闘技場にて① ~試合前の緊張~

 次の日。

 今日も空は快晴。痛いぐらいの日差しが地面を照りつけ、陽炎が遠くの景色を歪めてる。

 でも、それに負けないぐらいの活気で、街は朝から賑わっていた。

 一日中寝ていたおかげか、うってかわってスッキリした僕は、ラッツに言われた通り、闘技場に来た。

 受付の人に名前を通しておいてくれると言っていたので、前に来た券売り場の所まで来る。が、名前を言う前に、受付のおっちゃんが『あ!』と反応した。

 ──どうやら、二日前の全財産賭け事件が、ちょっとした噂になってたのは本当らしい。

 あの時の旅人さんだろ、と受付のおっちゃんは僕を指差し、闘技場入り口に立っていた警備の人らしき人を招き、僕をラッツが待つ控え室へと案内するようにお願いしてくれた。

 僕は、警備の人に先導されながら、闘技場の『関係者以外立ち入り禁止』という立て札の先を歩いて行った。

 生まれて初めて!

 『関係者以外立ち入り禁止』の中を歩くの!

 そんな感じで浮かれて、まわりをキョロキョロと見回していた時、前を歩く警備員さんが突然立ち止まる。

 僕は、当然の如く反応できず、思いっきり鼻を警備員さんの背中に打ちつけた。

 痛ッ!

 痛いッ!

 折れたかも!

 折れるほど高くないけど!

 そのあまりの痛さに、鼻というか顔を抑えて蹲っていると、僕の事を見下ろしている人がいる事に気がついた。

 警備員さんは、廊下の壁際に直立してるし、誰だろう?

 涙目のまま顔をあげると、そこには、見たこともないオッサンが立っていた。

 もしかしたらもっと若いかもしれないけど、外見からじゃ年齢が分からない。

 異様にぎょろついた目、妙にこけた頬に、砂漠の国に住んでるわりには青白い顔。

 興味津々といった顔つきで、僕を見下ろし、二ィっと唇を引き絞って笑った。

「人間の体を左右に半分に分ける線を書いた時に、その線上には、人間の急所が集中してるんだよ♪ うふふ……痛いだろう?」

 急に何ッ?

 何言ってんの?

 この人……言葉尻に『♪』がついたよッ?

 怖いよ!

 僕が、今度は痛みではなく驚き(恐怖?)で蹲っていると、ふむふむと僕を観察し始めた。顔から足先まで、じっくり視線を這わせて、なんだかちょっと楽しそう。

 でも!

 僕そんなシュミないから!

 人に見せられるような体してないし!

「キミは誰?」

 小首を傾げるというよりは、顔を傾ける、といった印象の動作をすると、僕に尋ねてきた。目が怖い目が怖い目が怖い!

