それぞれの生き方
アレン達とタクミは眠くなるまで語り明かし、ふざけ合った。眠くなった順に二階へ上がり、ベッドに潜り込み、そして夜が明けた。
「……うむ」
もそりと身体を動かし、ココは身を起こした。窓からの日差しが眩しい。隣にはショコラが眠っている。朝鳥の声は聞こえない。もうそんな時間ではないらしい。
「ショコラ、起きるのじゃ、ショコラ」
「……うふふ、そんなに揉んだらだめですよぉ……」
「何をじゃ。何を揉むのじゃ」
「……おっぱい……うふふ……」
「ほう」
と、馬乗りになったココがおっぱいを一揉みした途端、ショコラはパチッと目を見開いた。
「キャーッ! 何するんですかアレンさんっ!?」
「うがっ!?」
払い落されたココはベッドから転げ落ち、盛大に身体を打ち付けた。
「痛った、痛った!! 何じゃ、何をするのじゃ!?」
「……あれ? ココちゃんどうしたんですか?」
「おぬしが落としたんじゃが!? 痛った膝打った痛った!!」
なぜか立ち上がりココは片足立ちでぴょんぴょんし始めた。その様子を不思議そうに見遣り、ベッドから下りてショコラは言う。
「もう外も明るいですね。一度アクアリステの竜さんのところへ行ってみましょうか」
「それか!? 今言うべき事はそれかの!?」
首を傾げ、うーんと身体を伸ばし、ショコラは元気よく笑った。
「ココちゃん、おはようございますっ!」
「おはようございま――――すっ!!」
二人が工房へ下りると、アレンとタクミが朝食を食べていた。野菜がたっぷり入ったスープだ。
「おう。どうしたココ、機嫌悪そうだな」
「ショコラのおっぱい揉んだらベッドから落とされたのじゃ。膝痛い」
「ええぇっ!? ごめんなさい……って何で揉んだですかぁっ!?」
「ははは。朝から元気そうで何よりだね。二人も食べるかい?」
「膝痛い。でも食べるのじゃ」
「……私もいただきます」
朝食を終え、三人は水晶の洞窟最深部へと転移した。それに気付いたサーシャが駆け寄ってくる。やはりシグマは岩に腰掛けたまま微動だにしない。
「遅いにゃ! とっくに復活してたにゃ!」
「マジか。あれだけ食らっといてタフなやつだな」
「……まだ戦える状態ではありません。かたちだけです」
上からの声にアレン達は揃って見上げた。
美しい鱗をひらめかせ、青い髪の人魚が宙を泳いでいた。清濁竜だ。
「うおっ!? おぬしがここの竜か!? 随分と美しい姿じゃの、びっくりじゃ!」
「私もびっくりです。まさかこうも簡単にやられてしまうとは。魔法使い、あなたの名は?」
「ショコラです。……大丈夫ですか? 痛くなかったですか?」
「敗北した事にも気付きませんでした。ショコラですね。この胸にしかと刻んでおきましょう。それでは竜の力を、あなたに」
「…………いえ、力はココちゃんに与えてあげてくれませんか?」
浮遊し、滝壺の上に移動した清濁竜に向け、ショコラは清々しくそう言った。
「うん? いいのかショコラ。あんなに竜の力を欲しがってたじゃねえか」
「そうじゃぞ? ぶっちゃけ私が貰っても大した事はできんのじゃ……」
「いいんです。私はきっと、もう十分に強いんです。なのでこれ以上の力はいりません」
「そうですか。力を求めないと……。私には理解できませんが」
そう言い、清濁竜は滝壺の水を両手ですくう。
「しかし、強き者に従うのが竜。ショコラ、あなたがそう望むのならば従いましょう」
「……本当によいのかの?」
「はい。構いません」
ショコラは笑い、ココは清濁竜のすくった水をじっと見つめた。
「ならば遠慮なくもらうのじゃ。幸い、今回は酒でもないしの」
そう言って清濁竜が差し出す水を一気に飲み、ココはブブーッと吐き出した。
「まっず、え、まっず!! 酒ではないか!? 何これ魔法!?」
「その通りです。魔法でお酒にしました」
「余計なお世話極まりないの! 水じゃいかんのかの!?」
「盃を交わす必要がありますから」
清濁竜は手に残った酒を舐め、滝壺の中へゆっくりと沈んでいく。
「それでは強き者達、あのクソムカつく竜をブチのめしてきてください」
「急に口が悪くなったの! おぬし掴みどころがないの!」
「水の竜ですから。それではまたいつか」
最後にぽちゃんと音がして、清濁竜は消えた。
「アレンよ、次の竜はクソムカつくのかの」
「ガキがそんな言葉使うんじゃねえよ。確かにムカつくやつだけどな」
「次の竜さんはどこにいらっしゃるんですか?」
「ゼルテニア王城。クソムカつくが、そいつが最強の竜だ。そいつを倒せば魔王城へ行ける! 気合入れていくぞ!」
「うむ、ついにじゃな!」
「私達ならきっと勝てますっ!」
「……アレン、その事なんだけどにゃ?」
「うん? どうしたサーニャ」
サーニャはシグマをじっと見つめて――申し訳なさそうに言う。
「私、ゼストと一緒にここに残るにゃ。ゼファルに怒りたいけど……ゼストを一人にしておけないにゃ。だめかにゃ?」
「……ああ、俺は構わねえよ。ココはどうなんだ」
「うむ。寂しいが、サーニャがそう望むなら仕方ないのじゃ」
「おチビちゃん、アレン、ありがとうにゃ」
「だがサーニャよ、魔族と人類が和解する時には手伝ってほしいのじゃ。ゼスト、おぬしもじゃ。魔族が争いをやめたいと言っても、すぐに受け入れてもらえるとは思っておらんからの」
「もちろんにゃ! アレン、その時まで勝負はお預けだにゃ」
「おう。それまでにはちょっとでも強くなってろよ」
こうしてアレン達はサーニャと別れ、ゼニア王国へと転移していった。
静かな滝壺近くの岩、ゼストの隣に腰掛けサーニャは言う。
「ゼスト、よく頑張ったにゃ。おチビちゃんがまた戻ってきてくれるまで、もう少しの辛抱にゃ」
「……なぜだ? なぜ魔王様に仕える身でありながら、おそばを離れるのだ」
「アレンもショコラも私よりずっと強いにゃ。おチビは安全だにゃ。でもゼストは大丈夫そうじゃないにゃ」
「俺の事など放っておけば――」
ゼストの言葉を、サーニャは唇で塞いだ。
「……ゼストが生きててくれて本当に嬉しかったにゃ。これからもずっと一緒。にゃ?」
ゼストは応えなかったが、肩を震わせ、大粒の涙を落とした。
そして、アレン達は最後の竜へと挑む。魔王城に戻るのももうすぐだ。
アレン達の旅はもうすぐ終わる。
その先にあるのは人類と魔族の共存か――それとも。
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