事件① ~僕と彼女と双葉の邂逅~
検問を通り、僕は城下に入った。
分厚い石でできた、高ッい城壁に囲まれた中は、人で溢れる活気に満ちた世界が広がっていた。
予想以上!
想像以上だった!
凄い!
大きな馬車を引き連れたキャラバン、
道みちで大道芸を披露するミニサーカス、
道なりに連なる外の国の行商人たちの派手なテント、
色んな珍しい物を売る屋台、
見たことないような果物!
立ち食い麺!
揚げまんじゅう!
美味しそうな匂い!
僕が、キラッキラした顔をしているのに気がついたのか、検問を別で抜けて来て合流したエルザが、嬉しそうな顔を僕に向けた。
一度、体ごと城下の方を向き、大きく息を吸い込むと、とびっきりの笑顔で僕の方に振り返った。
「ようこそ! 私たちの国へ!」
腕を広げ、少し誇らしげで。
まるで、無邪気な少女のような、可愛い笑顔。
好きなんだ、この国が!
なんか、そんな気持ちが伝わってくる。
僕も釣られて笑顔に。
「きました! エルザたちの国に!」
エルザと同じように腕を広げ、この国の空気を、僕も胸いっぱいに吸い込んだ。
検問所から先は、石でできた家々が大通り沿いに並んでいた。
奥へ行くにつれ、小高い丘になっているのか、家が階段状になって見える。
そして、その一番奥の、一番高い所に、白い壁でそそり立つ城が見えた。
白い壁が太陽を眩しく照り返し、なんだか神々しい感じがする。
あそこで、エルザは生活しているんだ。
エルザは少し用があるというので、途中で別れた。
たぶん、調査の報告に戻るのだろう。
後で合流する為の地図(手書き。ちょっと判りにくい。エルザ、絵心ない……)をもらい、僕はこの城下町を少しブラブラする事にした。
大通り沿いは、さっきのように、旅の者を相手にする店とかが多かったけど、少し裏に入った所には、この国に住む人用の商店街があった。
やっぱり、この国にも格差は存在するのだろう。
さっき見た検問所の壁とかは、しっかりどっかりとした強固で緻密に形がそろえられて積まれた石だったけど、今いる場所の家の壁等は、さっきに比べると、少しまばらに見えた。でも、そんなに酷いわけじゃない。
まばらだけど、しっかり組まれていて、雨漏りとかの心配はなさそうだ。
たぶん、そういう技術が巧みな国なんだ。
やっぱり、石化樹との共存とかの影響があるのかな?
確か、この国の前情報では、石膏細工や石に関する事に秀でてるって聞いたけど、ここまでとは思わなかった。
生活水準は高いんじゃないかな?
街の人は笑顔が絶えないし、商店街もさっきと違う意味で、生活感に溢れた活気がある。
ああ……パン屋の匂い。
美味しそう……。
その匂いにつられ、ふらふらと寄って行く。
あ、近くに屋台麺屋もある!
僕は、エルザから貰ったお小遣いを握り締め、その屋台麺屋の席にちょこんと座った。
「おう、どした? ウチは観光客に食わせられるような上等なモンは出してねぇぞ?」
屋台の向こう側に立つ、いかにもこの道長いですって感じのおっちゃんが、僕を見て首をかしげる。
まあ、大きなリュックを背負って、この国と毛色の違う服を着てれば、すぐにでも旅人って判るか。
「いいんです。ここのが食べたい!」
「おう、嬉しい事言ってくれんじゃねえか。よし。サービスだ!」
どん、と僕の前に置かれたのは、汁のない、小麦か何かで練り上げて茹でた麺に、野菜やお肉がもっさり乗ったドンブリだった。
ホントだ! 凄い量! サービス満点!
食べてみると、麺とお肉にちょっとピリ辛の味付けがされていた。
暑い日には最高!
「おいしい! んまい!」
「そうか! よかった! どんどん食いな!」
僕が、ニコッニコしながら食べるのを見て、おっちゃんも気をよくしたのか、色々な話をしてくれた。
この国のこと、
この街のこと、
石化樹のこと。
──前王の崩御後まだ間もなく、現王はまだ即位したばかりだということ。
「そういえば、エルザさんって方、ご存知ですか?」
ちょっと好奇心で聞いてみた。
まさか、宮廷騎士団長の名前まで知ってるほど、このおっちゃんが王宮の事に詳しいとは思えないけど……
「おう、あれか? 騎士団長様の事か?」
「し……知ってるの?」
意外と思っちゃった。
ごめんなさい、おじさま。
「おう。なんだ。もしかして、他の国にも名前轟いてんのか?
