出会い ~やっぱりカツアゲされるんですね~

 僕は有頂天だった。

 道を歩いてるだけで、僕の顔は勝手にニンマリと綻ぶ。

 全財産を賭けてたお陰で、返って来たお金は、僕がかつて手にした事もない金額だった。

 今までの旅で、お金が重くてリュックを担ぐのが大変~、なんて体験したことなくて。

 幸せな悩みってやつ?

 まあ、ホントは別に重たく感じるほどではないけど、言ってみたかっただけさッ!

 なんて風に、僕は浮かれながら、夜の帳の下りた街を、宿を探して歩き回っていた。

 今日なら、どんなに高価な宿だって泊まれる。それが嬉しくて嬉しくて。

 ──僕は、後をつけてくるお兄ちゃん方に、まったく気がつかずにいた。

 

 ちょっと人通りが切れた場所にさしかかった瞬間、僕はわき道に拉致られた。

 見事な手際で、一人が、僕が叫び声をあげられないように後ろから口を塞ぎ、もう二人が僕の両足を担ぐ。

 もう、本当にそれはそれは見事。

 拍手したいぐらい。

 しないけど。

 そして僕は、高い石壁に挟まれた細い路地に、麻袋よろしく転がされ、逃げられないように前後を挟まれた。

 恐る恐る見上げると、それは、僕を闘技場で担いだお兄ちゃんズ五人だった。

 なので当然、そのお兄ちゃんズは、僕がさっきの戦いで大勝した事を知ってる。

 そのお金を失敬しに来たのだろう。

 たぶん、僕が闘技場で換金後、浮かれ千鳥足で歩くその後を、ずっとつけてきてたんだ。

 そんな事にすら気づかず、僕ってば……これから泊まれるであろう高価な宿屋のふかふかなベッドの事とか、見た事もないぐらいの豪勢な夕飯を想像してニヤニヤして──

 ──やっぱり、運命の神様は、僕に幸運なんて授けてくれるわけなかった……。

 最初から、このお金は、お兄ちゃんズに渡る運命だったんだ──

 うん、そう思うと納得できる。

 この勝利は、僕のではなく、お兄ちゃんズのものだったんだ。

 だったら、還元しなきゃねッ!

「あの、あの、あの……儲けたお金は全て差し上げるので、どうか、見逃してください!」

 僕は、手馴れた手つきでリュックを下ろすと、中から金貨が入った皮袋を取り出す。そしてシズシズと、目の前に仁王立ちするお兄ちゃんズに差し出した。

「お、分かってんじゃねえか!」

 何も言わずにお金を差し出す僕に、お兄ちゃんズは気を良くしたみたい。特に僕に手荒な真似とかする気配すら見せず、お金の入った皮袋を受け取ってくれた。

 よかった。これで、平穏無事な生活が、戻って来る──

「これで全部じゃないだろ?」

 後ろにいたお兄ちゃん②が、安堵していた僕の背中を、げしッと蹴倒した。

 勿論、ひ弱すぎる僕は、手をつく事もろくにできずに、見事に顎から地面に着地。

 がづッという音とともに、目の前が白と赤にフラッシュ!

 火花が飛んだ!

 しかも痛いッ!

 痛すぎる!

 顎割れちゃう!

 そのままの意味でッ!

 もしかして……勝った分だけでなく、僕の全財産がお望みで……?

 勝った分から、普段使い用のお金を小分けにして財布に入れてたのも見てたんだ……

 いくらなんでもそれはヒドイ……勝った分だけでも相当の金額なのに……

 でも断らない。命のが大事ッ!

 本当なら、転がりたいぐらいの顎の痛みを我慢して、僕は懐から財布を取り出した。

「ど……どうか……どうか……これで勘弁してください……全財産です……」

 地面に突っ伏したままの状態で、財布だけを高々と掲げた。

 負け犬とは僕の事。

 ええ、胸を張って言いますよ!

 僕は犬畜生です!

 人類の底辺ですッ!

 お兄ちゃんズは、気をよくして、それを受け取ろうとして──

「何やってんだ? てめぇら。観光客からカツアゲなんて最低だな」

 路地の入り口から、声がした。

 若い男の声。

 僕は、首をもたげて、頑張ってそっちの方を見た。

 短くカットした硬そうな黒髪を、額のバンダナでなんとか押さえてる感じ。よく日に焼けた褐色の肌に、もりもりとした筋肉が浮いてる。でも。ムキムキマッチョって感じではなく、無駄な肉はすべて落とされたしなやかさがある。──傷だらけではあるけど。

 少し古ぼけたシャツとパンツ。首からペンダント──よく見ると、鈍い金色の指輪にチェーンを通してたもの──をさげていた。

 快活そうな顔立ちで、でっかい体でなければ、かなり幼く見えただろうな。

 あれ? どっかで見たような気が──

「お……お前は……」

 途端に、カツアゲお兄ちゃんズが尻込みする。知り合い?

