囚われの身

 頭に響いた痛みで目を覚ます。


 目元に被せられた濡れた布をどかして身体を起こした。

「気付いたかい。大丈夫か?」

 野太い声のする方に振り向くと、今日行った店のおっちゃんがパイプを咥えながらイスに座ってるのが見えた。

 僕は、寝かされていたカウチから身体を起こして周りを見渡す。

 ここは──おっちゃんの家──あのお店らしかった。

「お前さん、さっきの騒ぎに巻き込まれて揉みくちゃにされたんだよ。大した怪我がなくて良かったな」

 煙をふーっと吐き出しつつ、おっちゃんは僕にそう声をかけた。

 僕は、ズキズキするこめかみを押さえつつ、おっちゃんに、あれからどうなったのかを尋ねた。


 ロルフとマティアスは、村人にボコボコにされて捕まえられたそうだ。


 かなり痛めつけられたらしいけど、殺してはいない──おっちゃんはガハハと笑いながらそう言った。

 それを聞いて血の気が引いたのが自分でも分かった。

「どうして……?」

 なんでそんな、何もしてない相手にひどい暴力を振るえるんだ……マティアスは村の仲間だったハズなのに……

 僕はそう尋ねたかったが、喉が詰まって声が出なかった。

「殺さなかった理由か? それはな……」

 おっちゃんは、僕の言葉を勘違いして答える。

 一度そこで言葉を切り、ニヤリと嫌な笑みを口に浮かべた。

「魔女をおびき寄せる為さ」

 おっちゃんのその言葉に、背中がゾクリとした。

 魔女をおびき寄せる為……?

 おっちゃんは、酷く残酷な笑みを浮かべつつ、言葉を続ける。

「アイツらを晒しモノにして、魔女をおびき寄せるのさ。んで、ノコノコ出てきた魔女を、みんなでやっつけるって手筈さ」

 手にしたパイプで宙に何かを描きつつ、おっちゃんはそう笑う。

 ──なんで、この人はこんな酷い事を笑顔で語れるの?

