彼女との旅 ~彼と彼女の事情~

 三日後。

 行きの死にそうな気分とはうって変わって、ミンシアとの短い旅は楽しかった。

 細くて綺麗なわりには、ミンシアは健脚だった。その為か、旅は行きよりも順調。

 まあ、あの鋭い蹴りが放てるぐらいだからね。そりゃそうか。

 僕はラクダに乗せられ、その横をミンシアが歩く。

 砂が口に入るから、歩いてる最中はあまり会話はしなかったけど、夜になって野宿する時は、いっつもミンシアは歌ってくれた。

 そして、街に着く頃には、僕もすっかり、ミンシアの歌のファンになってしまっていた。


 街に戻ると、僕は一旦前に泊まった、ラッツの行きつけの酒場兼宿屋に行った。

 一緒にミンシアも、そこに宿を取る。

 そこでなら、ラッツと再会しやすと思ったからだ。

 だけど、宿屋の店主に聞いてみたら、ラッツはまだ闘技場にお世話になったままらしい。

 街についたのが夕方だったのもあって、とりあえずその日は宿屋で休んで、明日の朝に闘技場へ行って、ラッツと涙の再会を果たす事にした。


 ミンシアはこの国では結構有名だし、明日の為にあまり騒がしいのに巻き込まれたくないからと、部屋で夕飯を食べる事になった。

 でも、一人じゃ味気ないからと、ミンシアはワインと夕飯を持参して、僕の部屋のドアを叩く。

 僕なんかとご飯食べたらきっと美味しい料理もマズくなりますと、丁重にご辞退しようとしたら、頭をナデナデされて『いいからいいから』と、部屋の中に押し込まれた。

 あわあわする僕を尻目に、持ってきた食事をテーブルに手際よく並べ、ワインをグラスにつぎ、椅子に座ってスタンバイOK。

 最後に、呆然とする僕に『おいでおいで』と手招き。

 結局(半ば強制的に)一緒にご飯を食べる事となってしまった。

 ミンシアは、誰かとわいわいやりながら食事するのが好きらしい。

 僕たちは、ゆっくり食事をしながら、色々な話をした。


 ラッツは、今でこそその人懐っこい性格で、誰とでも仲良くなれるけど、昔は、他人を信用しようとしない面があったとか。

 つっけんどんなワケではなく、馴れ馴れしくはするけれど、本心は見せない、そういった感じ。

 どうやら、小さい頃はあまりいい生活をしていなかったらしく、ミンシアと出会ったばかりの頃は、飄々として何を考えているか分からない、上辺だけ笑みを浮かべているような人間だったらしい。

 しかも、この街で僕が出会っちゃったようなチンピラ系で、観光客とかからカツアゲをしていたりもしていたとか。(その頃出会っていたら、僕なんか確実にターゲットだね☆)

 んで、たまたまこの街に来たミンシアに、ナンパ紛いでちょっかいかけ、ぶちのめされ。

 ──一目惚れした。

 なぜ一目惚れ?

 思わず聞き返したら、ミンシアが大笑いした。

 ラッツは、ミンシアと出会う前まで、その腕っ節の強さで、負け知らずだったらしい。

 それを、女でスレンダーで虫も殺さないような顔をしたミンシアに、鳩尾に重たい一発・KO負けした瞬間、なんだか神の啓示を受けたかのような衝撃を受けたとか。(打撃という意味ではなく、こう、精神的にね。……たぶん)

 でも、決定打はミンシアの歌。

 彼女が小金を稼ぐ為に酒場で歌ったのを聞いてから──

 彼からの猛烈アピールタイム(時間無制限)の始まり始まり~。

 最初、ミンシアはラッツみたいな、上辺だけで笑う人間が嫌いだったらしい。

 付きまとう彼が鬱陶しくてウザくて、彼にビシッと『その笑顔嫌いなんだよ』と伝えた。冷たくあしらえば、付きまとうのをやめてくれるかと思ったんだって。

 しかし、ラッツは諦めなかった。

 その笑い方をやめる努力を始め、ミンシアの顔をじっと観察し、ミンシアと同じような笑い方ができるように、頑張り始めた。

 そこに再びミンシアから彼の脳天への一発が決まる(踵落とし)。

 笑顔は頑張って習得するもんじゃなく、自然に零れるものだと、ミンシアからの指導。

 再びラッツは衝撃を受け(打撃とかそういう直接的なものじゃなく、こう、精神的にね。……たぶん)、『自然体でいること』という事を、初めて意識し始めるようになった。

 それから、ラッツは変わった。

 最初は、表情を作るのをやめたせいか、笑顔どころか怒りとか悲しみとかも、顔に浮かべることができなくなったらしい。

 しかし、少しずつ、少しずつ、段々と本当の気持ちを表現できるようになり──

 やっと、本当の笑顔を見せられるようになった。

 そして、その頃になると、ミンシア自身の気持ちにも変化が現れ──

 晴れて、二人は恋人同士となったとさ。

 めでたし、めでたし。

 と、いうわけでもなく。

 ラッツはいきなり、いままでの借りを返さなきゃいけないと言い出した。

 借り──それは、今まで盗んだりカツアゲしたり物や家を壊した分の金。

 それを、迷惑をかけた人、盗んだ人、カツアゲした人たちに返していこうって。

 観光客には返せないが、代わりに、これから出会う人たちに還元してくことにして。

 ──それが、ラッツが言っていた『借金』だったんだ。

 まあ、正式な金額は勿論分からないから、一応目標金額を設定して──とりあえず、今まで真っ当に生きてこなかった分を、全て綺麗に清算する為に、ラッツとミンシアは、今一生懸命頑張ってるんだ。

 でも、ミンシア自身、剣闘士というものを『真っ当』だとは思ってないみたい。

 戦うって事は、誰かを傷つけて、ヘタをしたら殺してしまう事だから。

 結局、『だけど、戦う相手もそれを覚悟して臨んでいる事だから』と、ラッツに説得され、ミンシアは渋々頷いた。

 頷く代わりに、彼女も心の中で決心する。

 早く、ラッツが剣闘士を辞められるように、自分も沢山稼ごうって。

 それから、ミンシアは、できるだけ沢山の所へ行き、沢山の歌を歌ってきた。

 ──その二人の努力が、もうすぐ実を結ぼうとしてるんだね。

 早く、早く終わるといいね。

 そういえば、ミンシアが左足首にしているアンクレットは、ラッツが初めて真っ当に稼いだお金でプレゼントしてくれた、二人の記念の品らしい。

 それについてを語る時の彼女の顔は、とても幸せそうだった。

 ──こうやって話を聞いても、疑問に残るところもある。

 なんで、あんまり人を信用しなかった人──ラッツが、僕を信用してくれたんだろう?

 ミンシアもだけど。

 僕みたいな流れ者を信じるなんて──


「それは、感覚? みたいなものじゃないかしら?」

 気になってチラッとミンシアに聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。

 よく判らない。

「どんな感覚ですか?」

 僕は、食後のワインをちびちび飲みながら聞いてみた。

 すると、ツマミのチーズを食べようとしていたミンシアが、その手を止めて、一瞬考える。

「んー。言葉で説明するのは難しいけれど、感じるの。大丈夫だって。

 ──よく、『生理的に受け付けない』とか『鼻につく』というでしょう? その逆の感覚」

 うううう……分かるような分からないような……

「あまり難しく考えないで? 私もラッツも、簡単に言うと──あなたが好きなのよ」

 今のでまったく分からなくなりましたよッ?

 ミンシアは、それからは何も言わず、ずっとクスクスと笑っているだけだった。

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