彼の事情① ~仕事と彼女の合間に~
お泊りだけで済めば、楽だったのかもしれない。
王様が飽きるまで、謁見の間で旅の話をして、飽きられたらポイッって捨てられて。
そして何事もなかったように、次の国へと流れて行く──
そうなるかと思っていたのにッ!
僕は、王様の私室にお呼ばれされていた。
なぜにッ?
なんで僕が王様の私室にお邪魔してるのッ?
これは何の悪夢?
最初の謁見の後。
慣れない、豪華でふかふかフヨフヨベッドで眠れぬ夜を過ごし、鳥がピヨピヨ鳴き始めた頃にやっと眠りにつけたと思ったら叩き起こされ、無理矢理お風呂に突っ込まれたと思ったら、朝から超絶ゴキゲンな王様となぜか朝食を共にさせられ、緊張のあまり豪勢なご飯も喉を通らず、とりあえず他の国の食べ物についてを王様に語って聞かせ、もしまたこの国に立ち寄る事があったら他の国の珍しいものを持参する事を約束させられ、ご飯が終わってやっと解放されると思ったら──
今、王様の私室にお呼ばれされ、執務をこなす王様を眺めされられている。
エルザの『気に入ったんだよ』という言葉を、まざまざと痛感しているところ。
本当に、なぜか、理由は判らないけど、どうしてか、気に入られて、私室に呼ばれてしまった。
しかも、なぜか人払いされているんだ。
もしかして僕、襲われるのかしら?
「緊張せずとも良い。楽にしていろ。あとで、気分転換に話をきかせてくれ」
豪奢なドデカイ机にかじりつき、バリバリ書類に向き合う王様が、僕の方を見ずにそう言う。
そう言われても緊張する。
無理。
無理なんです!
部屋は、私室兼執務室になっているみたい。仕事を行う為の机の他に、ティータイムを楽しむ為の、背の低いテーブルとソファが置いてある。
僕は今、そのフカフカふよふよのソファに身をズブズブと埋めて、出されたお茶をすすっていた。
本当なら、どこの馬のアバラ骨とも知らぬ旅人の小汚い僕を、王様の私室兼執務室に置くなんて、言語道断な事のはず。
なのに僕はここに居る。
しかも、人払いまでされて。
なぜか『邪魔をするな』と王様は、補佐官たちを黙らせた。
多分、何か大きな物音がすれば、聞こえるだろう場所には、兵士とかが控えているんだろうけど、少なくともこの部屋には、王様と僕の二人だけ。
なぜだろう?
おかしくない? この状況。
何か変だよね?
なんでだろう?
腑に落ちない難しい顔を、僕がしていたのだろう。
王様が、いつの間にか手を止めて、僕の顔をじっと見ていた。
なんでしょう!
何か気に食わなかったですかッ?
手討ちにされますかッ?
「緊張するなと言っているのに。エルザが信用したんだろう? だから俺も信用しているんだ。お前の話が楽しかった。だからまた聞きたかった」
軽く、苦笑。
そして、また仕事に戻る。
──あれ?
今、なんか、言葉がとてもフランクだった気がする。
なんだろう?
何か、今、不思議な感じがした。
とても身近な感じ。
「あの……」
思わず声をかけてしまった。
王様は、僕の方は見ずに『どうした?』と返事をする。
ええい!
声かけちゃったし!
このまま聞いちゃえ!
「王様は、エルザとは……姉弟みたいに育ったと聞いたんですが……」
王様は、ピタリとその手を止めた。
まずい!
変な事聞いちゃったのかなッ?
斬首ッ?
絞首刑ッ?
火あぶりッ?
「そうだ。あいつは俺の乳母の娘でな。一緒に育った。エルザから聞いているのか?」
王様の口元が、少しだけ綻んだ。
なんだか、嬉しそう。
「はい。王様が──」
「おい、その『王様』というの、やめろ。ジャンでいい」
──え?
「ジャン、だ。呼んでみろ」
──はい?
「いいから。呼べ」
「ジャン」
少しだけ、王様の声が凄みを帯びたので、思わず条件反射。
ええ、犬です。
忠犬です。
「よし。エルザ以外の、他の人間がいない場所では、そう呼べ」
王様は満足そうな笑顔になり、また、しゃかしゃか手を動かし始めた。
なんだか、本当に凄い事になってる。
なんで、こんなに気に入られたんだろう……?
思い当たる節なんて全然まったくこれっぽっちも、小指の爪の先程も思い当たらない。
再び、やる事もなく、僕がお茶をすすり始めた時。
「そういえばお前、エルザに『荷物見せてみろ』と言われて、服まで脱いだんだって?」
王様──ジャンにいきなり聞かれた。
ジャンは、くっくっくっと、肩で笑ってる。
「あッ、いやッ、だって……人に信用されるには、それぐらいしなきゃと思いまして……」
お茶を噴出しそうになって、カップを慌てて口から遠ざける。
エルザ……そんな事まで話してたのか……
僕の話はしたって言ってたけど……まさかそんな事まで……
「エルザが、あまりに面白そうに喋るんで、どんなヤツかと思って、会ってみたくなったんだ。そしたら、本当に面白いヤツだった。
気が弱いのかと思ってたら、いきなり胡坐をかいて語りだす。そのうち身振り手振りを交えながら、熱く語る。補佐官たちの目が白黒してた。もうおかしくて……。
お前みたいなヤツには、初めて会った」
ジャンは、そのうちまた仕事の手を止めて、それどころか、お腹を押さえて笑い始めた。
「き……気に入っていただき……光栄でござりまする……」
僕が憮然としてそう言うと、ジャンは急に立ち上がって、僕の所へスタスタと近づく。
あ!
