別れ ~誓い~

 ほとんど眠れずに、朝になった。

 身支度して、部屋の椅子に腰掛けて、待つ。

 窓から、朝日が眩しく差し込んで来た頃、ドアが静かにノックされた。

 僕は、自分のリュックを背負って、扉のもとへ行き、開けた。

 ジャンがいた。

 不思議な笑みを唇に浮かべて。

 外套を着込み──まるでエルザたちが討伐に向かう時みたいに、人目を忍んだような格好で──僕をそのまま厩舎の方へと連れて行った。


 とても、晴れ渡った空だった。

 昨日の雨が嘘みたいな、

 綺麗な、

 綺麗な空。

 前日の雨と、まだ朝日が昇り始めて間がない為か、とても空気が澄んでる。

 とても高い所を、まだ夜の余韻を残したような色をして、雲が流れてた。

 こんな日でも、

 世界は、

 美しいんだな。


 僕とジャンには会話はなかった。

 無言でジャンが馬に跨り、手をかりて僕はその後ろに乗る。

 そのまま忍ぶように城門に向かう。

 城の裏門には、数人の兵士がいた。──討伐に参加した、確かマイクと呼ばれていた兵士と、他にも見覚えのある顔。エルザの部下。

 マイクは、ジャンと僕に一礼すると、静かに裏門を開けて、僕達を外に出してくれた。

 城門を出てからは、馬を走らせた。

 振り落とされないように、僕はジャンの腰にしっかりとしがみつく。

 街を出る為の門にも、やっぱり見覚えのある兵士たちが立ってて、門を開けて僕達を街道に出してくれた。

 澄んだ空気を切り裂きながら。

 街道をひた走る。

 僕もジャンも無言で。

 目的地にまっしぐらに。

 まだ濡れた地面を馬が蹴る。

 泥も飛沫も気にせず。

 ただひらすら。

 真っ直ぐに。


 そして、たどり着いた。

 街道のすぐ脇に、つけられた目印。木の幹に、この国の紋章が掘り込まれている。

 僕と兵士が、去り際に残した、印。

 馬を止めて、ジャンが降りる。

 僕が降りる時は、手を貸してくれた。

 そして、街道の脇の森に入る。

 入って程なくの所に。


 エルザが眠っていた。


 何一つ変わる事なく。

 木陰で微睡むように。

 とても安らかな笑顔で。

 まるで、本当に眠ってるかのように──黒曜石の体である事を除けば──


「来てやったぞ……馬鹿者めが……」

 ジャンが、今日初めて口を開いた。

 毒づいて、エルザの向かいに膝をつく。

 僕は、その後ろに控えて立ち、二人の様子を、じっと、見ていた。

「本当に……馬鹿だな、お前は」

 口ではそう言いつつ、でも。

 口調は──とても、優しかった。

 愛しそうに、彼女の黒い左頬に手をあてる。

 雨の跡か、夜露か。

 彼女の頬を伝っていた雫を拭いながら、少しだけ擦って、止めた。

「こんな所で……──俺を独りにしやがって……」

 エルザは応えない。

 とても優しい笑みで、

 眠ってる。

「お前の誓いとやら、確かに見届けさせてもらった」

 ジャンも、優しい微笑を浮かべてる。

 本当なら、あの謁見の間で、あの時に、エルザに投げて欲しかった、笑み。

 ジャンも、あの時投げたかった、笑み。


 もう──すべては終わった事だけれど──


「お前は強いな。負けたよ──」

 そして、苦笑。

 ジャンは少し俯き、一瞬、言葉を詰まらせる。

 少しの間、沈黙。

「──お前が俺に誓ったように、俺もお前を誓ってやる。光栄に思え」

 ジャンが呟く。

 エルザの頬に手をあてたまま。

「俺は今までは、お前が生きるこの国を守りたかった。だが、今後は、お前が守ったこの国を守り抜く。必ず。

 お前がずっと、ここで、安らかに眠っていられるように」


 エルザの誓いは守られた。

 守る事によって、黒曜石になった。

 そして、ジャンは誓う。

 黒曜石になった彼女に向かって。

 二人の誓い。

 ──それはまるで、何よりも硬い硬い、黒曜の誓い。


 独りになった王様は、木陰で微睡む愛しい幼馴染の顔を両手で優しく包み込むと。


 愛しそうに、優しく優しく、口づけた。

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