闘技場にて② ~VSオートマータ~

 砂の舞台の中央では、この間と同じように、男──ラッツが、大振りの剣を構えて相手と対峙していた。

 この間と違うのは、相手が獣ではなく、人間のような姿をしている事ぐらい。

 そう、あくまで『人間のような』姿。

 なんだか、これを本当に人間と判断してもいいものかどうなのか、僕は正直困った。

 腕も足も、黒だか灰色だか判らない色をしている。多分鉄とか、そういう金属でできてるだろうというのが、遠目でも簡単に分かった。そして、なんだかよく判らないパイプみたいなものが、右胸からにょきっと生えていて、肩をぐるっと通って背中にまわり、腰にくっついてる。上半身は服を着ていないから、そのパイプや貼り付けられたプレートみたいなものが、むき出しになっていた。

 唯一、その人の首から上だけが、生身の色をしている。

 その機械仕掛け──オートマータは、右腕の先が手ではなくて刀身になっていて、その腕をラッツに突きつけていた。

 これが──本当に元は生身の人間だったなんて。

 おっちゃんが言っていた通り、ほとんどが機械仕掛けじゃないか。

 僕は薄ら寒くなる。

 人間を、こんな風に作り変えてしまう技術があるなんて……


 僕は、観客席の真ん中辺で、プレートを両手で握り締めて、見入っていた。

 ラッツもオートマータも、まだ攻撃は仕掛けようとしない。お互いに間合いをとりながら、ジリジリとにじり寄ったり、離れたりしている。

 先に攻撃を仕掛けたのはラッツ!

「うおおおおお!」

 雄たけびをあげて、地面を蹴ると、サーベルタイガーを相手にした時のようなスピードで剣を振り上げる。

 オートマータも、ラッツの前進にあわせて前に出た!

 がぎィ!

 オートマータが、その刀身の右腕と、金属の左腕を交差させて、ラッツの振り下ろされた剣を受け止める。

 すかさず、ラッツは相手に蹴りを放った!

 しかし、オートマータはバックステップを踏み、その蹴りを難なくかわす。

 かわしてすぐ、オートマータは前に踏み出し、右腕を突き出した。

 空いたラッツのわき腹めがけて!

 ラッツは、剣から左手を離し、体を捻ってその突きを紙一重でかわす。

 ──かわしたと思ったら、その突き出された腕を脇に挟みこみ、そのまましゃがみ込むようにして、立てた膝に叩きつけようとした!

 がづッ

 とてもじゃないけど、腕の音とは思えない音がしたよッ?

 相手の肘は折れなかった。

 金属でできてるとはいえ、関節ですら折れないなんて!

 どんだけ硬いんだよアンタッ!

 折れなかったと分かった途端、ラッツは相手の腕を放してバックステップで間合いを取ろうとする。

 しかしオートマータは、ふふんと得意げに笑い、そのまま追撃した!

「うらぁぁぁぁぁ!」

 今度はオートマータが吼える。

 そして、凄まじい勢いで連続した突きを放って来た!

 あまりに早すぎて、僕にはあんまり見えてないよッ?

 ラッツは剣を盾にしてなんとかかわそうとするが、その余りの速さにラッツの肩や腕や足に、浅いが無数の傷を刻み付けられる!

 ラッツはなんとか致命傷を避けながら後退した。

 でも、執拗な追撃に、ラッツの体が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。

 いや~ん! どうするのラッツ!

 ラッツは、剣の腹を相手に押し付け、一瞬だけその突きを止めた!

 そして、その瞬間を逃さず、ラッツは素早く相手に足払いをかける。

 その攻撃に、相手は人間とは思えない反応速度を見せて、ジャンプして避ける。

 ラッツも、相手の攻撃が止んだ瞬間に、後ろに大きく跳び退った。

 二人が、再び剣を構えて対峙する。

 息もつかせぬ展開に、観客たちから、地を這うような低い大歓声が巻き起こった。

 どう見ても、ラッツには不利。

 相手は硬いし。関節技はほぼ効かないだろうし。

 おまけに攻撃は僕の目じゃ捕らえられないぐらいに早い!

 地面は、ラッツの流した血でどす黒くなっていた。ラッツ自身も肩で息をしてる。

 対してオートマータの方は、息一つ乱さず、余裕の笑みを浮かべていた。

 ラッツ……どうするんだろう……

 少しの睨み合いの後──

 今度はオートマータの方が先に地面を蹴った!

 右腕を斜め下にして、一気に間合いを詰めて刀身を振り上げる。

 ラッツは、のげぞってそれをかわし、相手の顎に目掛けて足を振り上げた。

 がしっ

 その足を、オートマータにつかまれた!

