青の奇跡
人生の走馬灯
『死ぬかと思った』
そんな思いをした事がある人ってどれぐらいいるんだろう。
ちなみに僕は、結構な頻繁である。
追い剥ぎに遭った時とか。
追い剥ぎに遭った時とか。
追い剥ぎに遭った時とか。
……思い返すと、追い剥ぎに遭う確率高くね?
まぁ僕は世界を放浪する旅人であるにも関わらず、チビでヒョロくてほぼ丸腰だ。
そりゃ治安の悪いエリアでは、大きな荷物を背負って異国の服を着た、如何にも旅行者然とした僕なんて格好の餌食だろう。
見たままの貧乏旅行者なんだけど、珍しいモノとか路銀をある程度まとまって持ってると思われているのかもしれない。
持ってないケドね。
なるべくそういったエリアには近づかないようにはしているけど、完全に避ける事はどうしても出来ない。
勿論僕は反撃する手段も根性もないので、出会っちゃった時には素直に有り金全部お渡しするけど、中には渡した上で暴力まで下さる方々もいらっしゃる。
ボッコボコにされた時は、正直本当にこのまま死ぬんだと思った。
ただ、僕は幸運の女神様にドS的に好かれているのか、命の危険に晒される事が多い割に、奇跡的に助かる事も多い。
ボッコボコにされた時は、通りかかったお医者様に介抱して貰えたし、今にも剣を振り下ろされそうな瞬間にはその国の騎士団長様に助けて貰った事もある。
だからもしかしたら、僕は無意識のうちに『自分は大丈夫だろう』と、何の根拠もなく思い込んでしまっていたのではなかろうか。
きっと、その無意識に驕った考えが、ドSの幸運の女神様のカンに触ってしまったんだ。
なんでそう思うのかって?
今まさに、命の危険を感じて、人生を走馬灯のように振り返っているからだよ!
人は、命の危険を感じた瞬間、時間の流れがとてもゆっくりに感じるとかなんとか。
僕は今まさにそれを実感している。
だってさ。
雪山のクレバスに落っこちてる最中だからだよ!
猛スピードで滑落してるのに、こんなにも沢山の事が考えられてるって事は、つまりそういう事だよね!
そう、きっと自分の慢心と驕りが招いた悲劇だったんだ。
そもそも、なんで僕がクレバスなんかがある雪山を登っていたかというと、ある噂を聞いたのが始まりだった。
とある地域では冬の終わりに、真っ白な雪原一面に真っ青な花が咲き乱れる場所があるとの事。
その景色は圧巻の一言で、地平線まで続く雪原一面が花で満たされ、それはそれは見事で美しいと聞いたのだ。
しかも、その景色が見られるのはたった三日間。
まさに奇跡だと。
そう、僕は奇跡を目の当たりにしたかった。
そんな僕の希望が、ドS的な幸福の女神様のカンに触ってしまったのかな……
奇跡なんて存在を目の当たりにするのはお前にはまだ早いとかなんとか。
すみません、調子こいて奇跡を見たいとか思ってごめんなさい。
調子こいたつもりはないけど。
その地域は、凍てつく広大な土地に点々と自立した村が存在する共同国家だった。
比較的住みやすい山の麓や谷間などに、昔からの独自の文化を引き継いだ小規模の村が点在する。
僕が訪れたのはその中の一つ。
天を穿つ切り立った山々を北側の壁として冷たく厳しい風と雪を遮り、その裾野に広がる広大な土地で、穀物と動物を育てて暮らす村だった。
僕が訪れたのは、もうそろそろ長い冬が終わるであろう時期だ。まだまだ一面銀世界だけれど、北風も緩み始めて植物の芽が大きくなり始める筈の頃合いで、例の真っ青な花の絶景を拝むには丁度いい筈だった。
到着した村の人に聞いてみても、時期的にそろそろ春になるはず、との事だったし。
青い花の事は村の人も知っていて、春の訪れを告げる指針となっていた。
ならば長期滞在する必要はないと思い、短い間だけ納屋の片隅を借りて雨風(ここの場合は雪風)を凌がせてもらって、装備と食料を整えてすぐに出発した。
絶景ポイントまでは、村から行くと一つ山を越える必要がある。
しかし、山越えといっても越えなければならない山自体はそれほど高くも険しくもなく、杖とカンジキと強靭な足腰、そして折れない心さえあれば越えることも可能だと、納屋を貸してくれた若い兄ちゃんが教えてくれた。
折れない心はどうかわからないけど、足腰には自信があった。
もうそろそろ冬も終わる筈、という時期もあり、真冬ほど気温も天候も厳しくない。
なので、若い兄ちゃんに簡易テントや寝袋、そしてカンジキと防寒着などの雪山装備を借りて、多めの食料を背負って単身絶景ポイントを目指すことにした。
運良く、納屋を貸してくれた若い兄ちゃんが道案内人を仕事にしていたから、大体の道程を教えてはもらえたんだけど……直接の案内は頼まなかった。
お金なかったから……
食料と借りられなかった装備を整えたら、道案内人を頼めるほどの余裕がなくなっちゃったんだよね。
きっと大丈夫、ここ一番の運はあるから!
と、なんの根拠もなく勇んで、案内人の力も借りず奇跡の三日間を引き当てるつもりだった。
まさか、クレバスを引き当てるとは思わなかったけど……
道を教えてくれた若い兄ちゃんは、てっきり自分が案内すると思っていたのだろう。クレバスの場所までは、僕に伝えてはいなかった。
僕もまさか、登るのに苦労しない筈の山にクレバスがあるとは思わなかったよ……
──ここまでの経緯を思い出し終わっても、まだクレバス内の滑落は続いてる。
ほら、すんごい長く考えていられる!
つまりは、これが命の危険を感じた時にゆっくりと時間が流れるっていう、その現象だよね?
本当に長く感じられるもんなんだね。
瞬きの時間も心なしかゆっくりに感じる。
今度は昔行った国や出会った人たちの事が頭に浮かんできた。
その中には、思い出すと胸がギュッて押しつぶされたみたいになる人の顔も。
辛過ぎて、最初は思い出すたびに泣いてしまうぐらいの思い出。
理不尽を許容できるぐらいの時間が過ぎてやっと、人に話せるようになった思い出。
そうか。
もしかしたら、これであの時別れた彼や彼女らに会えるかもしれない。
それはそれで、別に悪い事じゃないかも。
あの人たちにまた会えるなら。
むしろ、会えるなら会いたい。
そして
また笑顔で僕の名前を呼んで欲しい。
そう思ったその瞬間、誰かの笑顔が浮かんだ気がして──
硬く冷たい氷の地面に身体が叩きつけられ、僕の意識は吹き飛んだ。
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