迷いの森を抜けて
一度入れば生きては出られぬと言われる、迷いの森。その奥深く。
フリルだらけのドレスが幸いしたのか、ココは木の枝に引っかかっていた。
ココをぶら下げた枝がまぬけに揺れる。
顔を真っ青にし、ボロボロ涙をこぼしながらココは叫ぶ。
「死ぬかと思った! 死ぬかと思った!」
それもそうだろう。何の覚悟もできずに天空魔王城から下に投げ出されたのだ。
何か策があるのでは、と期待して見たアレンはとっくに絶叫していた。
一拍遅れてココはアレンの無策を確信し、それからの記憶は曖昧だ。
「あのバカは!? あのバカはどこじゃ!? このままでは降りられぬ!」
首を振り振り辺りを見渡すと、すぐ真下にぶっ倒れていた。
「死んでる――――――ッ!」
天空魔王城は雲より高いところにある。当たり前と言えば当たり前の結果なのだが。
「勝手に殺すんじゃねえ! ソロで魔王の間まで辿り着いた俺だぞ!」
そんな常識を打ち破り、アレンは身体を起こし怒鳴り返した。
「い、生きておるのか!? 化け物か? おぬしさては化け物じゃな!?」
「魔族に言われたくねえよ! お前の部下がここまで強くさせたんだろうが!」
「部下ではない、民じゃ! え、じゃあおぬし、我が民と戦ってきたのか? 何と野蛮な人間! 助けてー! おじいちゃーんっ!」
「お前らの方から襲ってきたんだけど!?」
枝に揺られたまま、ココは眉根を寄せた。
「おぬし……それは本当なのか? さっきも言っておったが、魔族と人類が争っているというのは、本当の事なのか?」
悲しそうな顔をしたココを見上げ、アレンは舌打ちした。
「……本当だよ。予言の通り、天空城は現れ、魔族が人類を襲い始めた。――俺の故郷もそれで滅びた。残念ながら、本当だ。嘘じゃない」
ココはアレンから顔を背けた。
「そうか……そうか。それは……済まない事をした。……済まない事をした……。済まない……」
「泣くなよ。お前のせいじゃない。お前が何も知らなかったんなら、俺が探してる魔王はお前じゃない。お前、名前は何て言うんだ。俺はアレン。アレン・アッシュライトだ」
ココをぶら下げる木に素早く登りながら、アレンは尋ねた。
「…………ココ。ココ・ジャグスリバグスじゃ。知っておるかどうか知らんが、ジャグスリバグスは魔の王を意味する」
「そうなのか。初めて知った」
そう言って、アレンは魔王をぶら下げる枝の根から折り、釣り上げるようにココを引き寄せて笑った。
「とりあえず降りるか。事情はあとで聞かせてくれ」
「……うむ」
宙ぶらりんのまま、ココはこくんと頷いた。
ココと手を繋ぎ、アレンは迷いの森を迷いなく歩いていた。
「私はまだ未熟なのでな、内政の一切を宰相に任せておったのじゃ。祖父の代からの賢者での、信頼できる者じゃ。おじいちゃ……あやつが私を騙すような真似をするとは思えん」
「お前がおじいちゃんって叫んでたの、そいつなのか?」
「む。恥ずかしながらそうじゃ。魔族が誇る賢者じゃ」
「ココのおじいちゃん、つまり伝説の魔王の親父って事?」
「違う、そうではない。わしがおじいちゃんと呼んでおるのは白いヒゲを伸ばしておるからじゃ」
「うん? 白いヒゲ?」
あごに手をやり、アレンは唸った。
「それって、ゼファルの事か? カエルみたいな顔で緑のローブ着てる」
「そうじゃ! 知っておるのか? 今どこにいるのじゃ」
「……いや、うん、えーっと」
アレンは空を見遣ってしばし黙り、ココから顔を背けて言う。
「倒した、な。だって四天王の一人だったし」
「ええぇ――――――ッ!?」
驚愕も一瞬、ココはすぐ涙目になり、繋いでいた手を離し、アレンをポカポカ殴り始めた。
「ばかばかばか! 何でおじいちゃん倒しちゃうの!? アレンのばかばかばか!」
「いやいやいや! 先に襲ってきたのあっちだから! あと落下のダメージが地味に残ってるからやめて!」
「おじいちゃんいい魔族だもん! 人類を襲ったりなんか絶対しないもん!」
「いや、でもどう考えても絶対そいつが怪しいだろ! ほら落ち着け!」
気をつけをさせるように、アレンはココの腕を押さえた。
大粒の涙をこぼしながら、ココはふるふる震えている。
「おじいちゃんはそんな事しないもん、おじいちゃんは優しいんだもん」
「分かった。分かったから泣くな。でも、ゼファルが何か知ってそうなのは確かだよな。という事は魔王城に逆戻りか……」
アレンは空を見上げた。枝葉が切り取る狭い空に、魔王城は見えない。
「ゼファルは私に隠し事などせん」
涙を袖で拭いながら、ココは震える声で、しかしきっぱりと断言した。
「そうだな。俺達は何か、もっと大きな勘違いをしてるのかもしれない。だけど他に手掛かりはないし、ゼファルもきっとココを探してるだろう」
「……そうじゃな。潔白を示すためにも、我が城に戻るべきじゃ」
「よし、じゃあ決まりだな。でもちょっと待ってくれ」
「何じゃ?」
「今すぐ戻って、もし仮に誰かと戦う事になったら――正直誰にも勝てる気がしない。一晩休ませてくれ」
「そうか。仕方ないの。そういう事情であれば仕方ない。うむ」
腕を組み、ココは大げさに頷いた。
アレンは微笑み、ココに手を差し出した。手を繋ぎ、二人は再び歩み始める。
「ところで、ここはどこなのじゃ? 森と言うのは分かるが、随分と魔性に満ちておる」
「そういうの分かるもんなのか。ここは迷いの森だ。一度入れば生きては出られぬって噂のな」
「おぬし、その割には迷いなく進んでおるが」
「迷いなく進めば抜けられる。そういう森だ。この仕組みに気付くの、すげえ苦労した。魔族のトラップは意味が分からねえ」
「……そうか」
ココはぎゅっと手を握った。
「私は、この森から抜けられるじゃろうか」
「安心しろ。俺が付いてる」
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