闘技場にて③ ~心配して全速力~

 右へ左へと曲がる廊下を全速力で走った。

 壁に激突しては方向を変え、柱にぶつかっては条件反射で謝り、人にぶつかってはつんのめって廊下を転がる。

 それでも僕は速度を緩めず、闘技場の入り口に駆け戻った。

 そして、さっき控え室に案内してもらった警備員さんに飛びつく。

 でも、僕は言葉をうまく喋る事ができなくて、『あの』とか『ラッツ』とか『大怪我』とか、単語単語しか口から出てこない。

 最初はびっくり顔だった警備員さんも、さっきの試合の事を察したのか、すぐさま僕を、闘技場の裏の廊下へと連れてってくれた。

 案内された先は、扉についたプレートに『救護室』と書かれた部屋だった。

 扉をあけてもらって、中を覗く。

 部屋の真ん中の、小さいベッドのようなモノの上に、横たえられたラッツの姿がすぐ目に入った。

 わき腹に分厚く巻かれた包帯が、じんわりと血で滲んでる。

「ラッツ!」

 僕は転がるように部屋の中に飛び込むと、ラッツが横になってるベッドの脇にしがみついた。間近で見ると、痛々しい無数の切り傷がラッツの体の至るところに。

 生々しいそれらはあまり見ないようにして(気絶しそう……)、ラッツの胸が上下している事だけ確認し、とりあえずほっとした。

 生きてる……よかったー……

「ティムか……」

 意識はあったみたいで、ラッツはゆっくりと目をあけた。

 いつもの笑みを浮かべようとするけど、痛みでうまくいかないのか、苦笑。

「見てたか、俺、勝ったぞ」

「見てた! 見てたッ! ラッツ! 凄かった! 強かったッ!」

 僕は、もう生きてた事が嬉しくって、単語でまくし立てる。

 なんだかよく判らない事を喚き散らす僕の顔を、少しだけ弱々しい、でもとっても人懐っこい笑みでラッツは見る。

 そして、のろのろと腕を持ち上げると、ばふっと僕の頭の上に置き、そのおっきな手でゆっくりわしわしと撫でてくれた。

 僕の肩から、どっと力が抜けた。

 ──と、その途端、僕の目から涙がボロボロと零れる。

 すると、あはは、とラッツが笑った。

 ちょっとだけ、困ったかのような顔。

「お前……何泣いてんだよ」

 わしわしと、でも優しく撫でるラッツ。

 優しい顔をして、僕を見てくれていた。

 僕は言葉が出て来なくなって、安堵と喜びで、その場でわんわん泣いてしまった。

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