大聖堂にて

 タクミに礼を言い、二人はゼニア王国城下町、大聖堂を目指して歩き始めた。

 武具を譲ってくれるよう頑なにごねたのだが、そこはきっぱりと断られた。

 夕陽に染まる草原は少し肌寒いが、城下町まではそう遠くない。

 陽が沈み切る頃には大聖堂へ着くだろう。


 相変わらずアレンと手を繋ぐココは尋ねる。


「一つ、気になったのじゃがな」

「うん? なんだ」

「タクミはなぜ天空城へ行こうとせんのじゃろうか。あれはおぬしより強いのじゃろ?」

「強いっつってもちょっとだけだ。あいつはあくまで武具屋なんだとよ。ま、俺は魔王や竜族に挑む勇気がない腑抜けだと思ってるけどな。絶対に死なねえレベルまで鍛え続けるタイプだ。俺と違って」


 アレンは剣を抜き、そこに映る自分の顔を覗き込んだ。

 見た目こそどこにでもありそうな剣だが、タクミの教えのもとアレン自ら拵えた剣だ。切れ味は一味も二味も違う。


「そうか。おぬしが深い仲ではないと言っておった事、何となく合点がいった」

「それは武具の一つも寄越さなかったからだけどな」

「おぬしがそう言い張るならそれでもよい」

「ガキが分かったような口きくんじゃねえっての」


 剣を収め、アレンはココの頭を帽子越しにぽんぽんと叩いた。

 そしてまた手を繋ぐ。


「しかし、本当に大丈夫なのかの。城下町と言うからには人がいっぱいおるんじゃろ? 魔族の匂いに感付く者もおるじゃろ」

「大丈夫だって。お前のオーラ、マジで薄いから。帽子被ってりゃ大丈夫だよ」

「そう言ってタクミには一瞬で見破られた訳じゃが?」

「…………大丈夫だって」

「ほら出たまた出た! おぬしの大丈夫は根拠がないのじゃ! そもそもやる事なす事行き当たりばったりなのじゃ!」

「うるせえ! タクミぐらい鋭いやつなんてそうはいねえし、それで今までうまくいってきたんだから今回もうまくいく! 万が一ばれたって俺が全力でお前を守る! それでいいだろ!」