そりゃそうかもしれんなぁ。あん人は、俺らみたいな下っ端平民にも、よくして下さるからなぁ。騎士団長ともあろうお方がな、直接見回りに来てくれんのさ。
いやさ、あの嬢ちゃんは、若いのによくやってくれてるよ! それになにより、ほれ、あの奇跡の左手があるからな!」
奇跡の左手?
「それは知らんのか?」
僕が、どんぶりを置いて顔に『?』を浮かべている事に気がついたのか、おっちゃんが得意満面で、おうよ、奇跡の左手だ! と大見得を切った。
「で? どんな奇跡なんですか?」
「知らん」
知らんのかい!
あんな大見得切ったくせに!
でも突っ込めない!
小心だから!
重要な部分は聞けなかったけれど、その他のエルザの話は聞く事ができた。
エルザが、宮廷騎士団長着任後、城下警護部隊長とこの街の警護の仕方について大喧嘩をした話や、旅の商人隊に化けた盗賊たちとの大立ち回りの話、時々この屋台に顔を出してくれるという話。
エルザは、この街の人たちが好きなんだ。
さっき『私たちの国』と嬉しそうに言ったのは、この国が本当に大好きだからなんだ。
僕は、旅から旅への根無し草。
家はあるけど、滅多に帰らない。
正直、僕は家があるその国を『自分の国』と認識してない。
でも、エルザは違う。
この国が好きで、この国の人たちが好きで──そして、この国を守る立場に立ってる。
凄いなぁ。
心底そう思う。
僕、凄い人と知り合っちゃったんだ。
どんぶりの中身を全部たいらげ、若干名残惜しくそれを置いた時だった。
──きゃぁ……──わぁ……
遠くから、悲鳴のようなものが聞こえてきた。
何かあったのかな?
でも行かない。
危険には首突っ込まないタチ。
まわりの家や、露天にいた人たちが、みんな声のした方を見て、中にはそちらに向かう人たちもいた。
好きなんだよね、こういう所の人って。野次馬が。
「おう? どうした? 喧嘩か!」
ここのおっちゃんも、例に漏れなかったみたい。
「おう、おめえ何してんだよ。行くぜ! 騎士団長の嬢ちゃんが見れるかもしれねぇぞ!」
「あの……いや、僕は……」
僕の逃げ腰なんてなんのその。屋台のおっちゃんは、ワクワクした顔で僕の腕を引っ張り、その騒ぎの方への駆け出した。
いや~ん!
だから!
僕はそういうのに首つっこみたくないのに!
流れ弾に当たって死んだりするタイプなんだから!
しかし、そんな僕の様子も一向に構わず、おっちゃんは、僕の腕をひっぱって大通りに出ると、人だかりができてる中心部分に、おっちゃん自身と僕をねじ込んだ。
「おおぅ!」
ねじ込んだ割には、おっちゃんは変な悲鳴をあげて、僕をあっさり置いて、人だかりの外へ逃げ出して行ってしまった。
え?
なんで?
「旅人さん! おめぇも逃げろ! それは石化樹の幼樹だ! あぶねぇぞ!」
遠くから、おっちゃんのそんな叫び声が聞こえた。
置いて独りで逃げるぐらいなら、最初から連れて来ないでよ!
──って、え?
せ……石化樹ッ?
その時ふと、僕の脳裏にエルザの言葉が蘇る。
『石化樹の縄張りに入ってはいけない、入ったら命はないと、この国の人間は、小さい頃から教えられて育つ』
そうか!
だから、おっちゃんは、見た瞬間に逃げたんだ!
でもそれっておかしくないッ?
僕をここまで引っ張ってきた張本人が真っ先に逃げるの、なんか違くないッ?
