王都へ ~平和な時間~

「そんなもの、あの仕事の量をこなせるようになれば、誰だって身につくって」

 ため息まじりにエルザはそう呟いた。

 ため息は、おそらく当時の事を思い出したからだろうな。

 川べりで、馬を一休みさせながら、僕とエルザは草っ原にねっころがっていた。

 青い空を二人で見上げ、エルザが宮廷騎士団長になるまでの話をしていた。


 次の日の朝、すぐにおばさんの家をあとにして、今は城を目指している。

 エルザの調査はちょうど昨日で終わり、もともと今日から城に戻る予定だったからだ。

 ──エルザの調査が、その前に終わっていたら、僕、命なかったんだね!

 本当なら、僕は僕で旅を続けようかと思っていたのだけど、昨日の無礼をちゃんとした形で返したいと、エルザに頭を下げられ、食い下がられ、最終的には剣で脅され、結局一緒に行く事になった。

 まあ、タダで馬に乗っけてもらえて、旅も数段楽になるしね!

 神様の悪戯による迷子にもならなくて済む!

 一石二鳥とはまさにこの事?

 ……剣で脅されたけど……


 出発には良い日で、朝から晴れて真っ青な空に、こんもりとして綿菓子のような雲がたゆたってた。

 この時期は少し暑いけど、前に行ってきた砂漠の国からしたら、こんなの天国だ。近くにこうして小川も流れているし。

 そういえば、気がついた事が一つ。

 昨日は夜だったから気づかなかったけど、よく見ると、石化した木や草が、生い茂る木々の間に倒れている。

 ただし、側にあるそれらは、石化してから随分時間がたっているらしく、朽ちているものがほとんどだった。

 エルザの話によると、ずっと昔の石化樹の縄張りの名残らしい。

 今は石化樹は縄張りを移動しているので、襲われる心配はないとの事。

 でも怖いよ……なんだか怖いよ。

 今は安全だって言われても、見たこともない石化樹の存在した痕跡が、目の前にあるんだよ?

 昔はここにいたんだよッ?

 ってことは、またここに戻って来る事もありうるって事でしょッ?

 って思ったら怖いでしょッ?

 ……考えすぎ?


「さて。そろそろ行くか」

 エルザは、がばっと起き上がると、木陰で微睡んでいた馬のところへ歩いて行った。

 僕が起き上がる頃、馬の手綱を引いて戻って来たエルザは、僕の顔を見て、歯を見せて人懐っこく笑った。

「じゃ、そろそろ、アルの話も聞かせてよ」

 話か……

 僕も色々な所を見て来たから、確かに沢山話は持ってるんだけどね。

 無駄に。

 小川から街道に戻り、城への道を歩きながら、僕は少し考える。

 そうだ。

 あの話にしよう。


 ──今なら、きっと話せる。


「じゃあ……、砂漠の国の話をしましょう! そうですね。僕がその国行こうと思ったのは、『闘技場』というものがあるって聞いたからなんです」


 そうして、道々、砂漠の国の話を始めた。

 エルザは、前を向きながら歩き、話の内容に時々一喜一憂しながら、楽しそうに僕の話に耳を傾けていた。


「──んで、その剣闘士の恋人に、手紙を届ける事になりまして。といっても、また砂漠を越えるわけですよ? そんな簡単に……って、やっぱり言っちゃいますよね? ハイ。思わず言ってしまったんです。そしたら──」

「砂漠を越えて……」

 話の途中、エルザの顔がふと翳る。

 調子よく喋っていた僕も、さすがに気がついて、話を切った。

 それに気づかないのか、エルザはどこか遠くを見ながらふと──

「……近くにいられるだけでも……幸せなのかもしれないな……」

 聞き取れるか聞き取れないか、それぐらいの声で──

 でも確かに、そう呟いていた。

「あ、ごめん。それで?」

 やっと、話が途切れている事に気がついたのか、ぱっと顔を上げて、エルザが僕を見る。

 さっきの翳りなんて、どこかへ行ってしまったような感じだ。

 たぶん、無意識に出た言葉なのかもしれない。

 僕も、聞こえなかったフリをして、そのまままた話を続けた。

 だって。


 少し、泣きそうに見えたんだもん。

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