彼女の事情③ ~逃避~

 (抜けてた腰が)元に戻り、僕はエルザが消えた路地の方へと向かった。

 土地勘がないので、細い入り組んだ道をウロウロしていると、所在がまったくわからなくなり、そのうちどうしようもなくなって、途方に暮れた。

 それどころか、日も暮れ始めた。

 だって初めて来た街だもん!

 しかも、まわり全部石の壁だから目印見つけにくくて、今歩いてる道が、さっきの道と同じか違うか判らないんだもん!

 僕は、歩くのを諦めて、近くの壁に背をあずけて、空を見上げる。

 家と家の間から、夕日と紫の雲が見えた。

 風が、路地の上を走ってる。

 暑い太陽が姿を消して、夜の気配が風に乗っていた。

 少しだけ冷えた風が、とても気持ちいい。


 ──……ッ


 うなり声を聞いた気がした。

 それも、聞き覚えのある声の。

 僕はハッとして、その声のした路地を、恐る恐る覗いてみる。

 エルザが、積まれた木箱の影で、左腕を抱えて蹲っているのが見えた。

「エルザ!」

 僕は、慌ててエルザの側への駆け寄った。

 僕に気がついたエルザが、ゆるゆると顔をあげる。

 蒼白なその顔に、さらに影がさして、びっくりするぐらい痛々しかった。

「アル……」

 なのに、僕の顔を見たエルザは、弱々しくも笑顔を向けてくれた。

「逃げてしまってすまない……ああなると……後が長くなってね……。せっかく助け舟出してくれたのにな。申し訳ない……」

 ふっと、苦笑。

 あの声が、僕だって気がついてたんだ。

「僕の方こそ……大変な目にあわせてごめんなさい」

 僕の言葉に、エルザは『大丈夫』と言いかけようとして、声をつまらせる。

 眉根を寄せて、何かに耐えているようだった。

 何か──いや、エルザは左腕の痛みに耐えているんだ。

 右手の指が、抑えた左腕に食い込んでる。

 さっき、石化樹を掴み上げていた、左手。

 さっきまでしていた、黒の皮手袋が焼け落ちてる。

 そして──


 二の腕まで黒く変色し、

 まるで真っ黒な歪な硝子──黒曜石のような、

 その地肌が晒されていた。

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