確かに、人だかりをつくっているのは、外からの行商人や旅行者ばかりで、この国の人たちの姿はほとんどなかった。
ひとだかりの真ん中には、腰を抜かして座り込んでいる、ちょび髭の行商人が。
そして、その足元には、もぞもぞ動く、こぶし大の灰色の物体が落ちている。
よく見ると、なんか双葉っぽい。
くけぇ……
鳴いたよ……
今、双葉が鳴いたよ……?
ざわざわと周囲がざわつく。
みんな、見たこともない生物を見る為に、背伸びして物珍しそうに人の間から覗こうとする。興味本位といった感じで。
双葉は、ぷるぷると体を振るわせると、双葉の下から同じように震える二本の触手を出し、まわりをフラフラと伺うように巡らせる。
そして、近くでしゃがみこんでいる、ちょび髭の行商人のおっちゃんに触手を向け──
すばっ
ジャンプしたッ!
「うわぁぁぁ!」
行商人のおっちゃんは、腰を抜かして立ち上がれずにいたが、なんとか体を捻って双葉のジャンプをかわす。
しかし、双葉の着地地点には、運悪く繋がれたままその場から動く事ができない、行商人のおっちゃんの馬がいた。
双葉は、馬の足にがしッと触手でしがみつく。
ヒヒーンッッ
馬が、悲鳴のようないななきをあげる。
双葉が抱きついた前足をばたつかせ、なんとか双葉をはがそうと暴れだした。
が、手綱が繋がれている為、思うように動けない。
どこかの国で見たロデオのように、その場で体を大きくゆすっている。
ぴきぴきぴき……
おおよそ生き物から発せられない筈の、水が急速に凍るような音が、馬の足からする。
双葉が抱きついたそこから、馬が段々と灰色に変色し始めた。
馬が、息も絶え絶えに、なんとか双葉を引っぺがそうと暴れるが、灰色に変色した前足が動かなくなってしまい、後ろ足だけバタバタと動かす。
そのうち、灰色の部分が──
馬の胴体にまわり、
後ろ足にまわり、
首まで、
顔まで、
鬣が凍りついたように動かなくなり──
まるで、なめらかな石の彫刻のように、馬がその場で石化した。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
目の前で馬が石化したという、ありえない事実に気がついた女性が、悲鳴をあげた。
それに火をつけられたのか、人だかりを作っていた人たちも、途端にパニックを起こし、我先にと逃げ出そうとする。
押し合いへし合いになり、人が将棋倒しになった。
僕も、向かいから逃げて来る人たちに押し倒され、踏みつけられ、ズタボロにされる。
背中はリュックが守ってくれて、頭は自分で守り、踏みつけてくる人たちがいなくなるまで、僕はその場でうずくまっていた。
やっと、踏みつけられなくなって、僕はほっとして顔をあげた。
遠巻きにする人たちの中心は、いつのまにか、僕と、馬から離れて僕の少し離れた所に鎮座する、双葉だけになっていた。
きキャぁ……
あ……なんか……双葉の鳴き声、変わりましたけど……
なんか……
警戒音ッぽいものに……
双葉は、再度ぷるぷると震えると、二本の触手っぽいものを出してゆらゆらと巡らす。
そして、その、ぷるぷるした触手を、僕の方にゆっくりと向けた。
「旅人さん! 逃げろ! 石にされるぞ!」
どこからか、おっちゃんの叫び声が聞こえる。
無理ッス!
とっくに腰は抜けてます!
足は、がくがくと震えるだけで、立ち上がろうとはしてくれない。
だから言ったじゃん!
最初の犠牲者になるタイプだって!
いや、馬を入れたら二番目ッ?
ッて、そうじゃなくて!
ヤバいぐらいに頭が混乱してるッ!
灰色の双葉が、再び『きキャぁ』と鳴き、震える触手をぴたりと僕に照準ロックオン。
最後の警告だ、となんとなくわかった。
やばい、僕、今植物と意思疎通しちゃった。
あぁ……それが最後に思う事っていうのも切ない……
僕は、頭を抱え込み、ぎゅっと目をつぶった。
ずざざざざざッ
石化樹が僕に向かって、地面を這って猛ダッシュする音がする。
もう終わりだ!
ずだんッ
じょわーッッッッ
僕のすぐ側で、そんな音が聞こえた。
まるで、焼け石に肉を押し付けたような音。
でも、僕は、痛くもかゆくもなかった。
なぜだろう?
