信頼を得るには ~YESマン万歳~

 村に着いた頃には、随分と夜も更けてしまっていた。

 エルザが連れてきてくれた村は、国境から一番近い事もあり、時々国外の人たちが来るのだろう。

 村よりちょっと大きい、町よりちょっと小さい、といった感じの規模だった。

 それほど大きくないのは、僕が今来た道が、主要街道ではなかったからだろう。

 なんで貧弱な僕が主要街道を使わなかったかって?

 ふ。それは単純さ。

 道、間違えたから☆

 地図を見間違えたんだョ……

 神様の悪質な悪戯だよッ!

 ストーリーテラーは問題にぶち当たらないといけないという絶対運命(以下略)


 国境近くの村だから、たぶん宿屋ぐらいはあるだろうけど、この時間だから、入れてもらえるかは微妙だった。

 野宿でも構わないんだけどね。慣れてるし。

「そうだな。部屋が空いているか聞いてみよう。ここの宿屋は、酒場も兼ねているから、この時間でもおそらく開いているはずだ」

 そう言い、エルザが村の中心の方に歩き出した。

 夜の帳がおりたその村は、深夜という時間ではないにも関わらず、出歩いている人はほとんどいなかった。

 もっと栄えた町ならまだしも、この村には盛り場なんてそんなに沢山はなさそうだし。

 農家が多そうだから、むしろ夜は早いんじゃないかな?

 今は刈り入れ時期じゃないけど、農家って生き物が相手だから、毎日気が抜けないだろうし。

 道に面した家の窓からは明かりが漏れ、中での話し声が聞こえた。声を潜めた感じはなく、明るい笑い声とかも聞こえる。

 結構、平和そうな村だ。

 確かに、この国に関するキナ臭い話は聞かなかったし(聞いてたら絶対来ない。怖いもん)、飢饉等にもあってる様子はない。

 よかった。平和一番!

 気づくとエルザは、軒先が大きく道にせり出した、二階建ての家の前に立っていた。

 軒下には、粗末なテーブルと椅子が何脚か置いてあり、何人かの男がデッカイ笑い声をあげながら、麦酒をあおってる。

 普通のおっちゃんたちだ。

 日ごろの仕事の疲れを、お酒で癒しまくってる感じだった。

 こういう所の宿って、たぶんそんなに高級じゃない筈だ。狭い部屋に申し訳程度のテーブルとベッドがある感じの──


 あッッッッッ!


「エルザ! ちょッ……ちょっと待ってください!」

 僕は、店の中に入ろうとするエルザを、慌てて止める。

 それは何故かって?

 ふ。それは当たり前さ。

 いま僕、お金持ってないからね☆

 さっきの盗賊が、逃げる時にしっかりと、僕の小袋と財布を握り締めてた!

 そん時は助かった安心感で、すっかり忘れてたけど!

「エルザ……僕、盗賊に有り金全部持ってかれちゃいました……」

 不思議そうな顔をして戻ってきたエルザに、申し訳なさそうにそう告げると、エルザも『あ!』といった顔をする。

「しまったな……取り戻すのをすっかり忘れていたよ。ごめん……」

 そう言い、エルザは僕よりも更に申し訳なさそうな顔になった。

「いやいやいや! エルザは全然悪くないです! 僕の命を助けてくれたワケだし」

 僕が慌ててぷるぷると手を振ると、エルザは少し横を向き、う~んと唸りだす。

 そして、僕を頭の先からつま先までをマジマジと見て、僕の顔に視線を戻した。

「弱そうだし、大丈夫か」

 何が?

「ひょろいし」

 あ、僕が?

 エルザは、ひとしきり僕を見て独り言を呟いたあと、突然、がしっと僕の両肩を掴んだ。

 満面の笑みで。

 ……なんだか、その笑顔が不自然なんですけど……

 そんな怖い笑顔のエルザが、きっぱりと告げた。

「荷物全部見せてみろ」

「はい?」

「にもつ、ぜんぶ、みせてみろ」

 いや……滑舌良く言い直して欲しかったのではなくて……

「な……なぜに?」

 僕が、(本気で)その言葉の意味が判らなくて、困った顔をしていると、エルザは僕の肩に置いていた手に力を込めて、あっはっはっはっと笑った。

 肩が!

 肩がッ!

 ミシミシいってるッ!

 折れるを通り越して砕けるッッッ!

