別れ ~それはあまりにも突然に~

 僕は、七日間ほど、街の留置場に放り込まれた。

 ──あの日。

 ミンシアの歌声を最後に、僕の記憶は途切れていた。

 気がついたら、血の海になってる部屋にへたり込み、街の自警団に囲まれていた。


 そこに、ラッツとミンシアはいなかった。

 

 赤い水たまりの中、さっきまで生き物だった物が、ゴロゴロ転がってて──その奥に、引きちぎられた無数のパイプと、いつも彼が振るっていた大ぶりの剣が──


 自失した僕と、ただそれだけが、部屋に残されていた。


 留置場にいる間、強面のおっちゃんたちが、あーだこーだ僕に尋問らしきものをしていたけど、言葉がただの音にしか聞こえず、何も答える事ができなかった。

 唯一、誰かが漏らした、たった一言だけが、耳に残ってる。


 ──モウコレデ、アノウタハ、エイエンニ、キケナクナッテシマッタンダナ──


 音としか認識できなかったその言葉が、酷い不協和音の鐘の音のように、僕の頭の中で何度も何度も鳴り響いた。


 そのうち尋問はされなくなり、地下のすえた匂いのする格子の向こうに転がされ、七日で外に放り出された。

 僕は、事情聴取の名目で捕まったが、武器も持っていなく、しばらく自失していた事もあり、あえなく釈放されたのだ。


 解放された僕は、あの宿に戻った。

 いなくなったラッツとミンシアが、笑顔で──戻って来るような気がして。

 違う。

 そうであって欲しいと思って。

 部屋に籠って、ずっとずっと待っていた。


 カーテンが閉め切られた薄暗い部屋の中。

 ベッドに座って、待ち続けた。

 そうしてるうちに、留置場で聞いた音が、次第に色を帯びるかのように意味を取り戻す。


 ──もうこれで

   あの歌は

   永遠に

   聴けなくなってしまったんだな──


「うああああああああああああ!」

 その意味を理解した瞬間、僕は錯乱して、自分でもよく分からない事を泣き叫び、荷物から部屋のイスまで、掴める物は全てメチャクチャに投げて壊した。

 僕のせいだ……

 僕のせいだ!

 僕のせいだッ!

 僕があの時ミンシアと離れなければ!

 いや、僕がミンシアを迎えに行ってなければ!

 違う!

 僕が闘技場に来なければ!

 ラッツと友達にならなければ!

 出会わなければ!

 僕がいなければ!

 僕なんかが存在していなければ──


   ティムのせいじゃない


 ラッツの、声が、聞こえた。

 息を飲んで振り返る。

 聞こえた……聞こえた!

 ラッツの声が!

 ラッツだ!

 今のは間違いなくラッツだ!

 暗い部屋の中を、何度も何度も首を巡らせて、声の主を探した。

 しかし、部屋の中には動く物はなにもなくて。

 この部屋にはいないと分かった途端、部屋を飛び出して宿中を探し回る。

 取り乱した僕を見つけた宿の主人が、僕の肩を掴んで宥めようとした。

 しかし、僕は主人を振り切る。

 だって、こうしている間に、二人が──ラッツとミンシアが、どこかに行ってしまう!

 僕を置いて。

 僕を残して。

 二人が──僕を置き去りにして行ってしまう!

 今度は外に走り出て、ひたすら二人の名前を叫びながら、彼らの姿を追い求めた。

 めちゃくちゃに泣き叫び、めちゃくちゃに走って、もう右も左も、自分がどこにいるかも分からなくなりながら、それでも僕は、探し続けた。


 いつの間にか、ラッツと来たあの丘の上の、崖の縁に辿り着いていた。

 肩で息をしながら、眼下の街と湖を見下ろす。

 水気を帯びた風が、足元から吹き上がってきていた。

 その冷たい風に、少しだけ冷静さを呼び戻され──


 あれが幻聴だったんだと気がついた。


 僕の中で、何かが──ぷつっと──途切れるのが分かった。

 瞬間、足がガクガクと震えて立っていられなくなり、その場に崩れるように膝をつく。

 目の前が、すぅっと暗くなったような気がした。

 その時、足元で鳴る、かすかな金属音。

 ゆるゆると視線を落とすと、地面についた膝の横に、銀色に鈍く光る、見覚えのあるものが落っこちていた。

 手に力が入らず、それを拾い上げる事ができなくて、震える指先でやっとこさ絡めとる。

 持ち上げたそれは、風になびいて、シャラシャラと音が鳴った。


 彼が、大切な大切な彼女に贈った最初の品。

 彼女が、大切な大切な彼から贈られた記念の品。


 ──アンクレット。


 喉が締め付けられる。

 熱い。

 痛い。

 涙が溢れる。

 引き絞るような嗚咽がこぼれた。

 その場に這いつくばって、泣き崩れる僕の指に、絡まる銀の鎖。

 ジワジワと胸に込み上げて来る予感。


 もう

 ラッツもミンシアも

 いなくなったんだ

 いなくなってしまったんだ

 いなくなって、しまったんだ──



 風が。


 それは、あの人の大きくて優しかった手のように──

 それは、あの人の美しい歌声のように──


 ふわりと、僕の髪を撫で、空に吸い込まれて。


 消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る