覚悟して貫き通せ

 故郷を滅ぼされ、復讐の鬼と化したアレン。

 育ての親にして祖父であるゼファル、そしてアレンを救うため立ち阻むココ。


「俺の前に立つってのがどういう事か、分かってんだろうな」

「もちろんじゃ。おぬしの後ろでずっと見てきたからの」


 憑き物でも落ちたかのようにアレンは落ち着いていた。無論、この程度の障害で諦めた訳ではない。

 復讐、その一念だけで生きてきた。魔王城に誰よりも早く辿り着けたのは生きて帰る事を考えなかったからだ。生き様であり、魂に刻まれた刻印だ。諦めるなどという選択肢は、初めからない。


「初めて会った時から、こうしておればよかったかの?」


 泣きながら笑い、ココは思い出していた。討つべき仇ではないというだけで、アレンは自分を助けてくれた。共に旅をし、広い世界を教えてくれた。

 正直、たとえ愛する家族であろうとも、ゼファルはアレンに殺されても仕方がないと思うところはある。ゼファルはそれだけの事をした。故郷を奪われる苦しみ、悲しみがどれほどか、ココには計り知れない。

 それでもアレンに復讐を果たさせる訳にはいかなかった。

 アレンは優しい男だ。そんな彼に罪を背負わせる訳にはいかない。


「あの時も今も、お前なんかじゃ相手になんねえよ」


 そう、まず、大前提として。

 自身が瀕死からようやく回復したところであり、ココが完全なる魔王として覚醒していても、アレンの優位は揺るぎない。

 魔王を殺すためだけに生きてきた男は自らの命をも顧みない。ここが人生の結末。エピローグなど必要ない。命を賭して今この時に全力を振るえる。


「分からんぞ? 一緒に帰ろう。ちょっと休んだら、また一緒に旅をしよう」


 ココもそれをよく理解していた。アレンの強さは比類なく、また自分が相手だからといって躊躇い、手加減するような男ではない事を正しく理解していた。

 今だって恐怖に身体は震えているし、涙は勝手に溢れ出る。こんなかたちでアレンと向き合わざるを得ない事が、どうしようもなく悲しかった。


「ショコラ、アンジェ。お前らはどうする」


 ココを見据えたままアレンは問う。


「どうでもいいからさっさと終わらせなさい。私、夕食までには帰るから」


 アンジェは即答した。こんなものは夕食以下の茶番。それが彼女の立ち位置だった。魔王城を地に堕とし、メリッサを連れて帰ればそれでいい。タクミならきっと別の答えを返しただろうが、アンジェはあくまで外野の人間だった。


「………………」


 一方、ショコラは言葉を返す事ができなかった。この構図を作ってしまった原因の一端である事に動揺し、打ちひしがれていただけではない。

 アレンを止めるべきなのは分かっている。しかし、それができない。ショコラは今も覚えている。アレンはページを破るより早く剣を抜ける。

 絶対防御をも破る剣を携えている以上、明確な立ち位置を表明するだけで身の危険が生じる。

 もちろんそれだけではない。

 ココや自分に剣を振るえば、アレンはきっと後悔する。どんな結末に至ろうともアレンの人生は罪の黒に塗り潰される。そんな事も織り込み済みで、アレンが復讐を果たそうとしている事も分かっている。

 苦悩、苦痛の表情を浮かべるショコラにココは微笑む。


「気にするでないぞ。私はみんなを守るのじゃ。一緒に帰って、みんなでごはんを食べるのじゃ」

「ココちゃん……!」


 迷いはない、とココは言っていた。その言葉に偽りはなかった。

 アレンの前に立てるのは、完全なる魔王という力だけに頼ったものではなかった。

 幼くとも、一国の主。魔族の王。

 力こそ伴わずとも、覚悟はとうにできていた。


「そうか」


 アレンは何事もないように言い、片足を前に踏み込むかたちで構えた。


「じゃあ、さっさと終わらせるか」

「そうじゃな。こんな辛気臭いのは私も嫌いじゃ」


 世間話のように二人はそう言い。

 そして、激突した。

 強烈な破砕音に、ショコラは思わず目を瞑った。


「そうか、そんな力があったな」

「すごいじゃろ? あんまり魔法は得意でないからの」


 ショコラが再び目を開き、そこに見たものは、氷のように透き通った透明な壁を展開したココと、その壁に剣を止められたアレンだった。冷気がここまで漂ってくる。


「まずい酒を飲んでまで手に入れたんじゃ、活用させてもらうぞ」


 清濁竜の力。それも完全なる魔王の魔力によるもの。

 ここまではショコラの想定内だった。


「あんまり俺を舐めてんじゃねえぞ」


 恐るべき速度で展開、再生していく氷の壁を、アレンは両の拳だけで打ち砕いていく。再生速度を上回る怒涛のラッシュ。硬質な高い破砕音が連続し、砕かれた破片が直ちに溶けて消えていく。

 想定外だったのはアレンが剣を使っていない事だ。

 身を守る盾を持たないアレンは、自由な両の拳を見えない速さで打ち込み続けている。

 剣を使えば一撃で破砕できるはずなのに、アレンはそうしない。


「……どうして?」


 希望的観測をすれば、アレンはココごと絶ち斬ってしまう剣を振るえない。ココに深刻なダメージを与える事を躊躇っているのかもしれない。

 現実的観測をすれば、アレンにとってココは剣を抜くほどの相手でもなく、討つべき仇、ゼファルを確実に仕留めるため、あえて封じているのかもしれない。超人的体力をもつアレンは、自らの放つ技こそ最も体力を削る要因のようだから。

 二人の行方を見守りながら、ショコラはゆっくりとページをめくる。この悪夢のような対立を解消する魔法はなかったか、記憶を掘り起こしていくように。

 怒涛のラッシュが続く中、ココはアレンに手を伸ばした。

 分かつ壁があると知りながら、それでも手を繋ごうとしているように見えた。


「信じておるぞ、アレン」


 止めどなく涙を溢れさせるココの言葉に、アレンが眉をひそめた、その時。

 莫大なる魔力の黒炎が厚い氷の壁を貫き、一撃でアレンを壁まで吹き飛ばした。

 苦痛に表情を歪めたのも一瞬、アレンは爆発的な速度で氷の壁へと跳躍し。


「『叩っ斬る』ッ!!」


 透き通る壁の向こう、ココへ向けて斬撃を放った。

 薄い刃の幅よりずっと広く、アレンの一撃は氷の壁を削り取った。広さだけでなく射程もまた同様、剣はココに届いたはずだ。

 ショコラの希望的観測は打ち砕かれた。魔王であり基本的に不死とはいえ、相応の苦痛は伴い、行動不能に陥る――

 はずだった。


「どこだ、どこにいるッ!!」


 薄暗い魔王の間、アレンはぐるりと周りを見渡した。ココとゼファルの姿が見えない。

 剣を振り抜いた時もココの姿はあったはずだ。

 いや、あったか?

 本当に?

 剣を抜いた時、ココは確かに透き通る壁の向こうにいた。しかし振り抜いた時はどうだったか。


「クソがッ!!」


 アレンは自覚した。

 当たれば必殺、その一撃を振り抜いた時――

 思わず、目を閉じてしまっていた。


「……くだらないわね」


 アンジェが呟き。

 アレンとココの戦いは、まだ終わらない。

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