王として、人として

 サーニャと別れ、アレン達はゼニア王国に戻ってきた。場所はいつもの泉の広場だ。

 そこからまっすぐ大きな道を北上する。するとやがて見えてくる、異様。


「何じゃあの城は!? 真っ黒ではないか!」


 ココは驚き叫んだ。その通り、ゼニア王国王城はその壁という壁、屋根という屋根が真っ黒に塗り潰されている。何本もの尖塔は鋭く伸び、蔦は不気味に茂り、魔王城より悪魔的だ。


「夜になるとお化けが出るそうですよ。お化けには聖属性魔法が効くんでしょうか」

「嘘じゃ! お化けなんておらん、絶対におらんぞ! 私は怖くないのじゃ!」

「何だお前、魔族にもお化けっぽいのいるだろ。お化け怖いのか?」

「怖くないと言っておるのじゃ! あとお化けっぽいとお化けはまったく別物じゃからの!?」

「うふふ。お化けの噂もそうですが、その軍事力の高さを他の国に恐れられ、ゼニア王国には悪魔が棲んでいるなんて言われていたそうです。それを知った何代か前の王様が城を黒くしたらしいですよ。お茶目な王様ですよね」

「お茶目かの? 分からん……」


 ちなみに魔王城は劣化こそ激しいが、ここまで真っ黒ではない。

 そんな事を話しながら、アレン達は王城へと進んでいった。



 ゼニア王国の王城は開かれている。広い堀があり大きな正門前には可動式の吊り橋もあるが、それが動く事は年に一度しかない。点検の時だけである。

 ココは念のため帽子を深く被り、アレン達は王城の中へと入っていった。止める者は誰もいない。給仕が早足に動き回り、ぽつぽつと近衛兵の姿もあるが、アレン達に興味を示す者はいない様子だ。


「ふむ、中は普通なんじゃな」

「普通のお城ですよ。王様もいい人です。ちょっと冷たい感じがするかもですけど」

「そうか? あのガキ何考えてるか分かんねえからな。俺は好きじゃねえな」

「何じゃ、おぬしらここの王に会った事があるのか?」

「いつでも会えますよ。私もそう聞いて、魔法の手帳を自慢しにいったんです。すごいって褒めてくれました」

「よくその用件で会えたの? 手帳は確かにすごいのじゃが」

「竜と縁のあるのがあのガキだからな。まったく、あのガキが他の竜の承認が必要とか言わなきゃすぐここに来れたんだ」


 舌打ちし、アレンはずんずんと王城の中を進んでいく。大きな階段を上がり、広い廊下を突き進み、一番奥にある扉をノックした。


「入れ」


 扉の向こうから声が聞こえて、アレンは扉を開けた。

 正面に応接用のソファとテーブル、その右手に執務用の机があり、その後ろには分厚い本が並んでいる。奥にはダブルサイズのベッドがあり、広い窓から日差しが差し込んでいる。

 接見の間などではなく、明らかに私室だ。

 執務用の机で何か調べ物をしていたらしい王が厚い本を閉じ、応接用のソファに浅く腰掛けた。

 若い王だ。どう見てもアレンより若い。だが幼くはない。後ろに流した黒髪、鋭利なほど知性溢れる目。白いシャツに黒のパンツ。美しい少年だ。

 若き王に話をすれば最後の竜との戦いへ挑める。

 しかし、アレンは一歩踏み入れたところで留まり、ココとショコラが入る前に扉を閉めた。


「なっ!? 何をするんじゃ!?」

「どうしたんですかアレンさんっ!」

「うるせえちょっと待ってろ!」


 一喝し、アレンは窓辺を見た。

 正しくは窓辺に座る女に目を向けた。


「……おいクロード。何でアンジェがここにいる」


 そこにいたのは獄炎竜ラッタンジと縁を結んでいる女、アンジェだった。それも大きい方と言うべきか、本来の姿だ。以前と同じ短いタンクトップにホットパンツ、しかしその上から軍服らしきものを肩に掛けている。

