箱入り魔王と世界を旅する物語
アキラシンヤ
長い旅の果てに
「貴様、今まで殺してきた人々の命を何だと思っている!」
天空に浮かぶ黒き魔王城、闇深い魔王の間。
既に満身創痍の勇者アレンは、それでも剣を手に叫んだ。
茶色い髪と目、革の武具。手にした武具も特別なものには見えない。見た目だけで言うならどこにでもいそうな冒険者だ。
対し、伝説に残る過去の魔王の巨大な肖像画を前、玉座に肘を突いた魔王ココは怪訝に眉をひそめた。
丸まったツノに青い長髪、青い目。黒いフリルの豪勢なドレス……魔王と言うよりゴスロリ幼女である。
「おぬしは何を言っておる? 私は誰も殺めた事などない。そもそも、どうして殺す必要があるのじゃ?」
質問を間違えたかもしれない。勇者アレンはそう思った。
相手は魔王だ。強力な四天王を従えていた魔王なのだ。自ら手を下す必要もなかったのだろう。
剣を構え直し魔王ココへとにじり寄り、勇者アレンは再びに叫ぶ。
「魔族の侵略でどれだけの命が失われたと思っている!」
「だから、さっきから何を言っておるのじゃ。魔族と人類は争ってなどおらぬ。おぬし、ちと要領を得んぞ。働き過ぎではないか? 少し休め」
話が噛み合っていない。早くも勇者アレンは気付いた。
しかし油断するにはまだ早い。魔王ココの至近まで迫り、尋ねる。
「……もしかして、本当に知らない?」
「知らぬ。えっ、本当なのか? 今、魔族と人類、争っておるのか!?」
「争ってるよ、割と長いあいだ」
「ええぇ――――――ッ!?」
魔王はおったまげ、その拍子に玉座ごとひっくり返り、勇者アレンは確信した。
この魔王、本当に何も知らない。
「えっ、何で何で!? おじいちゃんからはうまくいってるって聞いてるよ!?」
「知らねえよ俺に聞くなよ! あとそれ侵略がうまくいってるって意味じゃねえのか!?」
「えーっ!? ココもう分かんなーい! おじいちゃーん、おじいちゃーん!」
「やめろ仲間を呼ぶんじゃねえ! こっちはもう瀕死なんだよ!」
四天王との連戦でアレンの体力も残り僅かだ。ここで仲間を呼ばれては困る。
何とか泣き叫ぶ魔王の口を塞ごうと取っ組みあっていた、その時。
無情にも。
扉の開かれる音が、盛大に轟いた。
「アレン、殺ス」
現れたのは、顔も全身も真っ黒な細身の鎧で包んだ暗黒騎士だ。
四天王一の剣術使い。あるいは無言の殺戮兵器。
そして勇者アレンが唯一、倒せなかった相手。
「「ギャ――――――ッ!?」」
勇者と魔王は二人して悲鳴を上げ、少ししてから勇者アレンはふと気付いた。
「いや待て! 魔王のお前が驚くのはおかしいだろ!」
「知らない知らない! 誰この人すごく怖い! 助けてーっ!」
また悲鳴を上げ、魔王ココは勇者アレンに抱きついた。
怯えている。直参であるはずの四天王に、魔王が本気で怯えている。
状況はまだ呑み込めないが、暗黒騎士にこの幼い魔王が怯えて泣いているのは事実だ。
「くそっ、逃げるぞ! ガチでやったら勝てねえが、暗黒騎士は動きが遅い! 魔王、隠し通路とかねえのか!?」
「知らない知らない! 隠し通路とか、そういうのあるものなの!?」
「何で自分の部屋すら把握してねえんだ!」
魔王ココの前に立ち、勇者アレンは歯噛みした。
知る限り、魔王の間の出入口は正面しかない。だがそこからゆっくりと暗黒騎士は歩を進めてくる。
暗黒騎士にはある特性がある。
普段は遅い動きだが、剣が届く距離に入った途端怒涛のラッシュを仕掛けて来るのだ。
勇者の身に刻まれた傷は、ほとんど暗黒騎士の攻撃によるものだったりする。
そんな脅威が、ゆっくりとだが確実に、迫ってくる。
「魔王サマ、隠シ通路ハ玉座ノ下ニアリマス」
「えっ」
「えっ?」
勇者アレンへの問いに代わって答えたのか、暗黒騎士は抑揚のない声でそう言った。
「玉座の下だと……? 本当だ、よく見たら隙間があるぞ!」
「本当に!? じゃあ逃げられるの!?」
「分からねえ、だがやってみる価値はある!」
幸いにも玉座は魔王ココがおったまげた拍子に倒れている。
暗黒騎士を目の端で警戒しつつ、勇者アレンは指の掛かる場所を探す。
ガタン、とある場所で床がずれた。一気に床を外し、二人して覗き込む。
魔王は泣き顔にパッと笑顔を咲かせた。
「本当にあった!」
「……いや、でもこれって、どう考えても……」
「どう考えても?」
魔王ココは首を傾げ、訝しげな勇者アレンに尋ねる。
「地上に真っ逆さまコースじゃないのか……?」
隠し通路の向こう側には大地が覗いている。
そう。ここは天空城だ。
魔王ココは再びに首を傾げる。
「このお城って、そんなに高いところにあるの?」
冷や汗を垂らしながら、勇者アレンは答えを口にしなかった。
もうすぐ。あと四歩、三歩。
それぐらいで暗黒騎士の間合いに入る。
「ええいっ! どうにでもなれっ!」
魔王ココを抱き、勇者アレンは地上真っ逆さまコースを選んだ。
勇者と魔王の悲鳴は急激に遠ざかり、やがて聞こえなくなり、魔王の間は静寂を取り戻した。
残された暗黒騎士が、隠し通路を覗き込む。
「逃ガシタカ」
暗黒騎士は踵を返した。
暗黒騎士は、決して勇者を逃さない。
「ぎゃあああぁああああああああッ!!!!」
一方、青空の中、勇者と魔王は揃って地面へと落下していた。
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