「いや、何。アタシと同じ宿に泊めようかと思ってね。ただ、立場上、暗殺やら何やらの心配があるからさ。一応、調べてからにしようかと思ってね」

 エルザは笑っているけど──

 目はマジだった。

 怖いぐらいの。

 あ、そうか。

 宮廷騎士団長という立場だから、僕が暗殺者でわざとそうしているのではないかと怪しんでいたんだ。

 弱そうで良い人を装って、要人に近づいて暗殺──なんて、常套手段なんだろうな。

 怪しまれるのも仕方ないかも。

 一人旅なのに武器も持たず、弱そうな容姿(つか、事実最弱なんだけど)で夜中に道を歩いてるなんて、おかしいもんね。

 普通しないよね。

 あっはっはっ!

 自分で言ってて悲しくなるんですけど……

「荷物見せるのは全然構わないんですが……泊めていただくワケにはいきませんよ~。助けていただいた上に、泊まるなんて、図々しい事はできません!

 しかも、お礼する事すらできません!」

 なんせ、僕はこれといった能がないからね!

 自分で言ってて益々悲しくなるんですけど……

 僕は、エルザの心配をとりあえず払拭する為、宿屋から少し離れた道の端に行き、リュックを下ろした。

 荷物を紐解いて、地面に並べ始める。

 エルザは、馬を連れて僕の方に近寄って来ると、ある一定の距離を置いて、僕の事を冷静な目で見下ろしていた。馬の手綱から手を離し、腕を自然に下にたらす。

 いつでも、抜き打ちできる体勢だ。

 さっきの、悪魔の形相ではないにしろ、その顔は、確かに騎士団長を名乗る者のそれだった。

 変な情のない、僕の正体を見抜こうとする、冷静な目。

 少しでも変な動きを見せたら、バッサリといかれそうな雰囲気だった。

 ──さっきの盗賊の比じゃない程の。

 すべてを並べ終わり、次に僕は上着を脱ぎ捨てた。

 ばさりと。

 躊躇もなく。

 さすがに全部は脱げないけど、靴も脱いで、足紐を解いて軽くジャンプ。何かを服の下に仕込んでいれば、音が鳴るはずだし、服の動きもおかしくなる。

 でも、鳴ったのは、足首にしてるアンクレットだけ。

 僕は最後にくるりとその場でターンすると、正面に戻ってエルザの顔を真っ直ぐに見た。

 エルザは、なんの表情の変化も見せず、僕の顔を一瞥。

 ゆっくりと近づき、右手で僕の体をまさぐった。

 服の下に何か隠していないかどうかを調べているんだ。

 最後に、僕の髪の毛をくしゃくしゃと撫でた。

 ひとしきり、僕自身を調べたエルザは、次に、地面に並べられた荷物に視線を落とす。

 一つ一つ手に取ってをじっくりと見て、見知らぬものを僕の前に差し出す。

「この、緑の袋は?」

「火打石が入ってます」

 中身を、と言われる前に、袋の中身を出す。

「その小さなツボの中身は?」

「傷薬です。化膿止めの」

 毒、と思われる前に、ツボの蓋をあけて、指につけて一舐め。

 苦ッ!

 にがッ!

 当たり前だけどね!

 良薬口に苦し!

 これ塗り薬だけど☆

「この包みは?」

「替えの下着です」

 何か挟んでいるかと思われる前に、紐を解いて、包みの中を全て広げる。


 そんなやり取りを、しばらく続けた。


 通りかかった酔いどれのおっちゃんが、びっくりして二度見するのが見えた。

 ただ事じゃない雰囲気を感じ取ったのか、すっかり酔いのさめた顔になり、関わらないようにと、そそくさとその場を後にする。

 アヤシイ現場を、思いっきり目撃されてしまった……

 ちょっと恥ずかしい……

 でも負けない!

 なんでここまでするかって?

 YSEマンですから!

 従順万歳ッ!

 っていうか、人の信用を得るには、これぐらいしないとね。

 命の恩人だし。

「んで、この袋が携帯食料入れです。乾燥芋と──」

「もういいよ。ありがとう」

 別の小袋に手を伸ばそうとしたら、その手をやんわりとつかまれた。

 びっくりして見上げると、エルザが、僕の向かいに膝を折っていた。

「失礼な事をして申し訳ない」

 手を離し、エルザは腰の剣を鞘ごとはずして、僕とエルザの間に置いた。

 そして、恭しく頭を下げる。

「アルベルト殿。あなたの事を信用致しました。──この剣にかけて」

 頭を上げると、真っ直ぐに僕を見た。

 その緑の瞳で。

 真摯な瞳で。

「そして、どうか。無礼な真似をした私の願いを聞き届け、私の家にお越しください。

 あなたを客人としてお招きしたい。

 そして、もしよろしければ、旅の話をお聞かせください」

 こんな僕に、エルザは物凄く丁寧な言葉遣いと声と、柔らかな笑顔を向けてくれた。


 そんなエルザの願いを、無下にすることもできず、僕は、エルザの家にお呼ばれする事となった。

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