 そして、なぜかアレンを睨んでいる。


「アンジェリカはゼニアの軍事参謀だ。彼女から話は聞いた。もう一度ゼニアの竜と戦いたいそうだな」

「軍事参謀? アンジェが?」

「そうよ、何か文句ある?」

「……別にねえよ。だが、またショコラが固まっちまったらめんどくせえ。席を外してくれねえか」

「ほんっと面倒ねあの子は!」


 そう言ってアンジェは黒猫に姿を変えた。どうやら部屋から出るつもりはないらしい。

 しかし本来の姿でなければ問題はない。アレンは扉を開けた。

 途端にココが怒鳴る。


「何をするんじゃ!? 鼻打ったんじゃが!?」

「すまねえ。クロードがパンツ履いてなくてな」

「えっ、それは仕方ないですね……」


 アレンの雑な嘘にクロードは何も言わない。クロードは余計な事を口にしない。

 テーブルを挟んで対面のソファにアレン達が腰掛けると、クロードはココをじっと見つめた。


「クロードだ。ゼニアの王を務めている」

「む。ココじゃ。ココ・ジャグスリバグス。魔王じゃ」

「人類と魔族の争いを止めたいと聞いている。事実か」

「本当じゃ。私は争いなど望んでおらん。人類と魔族が共存できる世界を作っていきたいのじゃ」

「そうか」


 クロードは黙り、ココをじっと見つめ続けた。ココもまたクロードを見つめ続けた。


「話は聞いている。そのために魔王城へ戻る必要がある事も。だが、魔族がそう望むだけでは足らない事も理解しているか」

「分かっておる。父上の罪は許されるものではなかろう。何より、私の復活により人間に被害が及んでいるのも聞いておる。……アレンの故郷を滅ぼしたのも、聞いた」


 僅かに間を置き、しかとクロードを見据えてココは訴える。


「それでも私は平和な世界を望む。そのためには当然、人間側に理解してもらう事も必要じゃ。決して謝って済む問題ではないが、私は何だってする覚悟じゃ。どうか、おぬしにも協力してほしいのじゃ」

「今は結界で防いでいるがゼニアにも少なからず被害が出ている。何より魔族の停戦宣言を喧伝して回る義理はない。過ぎた事として水に流せるほど失われた国民の命は軽くはない」

「…………うむ。甘い考えであった。忘れてくれ」


 クロードは冷たい空気を帯びていた。ぬるい感情論など通用しない、そんな空気だ。


「ゼニア周辺の竜から承認を得た事は聞いている。竜と縁を結ぶ者としてゼニアの竜と戦う事を認めよう」


 一国の主としての用件は終わったとばかりにクロードは立ち上がった。執務用の机の後ろ、分厚い本が並ぶ本棚の細工を動かすと、重い本棚が音を立てて横に移動した。

 その裏に隠されていた扉の鍵を開け、クロードは言う。


「ゼニアの竜のもとへと繋がっている。行け」


 歴史の重さが伝わってくる扉を見つめ、ココは立ち上がった。


「アレン、ショコラ。力のない私にこれまで協力してくれてありがとうなのじゃ。あの扉の向こうでの戦いでも、きっと私は何の力にもなれん。だけどお願いじゃ。ともに争いなき世界を目指して、協力してほしいのじゃ」


 続いてショコラが立ち上がり、ココと手を繋いで笑った。


「急に改まってどうしたんですか? 大丈夫です、私達ならきっと勝てます!」

「……よし、行くか」


 最後にアレンが立ち上がり、三人は扉の前に立った。

 ドアノブを回した時、クロードがココの肩に手を置いた。


「王に力はいらない。必要なのは国民からの信頼だ。安心しろ、お前は十分に王の器だ」


 思いがけない言葉にココは目を丸くしたが、やがて力強い笑みを浮かべた。


「ありがとうなのじゃ! ゆくぞアレン、ショコラ!」

「はいっ!」

「おう!」


 アレンは勢いよく扉を開けた。

 その先に広がっていたのは――


 天も地もない、突き抜けるような青空だった。

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