王宮にて① ~王様との出会い~

「そんな事より──気になる事があるんだ」

 夜の帳がおりて、家々に灯った明かりを見ながら、エルザは背中越しに呟いた。

 ここは、エルザの執務室。

 街の一番高いところにある、白い壁が眩しかった、あの城の一室。

 部屋に入って正面に、大きな窓がある。エルザは今、そこから街を見下ろしていた。

 窓を背にする形で、仕事用の大きな机が鎮座している。上には、付箋が挟みまくられた書類が、絶妙なバランスを保ちながら山になってた。

 休みの間に溜まった仕事らしい。

 僕は、部屋の右隅にある、応接用の白いソファに腰をおろし、出されたお茶をすすりながら、エルザの背中を見ていた。

 さっき、城下警護隊長だという、髭と白髪(若干ハゲ)の顔の濃いオッサンが来て、さっきの事件の詳細について報告して行った。

 僕にはさっぱりわからない小難しい言葉だったので、僕はぽけーっと、それが終わるのをただ待ってるだけだった。


「気になる事って、何ですか?」

 まったく『気になる事』の予測もつかず、僕は軽く聞いてみる。

 すると、エルザは振り返り、少し真剣な顔をして僕の顔を真っ直ぐ見つめた。

「いくら石化樹と共存している国だからといって、あんな街のど真ん中に、石化樹の幼樹が現れる事なんてない。もちろん、魔物の売買や街内部への持込みは禁止されているし。それに、この国に住んでて、好き好んで石化樹を売買しようなんて考えるヤツは、あまりいない。命がいくらあっても足りないよ。いくら、種や幼樹といえどね。

 まあ、皆無とは言わない。珍しい生き物だし……しかし、ただ売買するだけなら、わざわざ街の中にまで持ち込む必要はない。というかむしろ、街には警護隊もいるし検問もあって、見つかる危険の方が高い。

 ……しかし、事実持ち込んだ人間がいる。さっきの事件は──」

 こんこん

 ドアがノックされた。

 エルザは話を切って『どうぞ』と扉の向こうの人間に応える。

 ドアが開くと、その向こうには、上質な蒼いローブを着た中年の女官が立っていた。

「エルザ様。王がお呼びです。お客様とご一緒に、謁見の間までお越しください」

 それだけを告げると、女官は恭しく頭を下げ、扉を閉めて行ってしまった。

 ──ん?

 今『お客様とご一緒に』って言わなかった?

「はぁ……この大変な時に……」

 エルザは、これ見よがしに大きなため息をついた。

 そして、執務室の左側にある扉の奥へとスタスタと入る。

 なんだろうと思っているうちに、そこいらの男なんぞ足元の影にも及ばないぐらい格好よくなって出てきた。

 騎士団の正装だ。

 似合いすぎッ!

「行くぞ」

 どこへ?

「ほら。王が呼んでる。──昼間、調査の報告のついでに、アイツにアルの話をしたんだ。そしたら、エライ興味を持ってね。……まさか呼びつけるとは思わなかったけど。城にいると聞いて、会いたくなったんじゃないかな」

 誰に?

「まあ、旅人だし、正装もへったくれもないし──もともと、アイツも、格好うんぬんは気にするヤツじゃないから、そのままでも大丈夫だよ。さあ、行こう」

 僕ですかッ!

 王に会いにッ?

 無理ッす!

 無礼討ちにされちゃう!

 あまりの事に声が出ず、ぶんぶんと首を横に振りまくる僕の襟首をむんずと掴み、エルザはそのまま、問答無用で僕を謁見の間の前まで引きずって行ってしまった。

 今日はなんだか、誰かに引きずられる事が多い日だ……ぐすん……


 謁見の間の目の前まで引きずり出されて、もう僕は観念するしかなかった。

 どうしよう……会っていきなり『いけ好かない』とか言われて、叩き斬られない?

 覚悟はできてない。

 できるはずもない。

 だって王様って人に会った事ない!

