聖女ショコラと秘密の島

 誰にも騒がれる事なく、アレンはショコラを噴水の広場まで連れてきた。

 辺りには誰もいない。霞掛かった夜空の下、水音だけが静かに聞こえる。

 夜だというのに噴水は淡く青く輝いている。設置された魔方陣の力だ。

 そのほとり、腰掛けに眠るココを横たわらせ、アレンはショコラの首を掴んだまま状況を説明した。


「――だからお前の力が必要だ。信仰や意思は関係ない。騒げば殺す。分かるな」


 アレンは夜の顔をしていた。ココには見せない表情だ。

 動脈に手を当てられたままショコラはこくりと頷き、静かに長く息を吸った。


「事情は分かりました。魔族の鎮静化を望むのなら思うところは同じです。でも、勘違いしないでください。私は脅されたから協力する訳じゃありません」


 震えるショコラをじっと見つめ、アレンは首から手を離した。

 途端、ショコラはへなへなとうずくまった。


「ふわぁ~、怖かった……」

「間違えるな。お前が協力するまで命の保証はない」

「分かってます、分かってますよ。そんなに怖い顔しないでください。ココちゃんの具合が悪そうだったのは本当なんです。聖堂は聖域なんです。いくら魔族のオーラが弱いとはいえ、中に入れるなんてダメですよ? 伝説の魔王だって聖なる力で滅びたんですから」


 基本的に不死身な魔族を殺す唯一の例外。

 聖なる力をもってとどめを刺す事。

 アレンも失念していた訳ではないが、聖域という空間だけでもダメージがあるとは考えていなかった。ココの魔性が薄いから尚更だ。


「余計な話はいい。これを読め」


 アレンは赤い封蠟のされた書簡を手渡した。読まれるべき相手、ショコラ以外が読めば消えてなくなる魔法の書簡だ。


「魔王の封印を解く方法……興味深いですね」


 うずくまったまま、ショコラは封を解き書簡に目を通し始めた。

 辺りの気配に気を配りながら、アレンは文字を追うショコラの目を見ていた。そこに恐怖の色はない。大好きな空想小説を読む文学少女のように、ショコラは没頭していた。


 しばらくして、ショコラは驚きと落胆の混ざった表情を浮かべた。


「えっ、ええ~。そんな……」


 そうこぼしたショコラの手から、書簡が煙になって消えた。


「どうした。何か問題があったか」

「問題というか……方法について一切書かれてないです。内容はさっき話して頂いたのと同じ、だから頑張ってねとしか」

「死にたいのか?」

「本当ですよぉ……。私、聖職の中でも魔法研究がメインなんです。むしろそっちにしか興味ないっていうか。なので、私に封印を解く魔法を作れって事ですね」


 黙し、アレンは考えた。

 ショコラの言い分は筋が通っている。タクミが知っているならわざわざ聖堂まで訪ねる必要もない。

 しかし、その用件は魔王の封印を解く方法だ。魔法に明るくなくとも、それがいかに危うく困難な事かは分かる。

 改めてショコラを見れば、ダボダボの青ローブを纏ったまだ若い少女だ。


「そんな事ができるのか?」

「できるのか、ですか。違いますね」


 不敵に笑い、ショコラは立ち上がった。


「できるかどうかじゃありません、やるんです! 魔王の封印を解く魔法、いいですね! 燃えてきましたっ!」

「……うるせえ」

「すっ、すみません……」


 俄然生き生きとしてきたショコラの頭を叩き、アレンは立ち上がった。


「それならすぐにでも取り掛かってもらうが、聖堂には戻れねえしお前だけを戻す訳にもいかねえ。どうする」

「大丈夫です。あそこにある資料は全部頭に入ってますし、一人でじっくり考えたい時のための秘密の場所があるので。……うぅ、私だけの秘密だったのに……」

「残念だったな。一緒に連れていってもらおうか」

「誰にも話さないでくださいね……? えらい人に怒られちゃいますから」

「心配するな。用が済めば聖堂に寄る事もねえ」


 ついさっきまで脅迫されていた事などすっかり忘れ、ショコラはただ自分だけの秘密の場所を明かすのを嫌がっているようだった。

 ショコラは色々と危うい。アレンの勘がそう囁いた。


「では行きましょう。ココちゃんを抱えてあげてください」

「ああ。ここから遠いのか?」


 眠るココを再び抱え、アレンは尋ねた。

 

