晒し者
短い夜が明けて暫くすると、たくさんの村人たちが空き家に集まって来た。
僕は木陰でその様子を伺う。
家の中に何人かが入ると、ロルフが吼えてマティアスが何かを叫んでいるのが聞こえた。
ガタガタと激しい物音がして、暫くすると静かになる。
家から、マティアスを担いだ大柄な村人と、ロルフを木に吊るした数人が出てきた。
……晒しモノにする気だ。
でも、今止めに入っても無理だ。
僕はその場を離れ、おそらくみんなが向かうであろう、村の広場の方へと先回りする事にした。
村の中央の広場には、たくさんの人集りができていた。
その中央には、積み上げられた薪の山が二つ。
その片方には、細長い木が立っていた。
人集りに紛れて僕は様子を伺う。
空き家から連れ出された二人が到着し、マティアスは木に縛り付けられる。
ロルフは積まれた薪の上にそのまま転がされた。
──嫌な予感しかしない。
年のいった、恰幅の良いヒゲの中年男性が、みんなより一歩前に出て、縛り付けられたマティアスを睨みつけた。
「お前が魔女の手先だったとは……良くしてやったやのに……」
本当にガッカリした、男は眉根を寄せてマティアスにそう告げる。
今まで項垂れていたマティアスは顔を上げて、その男を睨み返した。
「アンタたちは間違ってる……証拠も根拠もないのに、何故全てをセシーリアのせいにするんだ……」
マティアスの力のない声。
その言葉の真意は、その中年男性や村人たちには届かない。
「何故って……魔女のせいだからだろう。それ以外に冬が終わらない理由がない」
中年男性は、マティアスがさもおかしな事を言ってるかのように首を傾げる。
僕からしたら、男性の言ってる事の方がおかしく聞こえるのに。
「違う! 冬が終わらないのも、実りが少なくなってるのも、ましてや誰かが怪我をするのも死ぬのも、セシーリアのせいじゃない! 理不尽を他人のせいにして鬱憤を晴らしてるだけじゃないか!」
叫ぶマティアス。
「じゃあ誰のせいだって言うんだ!」
イラついて声を荒らげる中年男性。
ダメだ。話が噛み合ってない。
誰のせいでもないというマティアスと、
じゃあ誰のせいなんだと詰め寄る男性。
根底の認識が違いすぎて、話を合わせられないんだ。
多分、もう何を言っても無駄。
僕は周りを見渡して、隙がないかどうかを伺う。
今いる位置だと二人から遠すぎる。
僕は一度人集りから抜けて端へと移動。
もう一度人集りの中に入り、一番前へと無理矢理出た。
この位置からなら、ロルフが近い。
隙を見てロルフの縄を解き、その後にマティアスを。
僕は夜中に、一度マティアスの家に戻って自分の荷物を全部空き家の側へと持ってきていた。
その時に、荷物の中から生活用の小型ナイフをポケットに忍ばせた。
ポケットの中に手を入れて、その手でポケットの中のナイフを握りしめる。
一瞬でいい。
隙があれば──
「俺はさっさと殺せばいい」
マティアスのそんな言葉に、僕の思考は中断される。
弾かれるように顔を上げてマティアスを見ると、何か覚悟したかのような顔をしていた。
「でもロルフは──狼は逃してあげてくれ」
そんな懇願にも、中年男性は首を横に振った。
「ダメだ。お前たちは言わば人質──魔女をおびき寄せる為の餌だ。餌としては、むしろお前より狼の方が価値がある」
ふんっと鼻を鳴らし、中年男性はロルフの方を見る。
ロルフが喉で唸り声を上げると、苦々しい顔をした。
そして、手を振って後ろに控えていた男二人に合図する。
すると、二人は足元に置かれた桶に、布がまかれた木の棒を突っ込んで──取り出す。
ドロリとした液体がついた木の棒の先端──液体が滴る布に、火打ち石で火をつけた。
松明か。
燃え上がった火は、先ほどの液体──油によって大きく揺らめく。
松明を手にした男二人が、中年男性の横に並んだ。
「さぁ、燃やされたくなかったら魔女を呼べ」
酷く残酷な笑みを口に浮かべ、中年男性はマティアスに詰め寄る。
しかし、マティアスは口をひき結んだままだった。
絶対に声を上げないつもりだ。
暫く、中年男性とマティアスの不毛なやり取りが続く。
みんながそっちに注目してる。
今がチャンスかもしれない。
僕はポケットの中のナイフを片手で鞘から抜き出す。
周りの様子を伺い、ロルフに駆け寄るチャンスを探った。
しかし。
「なら狼に呼んでもらおう」
中年男性が突然ロルフの方へと向き直った。
それに応じて、横に立つ男が手にした松明をロルフの方へと向ける。
ジリジリと近寄り、今にもロルフの下の薪に火をつけてしまいそうだった。
ダメだ。もう待てない!
「やめてよ!」
僕は叫んで飛び出し、ロルフと中年男性の間に滑り込む。
手にした小型ナイフを両手で持って相手に向け、精一杯の勇気で相手に怒鳴った。
「無駄だよこんな事しても! この二人を虐めたって何の解決にもならない!
冬はもう終わったんだ! 春がもう来るんだよ! セシーリアが春を呼んでくれたんだ!」
両手で握るナイフの突先が震えてる。
でもここで引けない。
多分もうチャンスはない。
今やらなくちゃ!
僕は、向かいに悠然と佇む中年男性、そして松明を持った男性たちと対峙した。
「余所者は引っ込んでろ!」
中年男性が苛ついたようにそう叫ぶと、僕は見えない位置から誰かに横へと引っ張られて転がされる。
何人かに蹴られてナイフを落としてしまった。
立ち上がろうとしたら、誰かに背中を踏みつけられる。
苦しくて這いつくばるしかできなくなった。
「やめてよ!」
なけなしの勇気と力を振り絞って叫んだけど、誰かに頭を押さえつけられて地面に突っ伏された。
ダメなのかな……もうダメなのか……
悔しくて、踏み固められた雪の地面を拳で叩いた。
と、その時だった。
防寒着を着てるのに、それをすり抜けて直に身体の体温を奪っていくかのような──
芯から凍えそうな冷気が辺りに立ち込めた。
オォーーーーン……
遠くから、狼の遠吠えが聞こえる。
冷気は次第に強い風となり、辺りの空気を凍らせつつ地面の雪を舞いあげた。
辺りが白一色に包まれると──
「アタシを呼びたきゃ、ただアタシを思い描いて名前を呼べばいいのにサ。こんな事しなくたって」
ハスキーで落ち着いた女性の声が辺りに響き渡った。
風が止んで視界が晴れると、マティアスの横に人影が突然現れていた。
白銀の髪と抜けるような白い肌を持った女性──セシーリアと、
白地に黒と銀の毛が混じった神々しい狼──リヴが佇んでいた。
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