致命的な忘れ物
マティアスの家に戻った僕は、セシーリアの誤解を解くヒントがないかと思い、今までの事を書き留めた紙を確認してみることにした。
が。
荷物を底までまさぐっても──ない。
ない!
ない?
ない!!
僕は荷物を床にぶちまけて確認する。
しかし、書き溜めた紙類が一式全てなかった。
なんで?!
どうして?!
僕は、その紙を使った最後のタイミングを思い出す。
──そうか、あの時だ。
暖炉の前で色々書き溜めていた時、セシーリアが出掛けるというのでついて行く事にした。
その時、手にした紙を適当にまとめてその辺に置いたんだ。
帰る荷物をまとめてた時、その事をすっかり忘れてセシーリアの家に忘れてきてしまったんだ。
どうしよう?!
……あ。
青い花を見終わったら、セシーリアの家に寄る事になってたから、いいか。
僕はそう結論づけて、荷物をしまい直した。
横で、マティアスが面白そうにその様子を見て呟く。
「無言で百面相してら。お前面白いなぁ」
しゃがんで腕組みをしつつ、マティアスはそうケラケラと笑った。
その時だった。
家の外が、やけに騒がしい事に気付いたのは。
なんか、ワーワーキャーキャー人の悲鳴やら怒号やらが遠くに聞こえる。
何かあったんだろうか?
でも、気にしない。
事件にはクビを突っ込まない。
コレ、僕が安全に旅をする為の極意。
しかしマティアスは違ったようだ。
「どうしたんだ?」
怪訝な顔をして、外の様子を窓から伺いに行った。
まぁ普通、気になるよね。当然さ。
僕も、この境地に至るまでには、何度か野次馬しに行ったりしたよ。
でもね、僕は物語で言うところの、とばっちりで死ぬタイプの通行人②みたいな存在なのだと、途中で気付いたんだよね。
野次馬して、何度か危険な目にあったから。
それ以来は、僕は野次馬しに行くのをやめた。
そうしたら、怪我をする頻度が減ったんだから事実だったのさ。
危険にはクビを突っ込まない。
それが一番。
「!!」
窓の外の様子を見たマティアスが、顔色を変えて踵を返した。
玄関を飛び出して、そのまま騒ぎの方へと走って行ったようだ。
どうしたんだろう。
あの顔は、明らかに野次馬根性のソレとは違う。
何かあったんだ。
尋常ではないマティアスの様子が気になり、僕も慌てて騒ぎの方へと向かうのだった。
「狼だ! 狼が出たぞ!」
騒ぎへと走る最中、聞こえたそんな言葉に、僕の背中はゾワリと粟立った。
狼。
その単語を聞いて真っ先に頭に浮かんだ、銀の毛を持つ狼と、茶の毛を持つ狼。
どうか違っていて──
僕はそう願いながら、人集りの真ん中へと飛び込んで行った。
人を掻き分け、人集りの中心部へと自分をねじ込む。
円陣の中心にぽっかりと空いた空間の、その真ん中で唸る動物の姿を見た。
白地の毛並みに黒と茶色の毛が混じった大型の狼。
見覚えのあるその狼に、僕は駆け寄ろうとする。
「ロル──」
しかし、その行動は、後ろにいた人に妨げられた。
僕の肩を掴んで静止したのは、マティアスだった。
「なんで?! あれは──」
ロルフだよ! と言おうとした時に、マティアスは無言で首を横に振る。
その名前を呼ぶな、そう言いたげだった。
ロルフを囲む人々は、手に手に鍬やら鋤やらピッチフォークやらを構えている。
ロルフは唸りながら周りの人々を牽制していた。
どうしよう、なんでロルフがここに?!
その時、彼の背中に見覚えのある革の包みが括り付けられている事に気がついた。
あれは僕の書類入れ!
そうか、ロルフは僕の忘れ物を届けに……
って事は、僕のせいでロルフが危険な目にあってるんだ!
どうしよう、どうしたら……
僕はマゴマゴしつつ、どうすればロルフを助けられるのか頭をフル回転させた。
しかし、何も思いつかない……
「コイツはもしかして魔女の手先なんじゃないか?!」
誰かがそう叫んだ。
すると、周りの人間がざわめく。
口々に『氷の魔女が差し向けたんだ』だの『魔女が狼に俺たちを襲わせようとしてる』だのと根も葉もない事を囁き始めた。
「コイツを殺せ!」
ヒステリックに誰かが叫んだ。
すると、その瞬間から人々が石や雪玉をロルフに向かって投げ始める。
投げつけられる多数のソレを、ロルフは避けようと身体を捻ったり飛び退いたりしているが、あまりに数が多くていくつかが身体に当たる。
その一つが、ロルフの目元に当たって彼はキャンと悲鳴をあげた。
もう見てられない!