 ラッツは、バランスを崩して地面に背中を打ちつける。

 すかさず、オートマータはラッツの胸に向かって右腕を突き出した!

 ヤバイッ! 刺されるッ……!

 ぎぅん!

 咄嗟に、ラッツは刀身を殴りつけて軌道を変えた!

 奇跡ッ?

 オートマータの右腕は、そのままラッツの左脇の地面に突き刺さった。

 間髪入れず、ラッツは両手を後ろ手に地面に突き、掴まれていない方の足で、相手の腹を思い切り蹴飛ばした!

 その衝撃に、オートマータはラッツの足から手を離してよろける。

 矢継ぎ早に、今度はラッツは手を支柱にして体を回転させ、勢いをつけた足で相手の横っ面を、思い切り蹴り付けた!

 オートマータの体が横に吹き飛んだ。

 うおおおおおお!

 ラッツの思わぬ大健闘に、観客席から再度物凄い大歓声が上がる。

 ラッツ凄い!

 ラッツ強い!

 流石ラッツ!

 僕も大興奮して、大声で叫んでいた。

 飛び起きたラッツは、剣を両手で握り締めると、時間をおかずに追撃する。

 吹き飛ばされたオートマータは、痛みを感じていないのか、すぐさま体を起こすと、立ちあがりざまに振り下ろされたラッツの剣を、右腕一本で打ち払った。

 立ち上がった二人の打ち合い。

 ラッツが剣を振り下ろせばオートマータが打ち払い、オートマータが刀身で薙げば、ラッツが剣の腹でそれを受ける。

 しばらくそれが続き、最後の一回の打ち合いの後、鍔迫り合いになった。

 ギリギリと嫌な金属音を立てて火花を散らす、ラッツの剣とオートマータの右腕。

 最初はラッツが優勢かと思われたそれは、長く続くにつれ、段々ラッツが押され始めた。

 そうか! 体力の差ッ?

 相手は機械仕掛けの体だけど、ラッツは違う!

 力で押されて、ラッツが片膝をついた。

 さらに追い討ちのように力を込めるオートマータ。

 ヤバイ!

 どうしよう!

 ラッツ負けちゃう!

 ズルッ

 ラッツが剣の重心横にズラして、オートマータのバランスを崩させる!

 支点を失い、一瞬バランスを崩して前のめりになるオートマータ。

 そこに──

 ごんッ!

 ラッツのヘッドバッドが、相手の鼻っ面にクリーンヒットした!

 痛い!

 あれは痛いって!

 でもやった!

 そう思って、僕が一瞬だけ息を抜いた時だった。

 地面に、かなりの量の赤いものがボタボタと落ちた。

「ぐぅッ……!」

 ラッツから、かみ殺した声があがる。

 よく見ると、オートマートの左手の甲から突き出した短い刀身が、ラッツの右わき腹に、ぐっさりと突き刺さっていた。

 ズルイ!

 武器を隠し持ってたなんて!

 ズルくないッ? あれ!

 オートマータは、左手を引き、すかさずラッツの顔面に向かって再度突き出した!

 刺さっちゃうッ!

 僕が目を背けようとした瞬間!

 ラッツは諦めない。

 右手で相手の左手をバシッと払いのけると、そのまますかさず、相手の頭を両手で掴んだ!

「うおおおお!」

 ラッツが吼える!

 バネのように上半身をがばっと起こすと、そのまま相手の首を脇に抱え込んだ。

「終わりだッ!」

 足の力を抜き──ラッツの体が沈み込む!

 ごぎんッ

 物凄い音がした。硬い何かが折れる音。

 オートマータの体が、一度ビクリと痙攣。

 そして、そのままダラリと地面に投げ出された。

 肩で息をしたラッツが、ゆっくりと立ち上がって、左手を天へと掲げる。

 一瞬の沈黙。

 ──そして

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 怒号のような歓声が巻き起こった。

 いや、もしからしたら歓声じゃないかも。

 だって不利な方のラッツが、ラッツの方が──勝ったんだもんッ!

 まわりの罵声なんてどうでもいい!

 だって、だって嬉しいんだもん!

 ラッツが勝ったー!

 ラッツが勝ったよー!

 オートマータに勝ったーッッッ!

 僕は狂喜乱舞。もう嬉しくて嬉しくて嬉しくて。

 全然知らない回りの人と抱き合って喜びまくり──

 後ろ向きにゆっくりと倒れるラッツの姿を見て、僕は喜びを悲鳴へと変えた。

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