 僕は手にした布をカウチに置いて立ち上がる。

 膝が笑っていた。手も震えてる。

「助けてくれて……ありがとうございました……」

 僕は頑張って、おっちゃんに頭を下げた。

「おうよ、気をつけて帰りな」

 おっちゃんは鷹揚にそう言って手を振った。

 これだけは聞いておかなきゃ……

「そういえば、捕まえた二人は何処へ……?」

 去り際についでを装って、おっちゃんに尋ねる。

「ああ、多分村はずれの空き家だろうな。この村にゃあ牢屋なんて大層なモンなねぇからな」

 僕の背中に向かって、おっちゃんはそう答えた。


 さっきまでの喧騒が嘘みたいに、村は静まり返っていた。

 二人が捕らえられているという、村はずれの空き家とやらを探して歩き回る。

 人に聞いても教えてもらえなかったので、僕は怪しい家を一軒一軒見て回った。

 すると、何処からか遠吠えが聞こえてきた。

 僕はその方向へと向かう。

 何軒かそれらしき家の中を窓から覗いたりして──目的の家を見つけた。


 板が打ち付けられた窓は、一部が割れて中が見えるようになっていた。

 そこからこっそりと中を覗く。

 すると、両手足を縛られて転がされたロルフと、それに寄り添いつつも後ろ手に手を縛られたマティアスが見えた。

 僕は家の玄関の方へと回ろうとしたが、扉の前に人がいる事に気付き、窓の方へと戻る。

 窓を軽く叩き、静かに声をかけた。

「マティアス、ロルフ」

 すると、ロルフがクゥンと悲しげに鼻鳴きする。その鳴き声に気付いたマティアスが顔を上げた。

「マティアス」

 僕は再度声をかけた。

 すると、やっとこちらに気付くマティアス。

 ヨロヨロと立ち上がろうとして、立ち上がれずに床に突っ伏した。

 ここからじゃ遠い。

 僕は周りを見渡して誰もいない事を確認すると、二人の側の窓の方へと回り込んだ。

 こちらの窓も板が打ち付けられている。

 割れたりはしておらず、中を覗くことが出来ない。

 窓を割ったら音でバレてしまう。

 どこからか声をかけられないか……僕は辺りを探ってみた。

 壁板の一部が痛んでる。

 僕はそこらへんに落ちていた小枝を拾って、痛んだ板壁を削った。

 なんとか小さく穴を開けることができたので、そこから中に向かって声をかける。

「マティアス、ロルフ」

「ヤンか……」

 今にも消え入りそうな、弱々しいマティアスの声が返ってきた。

「大丈夫……じゃないよね……ごめんなさい、助けられなくて……」

 僕は自分の弱さを本当に悔しく思った。

 もっと僕に力があったら……

「いいんだ……ヤンのせいじゃないよ」

 息も絶え絶えな声でそう返ってくる。

 姿は見えないけど……相当酷くやられたのはその声で感じ取れた。

 僕は……手を握りしめる。

 後悔の念が猛烈に沸き起こってきた。

「ごめんなさい……元はと言えば、僕がセシーリアの家に忘れ物したのがいけなかったんだ……忘れ物しなければ、ロルフはこの村に来ることもなかったのに……ロルフ、ごめんね……」

 目頭が熱くなる。


 そう、全ての元凶は僕だったんだ。

 僕が忘れ物さえしなければ……


 キューンと、ロルフが微かに鳴く声が聞こえる。

 その声に、僕の涙腺が決壊した。止めどなく溢れ出た涙が、ポタポタと地面に落ちた。

「ロルフ……ごめん……ホントにごめん……」

 喉が詰まって上手く声が出ない。

「ヤンのせいじゃないよ……ロルフが迂闊だっただけさ……セシーリアから危ないから村に近づくなと言われていたのに、危ないと思ってなかったんだな。人に慣れすぎてて……」

 マティアスがクスリと笑ったのが分かった。

 ──泣いてる場合じゃない。

 僕は顔をぬぐい、崩れそうな気持ちを奮い立たせて声をかける。

「おっちゃんから聞いた。マティアスたちを晒しモノにして、セシーリアをおびき寄せようとしてるんだって。

 だから今から助ける。待ってて」

 僕はそれだけを告げると、周りを見渡して、窓に打ち付けられた板を外せる物がないかどうか探した。

 しかし、小枝ぐらいしか落ちていない。

 仕方ないので、僕は打ち付けられた板を両手で掴み、壁に足をかけて全体重と全力を込めて引っ張る。

 ミシミシという音がした。

 いける!

「誰だ?!」

 物音に気付いたのか、誰かの鋭い声が飛ぶ。

「逃げろ!」

 マティアスが叫んだ。

 僕は慌ててその場を離れて木陰に逃げ込む。

 見張りらしき男の人が、さっきまで僕がいた場所に駆け寄って来た。

 周りを見渡し、音の原因を探す。

 僕は息を潜めてその人がいなくなるのを待った。

 しかし、見張りの人は怪しい気配を感じ取ったのか、その場を動かない。

 その場から他の見張りの人を呼びつけ、さらに人を増やそうと話しているのが聞こえた。

 これじゃあ二人を助け出せない……

 見張りがその場から離れた瞬間を狙い、さっきの壁の穴の所へ駆け寄る。

「マティアス、ロルフ」

 必ず助け出すから、僕がそう言おうとする前に、マティアスが先に言葉を発する。

「見つかったら大変だぞ。余所者だから、俺たちの仲間だと知れたら、場合によっては殺されるかも知れない。逃げろ」

 マティアスの言葉は厳しい。

 確かに……マティアスの言う事も尤もだった。

 僕は余所者だから……下手に関わると危ないかも知れない。

 でも……

「俺たちは大丈夫。どうにかして逃げるから……」

 そう言うマティアスの声は弱々しい。

 とても逃げられるとは思えない。

 しかし、逡巡する間もなく、こちらに近寄って来る足音が聞こえてきた。

「……ごめんなさい……」

 僕は、それだけを告げてその場を離れた。

 木陰に戻り、様子を伺う。

 諦めてたまるもんか。

 僕はその場に潜んで、なんとか二人を助け出す隙が出来るのを待った。


 しかし──

 無情にも、なんの手立てもないままに、時間だけが過ぎていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る