「あの……僕は……ラッツの友達で……」

 視線を外したいけど外せない。怖さで。

 妙に剥かれた目で僕の事を見るその人は、僕の言葉を聞くと、途端に嫌~な顔をした。

「ああ~、……あのミンシアの男の……友達ね~」

 なんだか凄く、いやらしい声だった。

 そして、途端に僕に興味を失ったかのように顔を上げると、スタスタと僕を通り越して、廊下の奥へと消えて行ってしまった。

 な……なんだったんだ……? あの人……

「あの……あの人は?」

 あの人に道を譲る為に立ち止まり、廊下の壁に寄っていた警備員さんに尋ねてみる。

 すると、警備員さんは少しだけ眉根を寄せて、さっきの人が消えた方を見て言った。

「この闘技場のオーナー兼運営者さ」

 なんだか、少し棘のある声だった。

 あまり、いい印象はないみたい。

 確かに、人好きするような感じでは、とてもないもんね。

 あ、そういえば、この前の宴会でも確か名前が出て来てた。確か、ラッツの恋人の歌声に惚れて、蓄音機に──って、そうか。それで、ラッツの事をよく思ってないのか。

 でも、もし本当によく思っていないのなら、ラッツはここで戦いにくいだろうに。

 まあ、ラッツの場合は『別にそんなの気にしねぇよ』とか、あっさりしてそうだけど。

 ちょっと気にはなったけど、警備員さんに促されるまま、再度廊下を進む事にした。


 警備員さんは、『控え室』と書いてあるプレートのかかった扉の前まで案内してくれた後、僕を置いて、そのまま引き返して行った。

 僕は、いきなり開けていいものなのやらどうなのやら、五分ぐらい躊躇した後、心を決めて扉をうっすらとだけ開けて、中をそろそろと覗き込んだ。

 部屋は狭く、棚のようなものが、壁際にずらりと立ち並んでいた。

 そしてその部屋の中央にあるベンチに、大振りの剣を肩に立てかけたラッツが、腰掛けていた。とても緊張した面持ちで。

 しかし、すぐに僕に気がついて、いつもの人懐っこい笑みを浮かべて、僕を迎え入れてくれた。

「どうしたの?」

 いつもと雰囲気が違うので、僕は思わず尋ねる。

 しかし、ラッツはにかっと笑って、僕の頭をわしわしと撫でるだけ。

 なんでもねぇよ、と流されてしまった。

 控え室には、他にも剣闘士たちがいた。しかし、戦いの前である為か、みんなピリピリとした空気をまとってる。ラッツと僕の会話すら煩わしそうに、舌打ちしたりしていた。

 僕、なんか来ちゃいけなかったのかも……

「あ、それじゃ、僕は観客席で応援してるから!」

 なんだか居た堪れなくなって、僕はラッツに早々挨拶をすると、スタコラと控え室を出て行く事にした。

 出て行く直前、ラッツは、僕の背中に向かって「絶対に勝つからな!」と大声で言う。

 僕は部屋の扉を閉める直前振り返って、そんなラッツに、彼に負けない程のにかっとした笑みを投げた。


 闘技場の受付に戻り、改めて券を買う。今度は二回目なので慣れたもの。

 と、言いたいところだけど、前はお兄ちゃんズにワケも分からず強制的に買わされたので、結局買い方が分からず、受付のおっちゃんに聞きながらとなった。

 僕が『ラッツに』と告げると、受付のおっちゃんは、少しだけ曇った顔になる。

「本当にいいのかい?」

 なんでそんな事聞くんだろう?

「どうしてですか?」

 僕が、意味が分からず聞き返すと、受付のおっちゃんは僕を手招き、声を潜める。

「今回もラッツは不利だよ。しかも、サーベルタイガーとは比較にならんぐらいな」

 ──え?

「ちょっと待ってください。不利って……相手は何なんですか?」

 サーベルタイガーより不利って……一体どんだけの化け物なわけ? その相手って。

「何って──オートマータさ」

 オートマータ?

 何それ?

 どんな獣?

「アンタはオートマータを知らんか。そうだな……簡単に言うと、機械仕掛けの人間さ」

「機械仕掛けの──人間ッ?」

 僕は、思わず声を上げる。

 すると、受付のおっちゃんにシーッと口を塞がれてしまった。

「──ここのオーナーは頭がおかしくてな。闘技場の戦士を、義肢を作るような技術で改造しちまって、そういう化け物を生み出すんさ」

 受付のおっちゃんも、警備員さんがしていたような、ちょっと軽蔑した顔で告げる。

「そいつらは、まあもとは人間なんだが、ほとんど全身を機械にされちまってるから、痛みとかは感じねぇし、人間の数倍の力を発揮する。本当の化け物さ。

 ──本当に、今回ラッツの勝ち目はねぇぜ」

 それを聞いて、僕は愕然とした。

 ラッツが、僕を控え室まで招いてくれた事の意味、僕の背中に「絶対に勝つからな」と声をかけた意味──それを、今初めて知った。

 どうして……

 そうか。ファイトマネーだ。

 相手が強ければ強いほど、勝った時のファイトマネーが高いと言ってた。

 ラッツは、借金を早く返して、待ってるミンシアのもとに帰る為に──

 分かった途端、居ても立ってもいられなくなった。

 僕は、昨日の金貨の余りを、ドンと受付のおっちゃんの目の前に置く。

「おっちゃん! いいから早く! ラッツに! ラッツが勝つ方に!」

 おっちゃんが、だから──と言いかけて、やめた。

 そう。

 だって僕はラッツの友達だもん。

 ラッツに助けてもらったんだもん。

 それなのに、ラッツが負ける方になんて賭けられるわけない!

 おっちゃんもそれを悟り、僕からお金を受け取ると、その中身を確認。すぐに機械から銀色に鈍く光るプレートを取り出して、僕に手渡してくれた。

「──幸運を」

 受付のおっちゃんの、決まり文句もよそに、僕はプレートをひっつかんで、観客席へと駆け込んで行った。

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