僕がマティアスの手を振り切って前に出ようとした時──
マティアスに思いっきり後ろに引っ張られた。
その代わりに、彼が一歩前に出る。
「ロルフ」
マティアスは、狼の名前を言いながら、彼に近寄って行った。
ロルフは更に唸ってマティアスを威嚇する。
周りの人がざわめいた。
危ない、下がれ、と口々にマティアスを止めようとする。
しかし、彼は止まらない。
ロルフの目の前まで行って跪き、手袋を外して義手をロルフに差し出した。
ロルフは唸りつつもマティアスから差し出された義手を見て、マティアスの顔を見て──
クゥンと鼻を鳴らしてマティアスの義手をひと舐めした。
「ロルフ」
マティアスは、彼の名前を呼びつつ、その首をぎゅっと抱きしめた。
「久し振りだなロルフ。大きくなったなぁ」
義手でロルフの頭を優しく撫でた。
ロルフは尻尾を振りつつ、マティアスに身体を擦り付ける。
周りを囲む人々は、唖然としてマティアスとロルフの様子に見入っていた。
「やっぱりアンタも魔女の手先だったんだね!」
嗄れた女性の悲鳴にも似た叫び声が上がる。
声の方を見ると、さっきお店で話に入ってきたお婆ちゃんの姿が見えた。
お婆ちゃんは、手に石を持ちつつマティアスに向かって叫ぶ。
「怪しいと思ってたんだよ! 両親が死んでアンタも消えたと思ったら、数年後突然戻ってきて……腕に変なものつけて!
魔女の手先になったんだろう!
もしかして、自分の両親もワシの爺さんもお前が殺したんじゃないのかい?!」
なんて事言うんだこのババア!
第一言ってる事の時間軸オカシイぞコラ!
しかし、既にヒステリックになっていた人々はその事に気付かない。
ババアの言葉に触発され、更にまた敵意を再燃させ始めた。
「マティアス! お前はその狼の仲間なのか!」
ピッチフォークを構えた男性が、マティアスに厳しい声でそう問いかける。
すると彼は、強い意志を目に宿してハッキリと告げた。
「コイツは俺の家族だ」
その言葉に、僕の胸が詰まる。
家族──そうだ、ロルフとマティアスは……
「じゃあやっぱりお前は魔女の手先なんだな!」
今度は別の、手に鍬を持った男性がマティアスを威嚇しながら声をかける。
「セシーリアは魔女じゃない! 村に危害を加えようとなんかしていない!」
ロルフの背中から僕の書類入れを外しながら、マティアスは背中越しに叫んだ。
「やっぱりお前っ……」
周りの人達がざわめく。
今までロルフに向けられていた敵意が、今度はマティアスにも向けられ始めた。
取り囲んだ人達は、手にした農具をマティアスに突きつけつつ、ジリジリと円陣を狭めていった。
マティアスは荷物を外し終わると、それを地面に置いて立ち上がる。
そばに立つロルフの肩に手を置きつつ、強い口調で周りの人達に向かって叫んだ。
「みんな目を覚ませよ! 悪い事全部セシーリアのせいにしたって、事態は好転しないんだよ!」
マティアスの真っ当な叫び。
しかし、その言葉は村人たちには届かなかった。
マティアスとロルフの後ろに立つ人が、長い木の枝を2人に向かって振り下ろす。
咄嗟に気付いたロルフは避け、マティアスは腕でそれを防いだ。
しかし、口火を切られた人々の敵意は止まらない。
みんな次々にマティアスとロルフに襲いかかっていった。
「やめて!」
僕は咄嗟に叫んで二人の元へと駆け寄ろうとする。
しかし、誰かに後ろから突き飛ばされて、そのまま地面へと突っ伏した。
なんとか顔を上げて見えたのは、ロルフに覆い被さって彼を庇いながら、人々から殴る蹴るの暴力を振るわれるマティアスの姿だった。
僕はなんとか立ち上がろうとして……
誰かの膝がこめかみにクリーンヒットし、一瞬にして意識を失ってしまった。
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