……」
「おじいちゃん……おじいちゃんっ!?」
再び、ゼファルは死んだように目を瞑り。
幼いショコラの背に、黒き巨大な六翼が受け継がれ。
カツン、と硬質な音がした。剣を支えに、アレンが立ち上がっていた。
「……ココ。そこをどけ」
満ち満ちる力は溢れ、魔王の間に魔力が戻り。
アレンがこれから何をしようとしているか、よく分かっているココはゼファルを護るように立ち塞がり。
「いやじゃ。私はおぬしもおじいちゃんも大好きじゃからの?」
泣きながら笑って、ココはまたわがままを言った。
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