謁見 ~王様と宮廷騎士団長~

 初めてこの王宮に来た時のように、エルザは謁見の間の中央で片膝をつき、頭を垂れている。

 僕も、同じように頭を下げている。

 でも、今日はなかなか『顔を上げろ』と言われなかった。

 しばらくそうしていると、小さなため息みたいなものが聞こえた。

 たぶんジャンだ。

「顔を上げろ」

 やっと許しが出て、僕とエルザは同時に顔を上げる。

 玉座に座るジャンは、優雅に足を組み、肘かけに肘をついていた。

 ため息が聞こえたけど、ジャンの顔はいたって冷静。

 さっきのは、ジャンじゃなかったのかな?

 何も言わない王に向かって、エルザは硬い声で告げる。

「これより、目撃情報のあった石化樹撃退もしくは討伐の為、宮廷騎士団十五名を率い、サリア街道を西へ向かいます」

「わかった」

 返事したジャンの声には、何の感情も篭ってないような感じだった。

 事務手続きを、淡々とこなすような……

 なぜだろう?

 なんで、こんな……殺伐とした雰囲気なの?

 何かおかしくない?

 だって、エルザはジャンの、幼馴染や姉弟のようなもんでしょ?

 これが、幼馴染に対する、もしかしたら最後になるかもしれない、お別れなの?

 それでも、ジャンからの言葉は何もない。

 エルザも何も求めようとしていない。

 少しだけ、沈黙が続く。

 エルザが、その場を辞そうとしようとした時、僕はたまらず口を開いた。

「王は……それでも構わないのでしょうか?」

「何がだ」

 王の──ジャンの声音が鋭い。

 二人きりで話をしていた時のそれとは全然違う声。

 思わず恐縮しそうになるが、服の裾を握り締めて我慢する。

「エルザは、これから石化樹の所に行くんですよ? おっきな石化樹を相手にしたら……無事じゃ済まないかもしれないんですよ?」

 王様に対しての物言いとしたら、物凄く無礼なものだというのは、自分でも判ってた。

 ジャンの近くにいる補佐官や、柱の近くに控える兵士たちがざわめく。

 しかし、当のジャンは何のリアクションもない。

 玉座で微動だにしない。

 顔色すら、変わらない。

「解かっている」

 速攻で無感情な返事が返ってくる。

 解かってるんなら!

 なんで何も言わないのッ?

「本当に……いいんですか? このまま──エルザが行ってしまっても……」

「アル……」

 エルザが僕を止めようとする。

 が、僕はやめない。

 やめたくない。

 だって、だって……

 僕が、『寂しいですか?』って聞いた時の、あの時のジャンの顔は──

「エルザ以外に、誰か適任がいるか?」

 ジャンから放たれた言葉は、僕が期待したような優しい言葉じゃなかった。

 エルザ以外の適任……石化樹を討伐するのに、石化されない人間以外の者が?

 いるわけない。

 いるわけないんだけど……

 魔力を吸収すると、段々とエルザが体が蝕まれていく事を……

 ジャンは知らないんじゃないのかな?

 ……言いたい……

 ……限度が過ぎると死ぬかもしれないんだよって。

「そうじゃ……なくて……」

 でも言えない……

 エルザが言うなって……

 僕が言いたいのは、

 聞きたいのは、

 そういう事じゃなくて……

「石化樹に石化されない人間が、国を守る宮廷騎士団に在籍している。その人間を討伐に向かわせる事に、何か疑問があるのか?」

「あ……ありません……」

 ──もう、何も、いうべき言葉が見つからなかった。

 僕は、凄く、泣きそうになった。

 ……本当なら、泣きたいのは僕じゃない筈なのに。

 ジャンの顔が見れなくなって、僕は再び頭を下げた。

 唇を噛み締めて、零れそうになる涙を堪える。

 僕が、泣くべきじゃない。

「それでは、僕がエルザに同行する事をお許しください」

 悔しくて。

 エルザが、ヘタしたら死んじゃうかもしれないのに、誰も別れを惜しもうとしない事が、悔しくて悔しくて。

 本当は、僕がエルザを止めたかった。

 でも、僕が言うべきじゃないと思って言わなかった。

 言えなかった。

 ジャンが──止めてくれると思ってた。

 甘かった。

 だって、ジャンはこの国の王様で、

 この国を第一に考えて、

 この国を守らなきゃいけない。

 なら、一番の安全策を取るに決まってるじゃないか。

 決まってるじゃないか……

 だったら、だったらせめて。

 僕が、どうなるか全てを見届けたい。

「アル……」

 僕が何を期待してあんな事を言ったのか、そして今になってなんでついて行きたいと言ったのか悟ったのか、エルザは僕の顔を見つめる。

 そして、ジャンの方に向き直り、ジャンの次の言葉を待った。

「許す。ただし、終わったら、一度城に戻れ。いいな」

 僕には、『戻れ』と言ってくれるんだ。

 ……エルザには言わないのに。

 本当に、悔しくて仕方なかった。

「それでは、御前を失礼致します」

 エルザは、深々と頭を下げると、すぐに立ち上がって踵を返す。

 僕も、すぐに立ち上がってエルザの後ろについていった。


 ジャンの顔は、見る事はできなかった。

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