村の現状

 翌日。

 僕は改めて青い花の群生地を目指す為に、食料などの買い出しに来た。

 ついでに──というか、むしろこっちがメインなんだけど──セシーリアたちに何かお土産になるものはないかと思って。


 マティアスと二人で村のお店に来ると、僕の顔を見て、お店のおっちゃんが『ああ!』と驚く。

「旅人さん! アンタ無事だったんか!」

 僕が、最初にこの村を旅立つ時にこのお店に来たのを、覚えていてくれたようだ。

「あ、ハイ。実は──」

「いやあ、この旅人さん、まだ花は咲きそうにないって気づいて、途中で隣村へ行く事にしたらしいんだよ!」

 僕が素直を答えようとしたところを、マティアスが横から入ってきて捲し立てた。

 しかも、嘘を伝える。

 僕が驚いてマティアスの顔を見上げると、マティアスが目配せしてきた。

 話を合わせろ、という事か。

「そ……そうなんですよ。もうそろそろ咲くだろうと思って、こっちの村に戻ってきたんダす」

 ……最後噛んでしまった。焦ったから……

 おっちゃんが、少し閑散とした店の棚を整理しつつ、がははと笑う。

「そうかそうか、そりゃ正解だったな!

 俺たちゃてっきり、氷の魔女に喰われちまったんじゃないかって話してたんだよ!」

「氷の魔女?」

 そうさ、氷の魔女さ! と豪快に言って、おっちゃんは僕へと向き直った。

 その瞬間、マティアスが小さく舌打ちしたが、おっちゃんは気付かずそのまま話を続ける。

「北壁の山の近くに、氷の魔女が住み着いてんだよ。不気味な魔女でさ、怪しい魔法を使って災いを起こす厄介なヤツなのさ」

 僕を脅かそうと、おっちゃんは声を落としておどろおどろしくそう言う。

 ……北壁の山の近くに住む?

 氷の魔女?

 それってもしかして……

「その魔女ってどんな人なんですか?」

 僕は疑問を解消する為に尋ねる。

 すると、おっちゃんは僕が話に食いついてきた事に気を良くして、それはな! と、大きく胸を張った。

「そりゃ、氷を操る魔女だよ!」

 だからそれはどんなだよ……呆れた気持ちを隠しつつ、僕は重ねて聞いてみた。

「ちなみに、どんな災いを起こすんですか?」

 すると、おっちゃんははビックリした顔をする。まるで、僕が変な質問をしたかのような顔だ。

「そりゃオメェ、この冬が終わらないのは魔女のせいだよ。魔女の野郎が北の寒気を招き寄せて、冬を終わらせないようにしてるんだと!」

 それは、僕が彼女から聞いた話とまるで真逆の内容だった。

 彼女はむしろ、この村が寒波にやられないように防いでいたと言っていた。

 そして、寒波を起こしていた魔術を壊した、と。

 確かに、村の人たちにはそんな事は知る由もないか……

「そんな事を……大変ですね」

 僕が話を切り上げようとした時に、奥から出てきたおばちゃんが、おっちゃんの言葉を受けて更に言い募ってきた。

「それだけじゃないんだよ!」

 興奮した様子で僕へと詰め寄ってくる。

「ここ数年畑の実りも細くなってきてるのも、その魔女のせいなんだよ!」

 畑の実り?

「そうそう、鳥も卵を産まなくなってきたし、牛の乳の出も悪いし」

 おっちゃんが腕組みしながら、おばちゃんの言葉に続ける。

 鳥の卵?

 牛の乳?

 それらってホントに関係してる?

 僕が疑惑の顔をして見ている事に、二人は全く気づかないようだ。

 マティアスは、その二人を苦々しく見つめている。

 すると、店の軒先から顔をのぞかせていたお婆ちゃんが、二人の言葉にそうだそうだと乗ってきた。

 えー……まだ続くの? この話……

「魔女のおかげてこっちは散々だよ。爺さんがこの間死んだのも、きっと魔女の呪いさね」

 お婆ちゃんは、憎々しげにそう吐き捨てた。

 いやいや、ちょっと待ってよ。

 それってただの寿命じゃない? その爺さんいくつか知らないけどさ。

 三人は、口々に不満を吐き出す。

 そのどれもが全て、氷の魔女のせいだとして。


 聞いているうちに、段々と怒りが湧いてきた。

 なんでこんなに言われなきゃならないの?

 氷の魔女って、きっとセシーリアの事でしょ?

 彼女がそんな事するワケないのに。

 ってか、爺さん呪い殺してセシーリアにどんな得があるってのさ。村に近づく事もないのに。

 マティアスが、そっと僕の腕を引いた。

 気づいてそちらを見ると、マティアスが口に人差し指を添えて手招きする。

 おっちゃんとおばちゃん、お婆ちゃんの三人は、お互いの話にヒートアップしてて、僕たちの事には気づいていないようだった。

 その隙に、僕とマティアスはそっとその場を離れた。


「なんなのもう! なんもかも魔女とかのせいにして! 鳥に卵産ませにくくする呪いって何さ!」

 僕がプリプリしながら歩いていると、マティアスが苦笑いしながら僕の肩に手を置いた。

「冬が終わらなくて、みんなイライラしてるのさ」

 仕方ないよ、とマティアスは僕を宥めようとしてくれるけど……僕は気づいてた。マティアスが舌打ちしてたのを。

「あれって、セシーリアの事でしょ?」

 僕がそう聞くと、マティアスはそうだな、と短く告げる。

 ……一番怒っているのは、マティアスなのかもしれない。

 僕は喉まで上がってきた不満を飲み込んで押し黙る。

 しかし、本当に酷かった。

 冬を終わらせない云々は、まぁ知らないならそう思っても仕方ない事だとは思うけど、それ以外の事は完全にこじつけだった。

 牛の乳の出が悪くなる事と、セシーリアになんの因果があるってーのか。

 あるか! そんなもん!

「……セシーリアがこの村とあまり交流を持たなくなってから随分時間が経ってるから……噂だけが一人歩きしてる状態なんだよ」

 マティアスは、手を握り締めながら言う。

「昔の村人たちが畏怖の念を込めて彼女の事を伝えてきたのが、恐怖だけが残って、村人たちの捌け口になってるんだ。

 そこに来てのこの冬の長さ。みんな、誰かのせいにしたいんだよ」

 ここにいない人のせいにすれば、それを否定する人がいない限り、それが事実となって残るって事か。

 それが人の心理だとしても……あれはあまりに酷かった。

 セシーリア本人を知っているだけに。


 なんとか、村人の誤解を解く事は出来ないのか──僕は、マティアスの家に戻りながら、そんな事を考えていた。

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