旅の終わり、勇者の敗北

「何でだよ!! 何で斬れねえんだ!! 斬ったってお前が死ぬ訳じゃねえ、俺は復讐のために生きてきたんじゃなかったのか!? この程度で諦めるほど俺の覚悟は甘かのか!? 思い出せ、あの時の地獄を思い出せ!! ゼファルは報いを受けるべきなんだ、なのに何でだ? 分からねえ、分からねえよ、何にも分からねえよ!!」


 跪き、ココの両肩を掴み、アレンは自問していた。苦悩していた。悶え苦しんでいた。

 納得がいかなかった。

 対峙する相手として危機さえ覚えたココは勝手に降参し、更に殺さずともゼファルの居場所は分かり、悲願たる復讐が果たせる。この際ココに与えてしまう死に等しい苦痛は仕方がない。それにしたって苦痛すら感じさせずに戦闘不能にする自信はあった。

 それでも、目の前で死を覚悟したココに、傷一つ付けられなかったという事。

 納得がいかなかった。

 俺にとって復讐はその程度のものだったか? 何のために厳しい修行に耐えた。何のために幾度も危機を乗り越えてきた。何のためにここまで生きてきた。

 復讐に何の意味もないか? そんな事はない。少なくともあの時何もできなかった自分への無念は晴らせる。似たような地獄を見た者は他にも大勢いたはずだ、そうした者達の心もいくらかは安らかになるだろう。何よりこれから先、同じ地獄を見る者を減らす事はできる。

 訳が分からないのは、ココも同じだった。

 死を覚悟した。殺されても仕方がないと思った。アレンの執念は、怨念は、どうしたところで消える事などないと思っていた。

 なのにアレンはすがり付き、あまつさえ目に涙さえ浮かべている。

 アレンは問うている。だがどう答えればいいのか、疑問の意味さえ分からない。


「アレン」


 だからココはアレンをそっと抱き締めた。少なくとも深く悲しんでいる事だけは分かるから。


「ココ……!」


 抱き締められたその時、アレンは忘れたはずの光景を見た。

 それはまだ故郷がなくなる前の頃。幼いアレンが優しい世界で幸せに過ごしていた日々。

 村の人達は笑っていて、家に帰った自分を母親が優しく抱き締めてくれていた――


「何でだよ、畜生、畜生……」


 ココにすがり付き、アレンはむせび泣いた。

 二人を遠目に眺めていたアンジェは面倒臭そうにため息を吐き、ショコラに言う。


「じゃ、堕とすわよ。場所はラッタンジ砂漠東部。あいつら連れて避難しなさい」

「どうしても堕とさなくちゃだめなんですか? ココちゃんとも和解したんですから、別に――」

「ここは人類と魔族を切り離す牢獄。そんなもの、ない方がいいじゃない」



 言われた通りアレン達はゼニア王国西端、タクミの武具屋へと転移した。

 日没などとうに過ぎていて、三人は揃って星海を見上げていた。

 アンジェが言うにはショコラが扱うものとは違う転移魔法の一種らしい。あらかじめ特定の位置と自身を結び付け、転移を実行する事で建物ごと、すなわち魔王城ごと転移を行うものだそうだ。


「すごい、本当に天空城が堕ちてきおるぞ!」

「……何つーか、アンジェっていろいろケタ違いだよな。本人もあの中にいるはずなんだが、そのまま死ぬ気がまったくしねえ」

「結局夕暮れが過ぎても待っててくれましたし、本当はいい人なんじゃないでしょうか?」


 そんな事よりショコラはちらちらとアレンとココを見遣っていた。

 二人はいつまで手を繋いでいるのだろう?

 墜落する、三人からすれば徐々に大きくなっていく魔王城。満天の星空を削り取るように、それは次第に大地へと近付いていく。

 天空と大地、悪魔と人類の決別の歴史が、今ここに終わる。


「……これからが大変じゃの。魔族の意思は私が統一できるからいいとして、人類に謝って、理解してもらわねばならん。クロードのやつは助けてくれんし……」

「ま、何とかなるだろ。俺もいるし、ショコラもいる」

「そうです! みんなで共存できる世界を目指しましょう! みんなで! 私も含めて!」

「何で強調したんじゃ?」


 それからしばらく、夜が明ける少し前。

 魔王城は静かにラッタンジ砂漠へと着陸した。

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