「……そうじゃな」


 ココは嬉しそうに笑い、アレンに身を寄せた。


「そうじゃな。おぬしが守ってくれると言うなら何も問題はない。安心じゃ」

「くっつくな離れろ。歩きにくいだろ」


 ココの頭をぐいと押し離し、アレンはため息をついた。


「しっかしなんでこんなチビッ子なんだろうなー。伝説の魔王とやらのおっさんは論外として、もっとあっただろ。おっぱいぼーんのケツどかーんの淫靡系魔王とかさー」

「おっさん言うな父上じゃ。それにしてもおぬしそんな事ばかり言うておるの。何じゃ淫靡系魔王て。魔王の歴史上一度たりとも存在せんぞ」

「……なあ、ココってどれぐらいで人間で言うところの女盛りになるんだ?」

「……それを聞いてどうするつもりじゃ」

「色々と頑張る」

「色々って何じゃ!? 私をそんな目で見るでない!」


 手を繋いだままではあるが、それでもココは可能な限り距離を取った。


「お前を見てるんじゃない、将来のお前を見てるんだ!」

「真剣に訴えるような事か!? あとあれじゃぞ、私が人間で言うところの成人女性ぐらいになるのは二百年ぐらい先じゃぞ?」

「分かったこの話は終わりにしよう。大聖堂は城下町でも西にあるから今日中に間に合うだろう」

「希望がないとなったら一瞬で話を切り替えおった……」

「その話は終わったはずだ。城下町で色々準備も整えておきたいが、お前は何か必要なものとかあるか?」

「ふむ、そうじゃな」


 しばらく考え、ココはパッと笑顔を浮かべた。


「かわいい服とかアクセサリが欲しいのじゃ! ピンクとか白のふわふわしたドレスが着てみたいのじゃ! 帽子もフリル付きのかわいいのがいいの!」

「却下だ。他には?」

「なぜじゃ!? 年頃の女の子には必要じゃろ!?」

「魔王には必要ねえよ! あと帽子は魔法で出してたよな? おんなじ要領でそういうの出せばいいじゃねえか!」

「修業が足らんからの、黒っぽいのしか出せんのじゃ……」

「お前の魔法、ほんとよく分かんねえな」


 無駄話をしているうちに陽は暮れ、ぽつぽつと人影が見え始めた。

 灯りのついた建物が次第に多くなり、整然とした町並みに変わっていく。

 初めは警戒していたココだったが、道行く人々が二人に興味を示す様子もなく、やがて賑わう夜の町に興味を惹かれていった。


「すごいの! 夜だというのに明るいし、人もいっぱいおるではないか!」

「昼には昼の顔、夜には夜の顔がある。それが町ってもんだ」

「くんくん。うまそうな匂いがするのじゃ。何の匂いかの?」

「肉だな。プリップリのソーセージと一緒にビールをぐいってな。俺も最近飲んでねえなー」


 香ばしい肉の香りにふらふらと寄っていくココを繋ぎ止めつつ、アレンもごくりと唾を呑んだ。


「アレンよ、ちょっと寄っていこうではないか。私もソーセージとビールとやらをプリっとぐいっとやってみたいのじゃ」

「そんな金ねえし、お前に酒はまだ早えよ」

「む。ビールとやらは酒か。酒はまずいのじゃ。苦いのじゃ」

「何だお前、飲んだ事あるのか?」

「ちょびっとな。ゼファルの葡萄酒をこっそり舐めただけじゃ。あんなまずいものをうまそうに飲んでおった。不思議なもんじゃの」

「お前も大人になれば分かる。二百年先だけどな」

「ソーセージとやらも早いかの?」

「当たり前だ。葡萄酒よりずっと苦いぞ」

「大人は苦いものが好きなんじゃな……」


 アレンは金がないのをごまかし、自らの欲求もごまかす事に決めたようだ。

 しばらく歩いているとココは大きくあくびをし、小さな八重歯を覗かせた。


「ふあーぁ。眠くなってきたのじゃ」

「何だって? まだ陽が落ちたばっかりだぞ。夜はこれからだ」

「普段ならとっくに眠っておる頃なのじゃ。仕方なかろう。大体夜は寝るものじゃ」

「魔王の癖に早寝かよ。宵闇にこそ蠢くもんじゃねえのか」

「決め付けはよくないぞ。あと魔王と呼ぶでない」

「そうだな。大聖堂までもうすぐだ。頑張れ、ココ」


 しかしやがてこくりこくりと舟を漕ぎだし、ココの足取りは覚束なくなってきた。

 アレンは黙ってココを背負った。

 誘惑の多い夜の町も、ココを連れたアレンに声を掛けてくる者はいない。


 酒の匂いと歓声で賑わう城下町を北上、大きな噴水のある広場を経て少し西へ戻れば厳かな大聖堂が見えてきた。青い垂れ幕に白抜きで柄杓の紋章、創造主の印だ。

 ここまで来れば静かなもので、両端を蝋燭で灯した大きく緩やかな階段を上り、アレンは閉ざされた木の扉を叩いた。

 扉は開かれ、現れた青いローブを纏った聖女が静かに尋ねる。


「こんな夜更けにいかがなさいましたか」

「俺はアレン、冒険者だ。タクミの紹介でショコラに書簡を届けにきた。今もここにいるか?」

「確認してまいります。どうぞ中でお待ちください」

「ありがとう」


 聖女は手で祈りを結び、足早に奥へと向かっていった。

 聖堂に入ったアレンは静かに扉を閉める。

 入り口から青い絨毯が一直線に伸び、宣教壇の後ろには水が張られ、外にあったものと同じ青い垂れ幕が掛かっている。

 見上げれば高い天井があり、細い廊下といくつかの扉が柵越しに見える。

 青絨毯の両脇、整然と並んだ長椅子にはぽつぽつと人が座っていて、静かに祈りを捧げていた。

 アレンは適当に腰掛け、隣にココを寝かせ腿に頭を乗せた。帽子をずらし、ツノと顔を隠す。

 信心のないアレンは創造主に祈らず、じっと聖女を待った。


「……おじいちゃん……どうして……?」


 呻くようなココの寝言は、聞かなかった事にした。


 静謐なる聖堂で息を潜める事、しばらく。

 

「すみませーん! お待たせしましたっ!」


 聖なる沈黙を破り駆けてきたのは、高い位置で栗色の髪を結んだ少女だった。

 先ほどの聖女と同じ青いローブを纏っているが、サイズを間違えているのか裾を引きずり、袖からは手が出ていない。


「初めまして、私がショコラですっ! 何かご用ですか?」

「……声、でかくない?」


 アレンが思わずツッコむと、ショコラは慌てた様子で口に手を当て、キョロキョロと周りを見渡した。既に祈りを捧げていた人達の視線は集まっていて、アレンは深いため息をついた。


「……すっ、すみません。あんまり聖堂の方には来る事がなくて。アレンさん、ですよね? どういったご用件でしょうか?」


 用件は先ほどの聖女に伝えたはずだ。雰囲気から察するに、ショコラは天然なのかもしれない。

 赤い封蠟のされた書簡を差し出し、アレンは言う。


「タクミから書簡を預かってきた。ここで読んでほしい」

「タクミさん、ですか? 知らない人ですね」


 首を傾げたショコラのポニーテールが揺れ、砂塵と鉄が混じったような香りが鼻をついた。


「知らないのか。まあいい。とにかく読んでくれ」

「それより、その子大丈夫ですか? 何だか具合悪そうですけど」

「何だって?」


 アレンは思わずココを見た。

 具合の悪さが分かるとしたら顔色だが、顔はツノと一緒に帽子で覆っていたはずだ。

 だから知らないあいだに帽子がずれ、ツノが見えているのかと焦ったのだ。

 しかし、帽子はずれてなどいなかった。

 アレンは察した。

 ショコラがココを魔族だと察した事を察した。


「騒いだら首を折る」


 ショコラがいつの間にか手にしていた手帳を開くより早く。

 アレンは片手でショコラの首を絞め、声を出せなくしていた。

 睨み付ける鋭利な眼光、さながら冷たい槍の如く。


「ここを出るぞ。危害を加えるつもりはないし、こいつは無害だ。いいな」


 表情を強張らせたまま、ショコラは震えて小さく頷いた。

 片腕でココを抱き上げ、もう片方の手をショコラの首に当てたまま、大聖堂を出た。

 すべてココが眠っているあいだに終わらせた。


 忘れてはいけない。

 アレンは魔法使いに対し、魔法を使わせる前に倒すタイプだ。

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