「宮廷騎士団長エルザ、客人を連れ参上仕りました。失礼致します」

 そんな僕に構わず、エルザはドアをノックすると、『入れ』の声を聞いて、重々しいドアを押し開いた。

 扉の向こうには、今まで僕が絵本の中でしか見たことないような、まさに『謁見の間』が広がっていた。

 玉座まで一直線に敷かれた赤い絨毯。

 扉の横にすまし顔で立つ少年たち。

 石の柱が行儀よく並行に並び、その脇には転々と兵士が立っている。

 奥の方には、『補佐官』っぽい初老の男が数人立っていて、僕の顔を凝視していた。


 そして、謁見の間の奥の壁際の中央の玉座に、この国の中心となる人物が座っていた。


 精悍な顔に若干の幼さを残した、金髪の青年。

 瞳はエルザと同じ緑をしている。

 少しキツめの目元はちょっと涼やか。

 唇に、薄く笑みを浮かべて、僕を頭の先から足元まで、まるで面白いものを見ているかのような顔で観察していた。

 この表情、確か──エルザが助けてくれた時の表情に似てる。

 王族って、やっぱり顔かたちが優れてるもんなのかな?

 この人かなり整ってるなぁ。

 でもなんか、僕がイメージしていた王様と、かなり違った。

 髪は確かに金髪なんだけど、結構髪質は硬そう。

 短くカットした髪を、なでつける事もせず、自然に流している。(僕の勝手なイメージで、王族は長髪なんだと思ってた)

 そして、その服装。

 かなりラフ。

 黒の上質で柔らかそうな上着だけど、結構胸がはだけてる(なんのサービスですか?)

 下も特にこれといって派手なものでもないし。

 王冠つけてるわけでもないし。

 マントも羽織ってない。

 優雅な物腰で足を組み、ゆったり手を組んで膝に置いているだけで、それ以外は王様っぽくなかった。

 エルザが、部屋の真ん中まで歩いて行って、片膝をついて恭しく頭を下げた。

 僕は、こういう所でどういう風に振舞えばいいのか判らないので、エルザの横に両膝をついて、三つ指ついて同じように頭を下げた。

 俗に言う土下座。

「ご苦労だったな、エルザ。客人、顔を上げて構わん」

 言われたとおり、顔を上げた。

 本当なら、直接顔を見ちゃいけないとかなんとか聞いた事あるようなないような、もう、頭が混乱してワケ判らないよ!

「名前は?」

「あ……アルベルトと申します……アルとお呼びください」

 なんならポチでも構いません。

「そうか。ではアル。お前の話をエルザから聞いた。諸国を旅してまわっているそうだな。俺はご覧の通り、この国からほとんど動けない身でな。お前が見てきた様々な国の話を聞かせてくれ」

 ──はい?

「僕の……話ですか?」

 高貴な人って、下賤の輩と会話するのも嫌がるって話を聞いた事あるんだけど……この人は違うのかな?

「そうだ。短い話で構わん。長くても構わん。面白い話を聞かせてくれ」

 王様は、にっこりと気さくに笑った。

 笑うと八重歯が見えて、なんだか物凄く幼い顔に見える。

 でも、そんな事急に言われても、頭真っ白。

 どうしたらいいか分からなくて、思わず横のエルザの顔を見てしまった。

 エルザも僕の顔を見ていた。

 ちょっとだけ、苦笑してた。

「私に聞かせてくれていた話でもいいよ。あれ面白かったから」

 小声で、僕にそうアドバイスしてくれる。

 ええい!

 どうにでもなれ!

「そうですね。では、話をさせていただきます。ちょっとだけ長い話になりますんで、少しだけ、少しだけ足を崩しても構いませんか?」

「ああ、好きなように座れ。椅子はいるか?」

「大丈夫です!」

 僕は、その場に胡坐をかいた。

 王の側にひかえていた補佐官っぽいオジサンたちが、ちょっとだけざわめいたけど、王様が軽く腕を振ると静かになった。

 エルザが、なんだか笑いをかみ殺してる。

「では、聞いてください。しばらく前に行った、砂漠の国のお話です」


 ──そして、僕は、来る時にエルザに語ったお話を、今度は王様に語り始めた。

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