「ですから秘密ですってば」


 そう返したショコラはいきなりアレンに腕を絡ませ、小さく分厚い手帳を開いた。

 考えるでなくアレンは感じ取った。

 ショコラ、意外と胸が大きい。それもかなり。


 本能の隙を突かれた次の瞬間。紙が破れる音と同時。

 アレンは急激な眩暈に襲われ、意識を失った。


「――――はっ!?」


 かび臭い臭いにアレンは目を覚ました。視界に飛び込んできたのは天井だった。

 すぐに身体を起こし周りを見渡す。狭い部屋――いや小屋の中だ。四面すべての壁が本棚、入りきらなかったであろう本がいくつもうず高く積まれている。かろうじて扉までのスペースがあるだけだ。

 薄暗い視界に頼るのをやめアレンは目を閉じた。すぐ隣に薄く魔族のオーラ、小屋の外に人間のオーラを一つ感じる。

 見れば狭いベッドの隣にココが眠っていた。

 静かな寝息を立てるココの頬をぷにぷにとつつき、アレンはベッドから下りた。そのまま扉へ向かい、外へ出る。

 明るい日差しに思わず目を細めた。いつの間にか朝陽が顔を出していた。


「……海、か? ここはどこだ?」


 潮騒が聞こえ、どこまでも水平線が広がっている。海岸付近らしい。


「あ、アレンさん。おはようございます」


 すぐ隣でショコラが顔を上げた。目にクマができている。簡素なテーブルに分厚い本を何冊も積み上げ、今もまた本を読んでいたようだ。


「ここはどこだ。どういうつもりだ」

「ふふふ。秘密の場所です。ここなら誰にも邪魔されません!」


 どうやら不意打ちを食らった訳ではないらしい。それどころかショコラは夜通し研究していた様子だった。


「一体どうやって連れてきた? 詠唱する隙なんてなかったはずだが」


 魔族と違い、人間が魔法を使うには鉱石の消費と詠唱が必要なはずだ。


「よく聞いてくれましたーっ!」


 徹夜明けのテンションなのか素なのか、立ち上がったショコラは手帳片手にぐいぐい至近まで迫ってきた。


「この手帳は私のとっておきでですね、なんと詠唱文が書かれたページを破るだけで魔法を発動できるんです! これを使えば転移魔法も何のその、どんな強力な魔法も一瞬です! 秘密はガーネット石を特別な加工で紙にしてですねカバーにも天蓋竜の革を使ってましてそれにより」

「うるせえ黙れ隠れ巨乳」

「あいたっ!」


 勝手に語りだしたショコラの頭をアレンはそこそこ強めに叩いた。


「その手帳も興味深いが、肝心の封印を解く魔法はできたのか?」

「ふっふっふ、もちろんです! さっそく手帳にも書き込みました! これでいつでも魔王の封印を解けます!」

「マジか!? お前すごいな!」

「そうなんです! さっそく試していいですかいいですよね!?」

「いやいやいや、ちょっと待て」


 いつの間にか主導権がショコラに移っている事にアレンは危機感を覚えた。


「お前、自分がやろうとしてる事分かってんのか? 魔王の封印を解くんだぞ。もしかしたら俺は魔族に加担するやべえやつかもしれねえし、ココの封印を解かせて人類を滅ぼさせるつもりかもしれねえ。そんなふうには考えねえのか?」

「えっ? そうなんですか?」

「いや、違うけど」

「じゃあいいじゃないですか! 封印が解けて魔族は沈静化、私は新たな魔法を試せて一石二鳥です!」

「お前マジでやべえやつだな! 待てっつってんだろ!」


 たった一晩で本当に魔王の封印を解く魔法を作ったとすれば、ショコラは確かにかなりの実力者だろう。

 しかし、魔法研究に対する熱意があまりにも高過ぎる。実験のためなら世界が滅んでも構わないタイプだ。どうかしている。


「とりあえずココを起こして、あいつの同意を得てからだ。それまでは絶対に封印を解くな。分かったな? 絶対だぞ」

「それってフリですよね? 押すなよ絶対押すなよ的な」

「てめえぶん殴るぞ」


 相変わらず徹夜テンションなのか素なのか分からないまま、一刻も早く試したいショコラを説得するのにアレンはかなりの時間を費やした。

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