束の間の休息、それぞれの生き様

 クロードはほぼすべての客人を私室に迎える。応接の間や謁見の間もあるが使われる事はまずない。奇妙と思われるかもしれないが、危険を及ぼしかねない人物はその前段階、私室まで辿り着けないといえば納得して頂けるだろうか。王を守る者達が、必ずしも目に見えるとは限らない。

 魔王城が地に堕ちたその日、朝鳥の鳴く頃、ソファに浅く腰掛けたクロードの対面には、ゼファルが座っていた。

 疲弊した様子のゼファルに対し、クロードは簡潔に言う。


「貴様がゼニアに与えた損害は決して軽微ではない。その命尽きるまで牢獄で過ごせ」


 しばらくの無言、ゼファルは執務用の机に座るアンジェに目を遣り、再びクロードを見据えた。


「なぜ殺さぬ」

「簡単に死ねると思うな」


 簡潔な遣り取り、ゼファルは何も言わず、かつての魔王をもってしてもいつからそこにいたのか気付けなかった給仕を見付け、ゆっくりとソファから立ち上がった。

 得体の知れない給仕についていくかたちで、ゼファルは部屋から立ち去った。扉が閉じてからアンジェは尋ねる。


「殺さなかったのは魔王の研究? それとも優しさ?」

「国益だ」


 それだけ答え、クロードはいつも通り執務用の椅子に座り分厚い本を開く。そんな彼の髪を優しく撫で、アンジェは薄く微笑む。

 魔王城の落下。人類と魔族の戦争の終わり。しかし何事もなかったかのようにクロードはいつも通りの一日を始めた。



「お疲れさま、アレン君。ココちゃん」


 ところ変わってタクミの作業部屋。勇者と魔王、そして伝説の勇者が揃って座る卓に並ぶのは簡単な朝食、野菜のスープとパンだ。もっとも量は尋常ではない。


「うまいのじゃうまいのじゃうまいのじゃ!」

「お前さあ、こんな時ぐらいご馳走出してくれてもいいんじゃねえの?」


 がっつく魔王、ぼやきながらもあり得ないスピードで平らげていく勇者。そんな二人を眺めて微笑み、伝説の勇者はおかわりをよそっていく。


「これからパーティーがあるじゃないか。あんまり食べ過ぎてご馳走が食べられなかったらもったいないだろう?」

「うまいのじゃうまいのじゃうまいのじゃ!」

「おかわり。つーかショコラ知らないか? 魔王城が落ちるまでは一緒にいたはずなんだが」

「僕に聞かれてもね。まあ、おそらく魔王城に行ったんじゃないかな。蔵書にとても興味を持っていたようだし」

「そうか。そうかもしれねえな」

「うまいのじゃうまいのじゃうまいのじゃ!」

「……ココ、うるせえ」

「うまいのじゃー!」


 アレンに頬を引っ張られてもココは食べるのをやめない。


「いいじゃないか。当たり前の食事で幸せを感じられるのは素晴らしい事だよ」


 タクミは笑みを浮かべ、おかわりをよそっていく。



 落下した魔王城は全壊していなかった。

 アンジェが意図的にそうしたものと思われるが、真意は分からない。

 数多の魔族を追い出した書庫にて、ショコラは危ない笑みを浮かべながら書物を読み耽っていた。


「これが迷いの森の原理……! 応用すれば今度こそ完璧な絶対防御が作れる匂いがします! うふふ、うふふふ!!」


 蔵書は山のようにある。魔法オタクは新たな楽園を手に入れた。しばらくはそっとしておいた方がよさそうだ。



 遥か遠く、清濁竜の棲む水の祠。

 四天王の二人、サーニャとシグマは新たな魔王の意志をはっきりと感じた。

 悲願の果たされたシグマは震え、ローブに覆われた目から大粒の涙をボロボロと零していた。


「ついに、ついにこの時が……! 不毛なる復讐の歴史が、ついに終わった……!」

「泣いてる場合じゃないにゃ! 人間との和解に協力するって約束忘れたのかにゃ? 私達も行くにゃ!」

「ああ、ああ。もちろんだとも。清濁竜よ、構わないか」

「もちろんです。しばらくは留守という事にしておきましょう」


 人魚のように空を泳ぐ清濁竜は微笑み、サーニャとシグマは魔王ココの元へと馳せ参じる。他ならぬ魔王の匂いだ、どこにいるかなど分からないはずがない。



 勇者の凱旋を祝うため、首都ゼニアでは着々と準備が進められている。

 しかし国民の多くはその実情を知らない。正しくは勇者が敗北した事など知る由もない。それでも城の陥落、魔王城の落下は誰の目にも分かりやすい戦争の終結だ。

 真実はアレンとココの口から初めて明かされる。

 その時まで、もう少し。

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箱入り魔王と世界を旅する物語 アキラシンヤ @akirashinya

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