すみませんスミマセンごめんなさい!
憮然となんかしてませんッ!
「ああ、気に入った。さて。仕事も飽きた。話をしてくれ」
ジャンは、まったく気にも留めてない様子で、僕の向かいのソファに座る。
自分でポットからお茶を注ぐと(王様って自分でこんな事するの?)、優雅に足を組んだ。
はあ……なんか、緊張してるのが馬鹿らしくなってきた。
どうにでもなっちゃえ……
僕は、もう腹を据えて、友達に話をするような口調で、話を始める事にした。
そして、とっぷりと日が暮れた。
僕が話をする。
話が終わるとジャンは執務に戻る。
仕事に飽きると、また僕の話を聞く。
その繰り返し。
間、昼食を差し入れされたり、新たな執務の書類を持ってこられたりする以外は、人が部屋に入って来る事はなかった。
──よくよく考えると、いくら人払いがされているとはいえ、人が訪れる事が極端に少なすぎない?
ジャンはいつもこんな生活をしているのかな?
『友達になってあげてくれ』
エルザの言葉が蘇る。
もしかして、エルザはこの事を知ってて──
「今日はここで夕餉をとろう。移動するのが面倒だ」
ジャンは、最後の書類の表紙をばしんと閉じると、ぐぐーっと後ろに倒れんばかりに伸びをした。
肩をコキコキ鳴らし、大声で誰かを呼ぶと、夕餉をここで、と短く告げる。
近くに控えていたのか、呼ばれてすぐ現れた兵士はギョッとした顔をしたが、王様の命令である為か口答えする事もなく、そのままシズシズと下がって行った。
そして、本当にこの執務室で夕飯を取る事となった。
豪華な夕飯が、僕とジャンの間のテーブルに並べられる。
もう、びっくりするのも疲れた……
ふ。人って慣れる生き物なんだね……
銀のスプーン、銀のフォーク、銀のナイフ、銀のお皿、銀のコップ……
至れり尽くせりだね、こりゃ。
……と、あれ?
何か違和感を感じて、僕は目の前の料理を見る。
いや、確かに見慣れる事なんて絶対にないような豪華な料理なんだけどさ。
なんだろう?
昨日の夕飯と何かが違う気がする。
あ、そうだ。
朝もだったけど、銀の食器を使ってるんだ。
銀──どこかで、銀の話を聞いたような気がするんだけど──
「どうした? 食べないのか?」
ジャンは、銀のコップでワインをゆらゆらと手で弄びながら言う。
あ、仕草がまたエルザに似てる。
僕がエルザの実家に泊まった時、僕に色々語ってくれた時に。
あんまりジャンを凝視しているワケにもいかず、とりあえず、目の前のスープに口をつける。
あ、美味しい。
朝の食事なんて、味なんかしなかった。(というか、ほとんど食べられなかった)
たぶん、さっき腹を据えて緊張しなくなったからだ。
そうと分かればこっちのもん!
目の前の豪華な食事を、ここぞとばかりに味わう事にした。
僕が、ばくばく食べ始めたのを見て、ジャンが楽しそうに笑う。
手にしたワインを一口飲み、ソファの背もたれに寄りかかった。
「そうだな、今度は、俺が話をしようか」
どこか遠くを見ながら、ジャンはぽつぽつと語り始めた。
前王が、いかに大らかで豪胆な人間だったか。
エルザの母に、王族だからと何でも人任せにせず、一通り自分でなんでもできるようになれとスパルタ教育された事。
──そして
エルザとの思い出。
まだあまり後宮から出られなかった頃、エルザとこっそり抜け出し、迷子になって大騒ぎになり、初めてエルザの母親にビンタを食らった事。
物心ついた頃、色えんぴつの取り合いで、エルザと殴り合いの喧嘩をして、当時の宮廷騎士団長のおじさんに止められた事。
よく王宮を抜け出して城下町に遊びに行っては、揚げ饅頭を買い食いしてた事。
エルザの母親が王宮を辞する直前、エルザと馬で駆りに出た森で石化樹と出会って──その時にエルザの体質の事が発覚した事。
王宮に仕官したばかりで、しごきにバテそうになっていたエルザと夜通し酒盛りをして、ヒドイ二日酔いで補佐官にバレて、しこたま怒られた事。
どれも、懐かしいな
ジャンは、語りの最後にぽつりと零すと、ワインをあおった。
沢山の思い出を聞いた。
エルザからは、あまりジャンの話は聞かなかったけど、本当に色々な思い出があったみたいだ。
──エルザは、あえてジャンの話をしなかったのかもしれないな。
そう思える程、ジャンの口からはエルザの名が出てきた。
でも、最近になればなるほど、話は少なくなった。
特に、エルザが宮廷騎士団長になってからの話は。
おそらく、二人の立場上、仕事以外で会う事が少なくなったんだ。
──二人は、今どんな思いでいるのだろう?
お互いの距離を、どう感じているのだろう?
「寂しい……ですか?」
無意識に、僕の口をついて出た言葉に、自分でもびっくりした。
つい思ってる事が……
慌てて、聞かなかった事にしてもらおうと顔を上げると、ジャンは、緑の瞳に悲しい色を湛えて、僕を見つめていた。
ジャンは、何も言わなかった。
でも、きっと、それが答えだったんだ。
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