明かされる真実
どこかに心を置き忘れたような面持ちで、アレンはタクミの隣に腰掛けた。対面に座るクロードの目は何も語らない無機質だ。アンジェは睨むようにこちらを見ていた。タクミは苦笑いを浮かべてしばらく、目を落とした。
「……さて、どこから話せばいいかな。やっぱり、メリッサの事から伝えた方が分かりやすいか」
タクミの迷いにアレンは不安を覚えた。これまで一度でもこんなタクミを見た事はなかった。アレンにとってタクミは父であり、兄であり、友だった。
「信じ難い話だろうけど、ショコラさん――彼女は、メリッサなんだ。僕が死んだと思い込み、悲しみ、自らの記憶を封印した、伝説の魔法使い。それが彼女だ」
「……タクミが、死んだ?」
訝しむアレンを、タクミは目で制した。
「すまない。腑に落ちないとは思うけど、今は僕の話を聞いてほしい。……アレン君も知っている通り、メリッサはある条件下で記憶を消す。例えばアンジェに会った時、彼女はその記憶をなかった事にする。アレン君も覚えていると思う」
覚えている。だからショコラとここに訪れた時、アンジェには黒猫に化けてもらった。
「私はそんな事したくなかったんだけどね。あの子、自分の魔法だけだと記憶を封印しても解いちゃうって分かってたの。私も哀しみ続けるあの子を見てらんなかったし? だからあの子が姿を変えて、記憶も封印したあと、それを思い出せないようにしたの」
理解が追い付かない。それがアレンの正直なところだった。
この部屋にいる自分以外の三人は、とても重要な事を知っている。それを伝えようとしてくれている。それは分かる。
しかし、分からない。
「伝説の魔王が倒されたのは二百年も前の話じゃねえのか。どうしてメリッサが……ショコラが生きてる? それも魔法か?」
「違うわ、呪いよ」
否定し、アンジェは面倒くさそうに言う。
「魔法は魔族の力を人間が使えるようにしたもの。呪いは本来人間が持っていた力。ま、あんたに説明したって分からないでしょうけど? メリッサを呪ったのも私、伝説の勇者達とか言われてるのを呪ったのも私。今は現実として受け入れなさい」
長い赤髪を耳に掛け、なぜか苛立っているアンジェが異様な存在に見える。
思えばアンジェが魔法らしきものを使う時、詠唱も魔方陣もなかった。
「……アンジェ、お前は何者なんだ」
「私はここの軍師よ」
それだけははっきりと、反論を許さない強い口調で断言した。タクミに目を向けると、ゆっくりと頷いた。
「アンジェの言う通り、僕らは彼女に呪ってもらった。それはどうしても必要な事だったんだ。……僕らは魔王を殺した。だけどその娘――ココちゃんは殺せなかった。だって、あの子に罪はないだろう? だから、いずれ解けると分かっていても、封印するに留める事しかできなかった」
タクミは両手を開き、じっと見つめていた。
そこに見たのは魔王殺しの血塗られた手か――それとも。
「封印が解ければ、魔王城は再び浮上し、魔族は活性化する。僕がとどめを刺さなかったせいで、再び世界は魔族の脅威に晒される。……思っていたよりずっと早かったけれど、まさしく今がそうだ。ココちゃんを殺せなかった僕には責任がある。だから今の今まで、身分を偽り意地汚く生きてきた」
予感の通り、心の空白がどす黒く濁った思いで満たされていく。
タクミは知っていた。魔族が再び活性化し、人間を襲う事を。
それは、つまり。
「じゃあお前は……お前のせいで、俺の村は滅んだって事じゃねえのか……?」
故郷を襲った数多の異形、それが魔族と知ったのはもう少し後。
村は焼かれ、あちこちから聞こえる悲鳴の中、最期までぎゅっと抱きしめてくれていた両親は死んだ。
「そうだ。アレン君の故郷が滅んだ原因は僕にある」
「てめえッ!!」
ソファの上に片膝を立て、アレンはタクミの襟を掴んだ。
硬く握った拳は震え――
しかし、どうしても振り下ろせない。
熱い涙が頬を伝う。アレンは震えていた。
怒りではなく、悲しみに震えていた。
自分を育ててくれた、自分より圧倒的に強いはずの男が、こんなにも弱弱しい姿を見せている事が、どうしようもなく悲しかった。
「……すまない」
「謝るんじゃねえッ!!」
タクミを突き放し、アレンは頭を抱えた。
何も聞きたくなかった。何も知りたくなかった。自分を支えていた大切なものが崩れていくのを感じた。復讐だけを心に生きてきたはずだった。しかし、そうではなかった。
「訳分かんねえよ……! 俺は、俺は何のために生きてきたんだ!? じゃあ何でお前が魔王城へ行かなかった!? 何で俺に行かせたんだ! もう何も分かんねえよ……!」
心を吐き出し、答えは求めていない。ただ楽になりたかった。復讐に生きていただけの自分に戻りたかった。
しかし、もう過去には戻れない。人は過去に戻るすべを持たない。
「僕も初めはそのつもりだった。封印が解けたら魔王城へ向かい、再び封印するか、今度こそとどめを刺すつもりでいた」
その声、弱弱しく。
しかし揺るがぬ矜持を裡に秘め。
「だけど長い歳月を経て、それではいけないと考え始めた。僕らは本来死んでいる人間だ。過去の存在だ。人は培った技術を、経験を、未来へと繋いでいくものだ。勝手な話なのは十分に分かっている。だけど過去の僕らが表に立ち、未来の光を奪う事は、決して許されない事なんだ」
アレンには分からない。人よりも長く、重く生きたタクミが至った境地など理解できるはずもない。しかし確かな説得力を感じた。タクミの揺るぎない意志がそこにはあった。
「分かんねえけど、分かった。あとで納得できるまで説明してもらうが、今はいい、分かった。……ショコラの記憶を思い出させるのは無理なのか?」
「あんたほんとバカね。タクミの話聞いてた? あの子が選んだのは魂だけを残した自殺なの。いくら自分が天蓋竜に勝てないからってね、他人の都合で蘇らせていいもんじゃないわ」
「違う、そうじゃねえ」
アレンは否定する。
「天蓋竜には何度だって挑む。勝つまで戦い続けるだけだ、問題ねえ。それより、ショコラはタクミが死んだと思って記憶を封印したんだろ? だがタクミは生きてる。だったらそれこそお前の言う通り、ショコラにそれを伝えなくていいのかって話をしてんだ」
しんと部屋が静まった。
アレンは分かったと言った。分からないが分かったと言った。雑なアレンらしい言い方だが、三人が思うよりずっと簡単に、アレンは覚悟を決めたのだ。
覚悟を決めた以上、あとは余談だ。それに気付くのに、賢明な三人には少し時間が掛かった。
アレンを理解したアンジェは呆れたように笑った。
「そう、そういう事ね。できなくはないわ。タクミ、構わないわよね?」
「……正直、あまり好ましくはないけれど。それこそ僕が決めていい事ではないだろうね」
承諾したタクミは苦笑いを浮かべ、アレンを見遣った。
幼い頃から今に至るまで、ずっとアレンを見てきた。アレンの事は誰よりも理解しているつもりだった。
しかし、いつの間にかアレンは、育ての親である自分でも知らないうちに、ずっと大きく成長していたようだ。
目頭が熱くなるのを隠すように、タクミはアレンから目を背けた。
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