さっきと音が違くない?
しかも、その音の前にした『ずだん』って……
何か、重いものが地面に落ちたような音が……
ついでに『げキャ! くキュ!』という、双葉の悲鳴っぽいものが聞こえる。
僕は、恐る恐る目を開いた。
見知った背中が見えた。
「エルザ!」
僕は、半泣きでその背中の持ち主の名前を叫んだ。
エルザは、僕の目の前に仁王立ちし、その左手で、灰色の双葉を掴み上げていた。
左手から、さっき聞いた、焼け石に肉を押し付けるような音が、ずっと続いてる。
そして、恐ろしい量の煙が、双葉を掴む左手から立ち上っていた。
苦悶に眉根を潜めながら、エルザは、もがき暴れる双葉を押さえ込む。
「捕縛網!」
エルザが叫ぶ。
すると、いつのまにか、大通りの家の屋根にスタンバイしていた、鎧のお兄さん数名が、エルザと双葉に向かって銀色の投網を投げつけた。
それに合わせ、エルザは双葉を投げ上げる。
投網は、見事双葉を絡め取り、ボトリと地面に落っこちた。
『けキャ! くキャ!』という悲壮な鳴き声を出しながら、双葉は投網の下でもぞもぞもがいている。
そうか。
エルザは、あの鎧のお兄さんたちがいる所から、飛び降りて僕のもとに来てくれたんだ! だから、さっき『ずだん』って音がしたんだ。
肩で息をしたエルザは、捕らえられた双葉の方に近寄り、跪く。
「……ごめんよ……」
近くにいた僕にしか聞こえないような小さな声でそう呟くと、その左腕で、網の上から双葉を、ぐしゃりと押し潰した。
しばらくの沈黙。
そして、まわりからは大歓声が巻き起こった。
「エルザ様―! すごーい! かっこいいー!」
「さすが騎士団長様!」
「嬢ちゃん! やるじゃねぇか!」
そこかしこから、エルザへの感謝の拍手が巻き起こった。
網から潰れた双葉を取り出したエルザは、ソレを小さな革袋に入れる。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
途端に元気な笑顔になり、周囲の人間に振り返る。
「騒がせてしまって申し訳ない! 怪我はないか? もし怪我があるようなら、近くの駐在所に行って手当てしてもらうといい! 無事に事は済んだ! もう心配ない!」
エルザが笑顔で声を張り上げると、更に拍手は大喝采へと変わる。
ひととおり、エルザはまわりに笑顔を向けると、側に寄って来た、さっきまで大通りの家の屋根にいた兵士のお兄さんに、網と双葉が入った革袋を手渡して、そっと耳打ちした。
そばにいた僕(というか、腰を抜かしたままで動けない)は、思わず耳をそばだてる。
俗にいう盗み聞き。
「城下警護隊長に、今回の事件の原因追求後、その調査結果と今後の対応策を、今日中に上げろと伝えてくれ。あの行商人も必ず事情聴取しろ。──何かある」
笑顔の時とはうって変わった厳しい声で、兵士に告げる。
兵士は、こくりと小さく頷くと、すぐにエルザから離れて、大衆の中に消えていった。
兵士が離れた途端、エルザのまわりに、わっと人々が殺到した。(さっき僕を置いて逃げたおっちゃんも、ちゃっかりとエルザにかけよって、肩に手をかけたりしてた)
エルザは、その人たちに、『もう大丈夫』『被害がなくて本当によかった』とか声をかけながら、少しずつ、その輪から路地にひっこもうとしている。
しかし、人々はエルザの肩や腕に手をかけて、離れさせまいとしていた。
──そこで僕は
「団長! 王宮から事件の詳細を伝えろとの伝言であります!」
と、わざと野太い声でめいいっぱい声を張り上げた。
その声に、エルザのまわりの人たちはびっくりして、あたりをキョロキョロとする。
当の声をあげた僕が、(腰を抜かして)へたり込んでいる為、気がつかないみたい。
「だ、そうだ。みんな、すまない。私は行かねば」
エルザは、申し訳なさそうに、みんなの手をやんわりとはずすと、一瞬できたスキに路地に駆け込み、そのまま人ごみから逃げていった。
その背中に、街のみんなは感謝の声を投げかけ続けた。
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