「今日の俺は上機嫌でね。見逃してやるから──とっとと失せろ」

 『失せろ』の声は、物凄いドスの聞いた声だった。

 助けてもらってる筈の僕が慄いたぐらい。むしろ僕も失せたかった……

 カツアゲお兄ちゃんズは、人数で勝ってる筈の、お助けお兄さんに対抗しようともせず、僕から奪った皮袋と財布を地面に置き、スタコラ逃げて行った。

 なんだろう?

 この人そんなに怖い人なのッ?

 それなら僕を置いて行かないでよッ!

 僕の悲痛な心の叫びも空しく、その路地には、僕と、怖いお助けお兄さんだけが残った。

 残っちゃった……残っちゃったよ!

 どうしようどうしようどうしよう!

 僕が、立ち上がった方がいいのか、それともこのままお兄さんが去るのを待った方がいいのか、どっちがお兄さんの機嫌を損ねないのかを、あわあわ考えてジタバタしていると、お兄さんは、そんな無様な僕を見て、ふっと笑った。

 鼻で笑うというより、苦笑。

「災難だったな。ま、この街もそんなに治安は良くない。今後は、場所と時間と後ろを気をつけて歩くんだな」

 だらしなく、その場に突っ伏したままの僕を、助け起こそうとはせずに、お兄さんはそのまま格好よく去ろうとして──

「あれ?」

 何かに気がついたかのように、その足を止めた。

 なんでしょうッ?

 助けた代償にお金ですかッ?

 好きなだけ持ってってください!

 僕は、怖くて怖くて、頭を抱えて蹲った。

 蹴り上げる?

 踏み潰す?

 でもでもでも!

 痛いのだけは勘弁!

 痛いの反対!

 お兄さんが、早くこの場を去ってくれるように、切に、切に願う。

 が、その願いは聞き入れられず、お兄さんは僕の前にしゃがみ、僕を見下ろしていた。

「あんた……もしかして、闘技場で、俺に賭けた?」

 ──はい?

 賭けたって……僕が賭けたのは、闘技場で戦ってた男で……

 ん? 『俺に賭けた?』って事は……もしかして……

「そうだ。受付のおっさんが言ってた通りの服装だ。アンタ、今日の試合──サーベルタイガーと俺の戦いで、俺の方に結構な金額賭けた人だろ?」

 その明るくて気さくな声に、僕は恐る恐る顔を上げた。

 ──確かに、見覚えがあるような気がしてたけど……

「はい……さっきのお兄さんたちに担がれて……全財産かけさせられました……」

 僕は、素直に白状する。

 隠したって意味ないし。おのぼりさんなのは一目瞭然だし。

 すると、お兄さんは豪快に笑った。

「やっぱそうか! 闘技場で噂になってたんだよ。あんまり遊ぶ金持ってなさそうなのに、結構な金額を、不利な俺の方に賭けた旅人がいったって! なんだ! アンタの事か!」

 お兄さんは、僕の両脇に手を入れて、ひょいっと僕を立ち上がらせてくれた。

 立ち上がって見ると、ますますお兄さんの大きさにびっくり。

 僕より頭二つ分以上大きかった。

 それなのに、背中を丸めて僕の顔を覗き込む。にかっと笑う顔は、人懐こそう。

 とても、闘技場で死闘を繰り広げそうには見えなかった。

「アンタが幸運の神様かもしんねぇな! どうだ? 一杯オゴらせてくれねぇか?」

 傷だらけのおっきな手で、わしわしと頭を撫でられた。

 しかし、僕はぶんぶんと首を横に振る。

「いやいやいやいや! 僕が幸運──ましてや神様はワケないのです! 全ては貴方の実力の賜物でございますッ!」

 本当に!

 本当にッ!

 僕が幸運の神様なら、担がれないしカツアゲされませんから!

 しかし、その僕の物言いがツボにはまったのか、お兄さんはまた豪快に笑い出した。

「面白いヤツだな! いいから一杯付き合えや!」

 再び頭をわしわしと撫でられる。

 恩人でもあるその人の言葉を無下に断るわけにもいかず、僕はそのお兄さんに付き合う事となった。


「そういえば、お前、名前なんつーんだ?」

 酒場に行く途中の道すがら、お兄さんが僕に尋ねる。

 しかし、僕が口を開く前に、あッと声を上げて、お兄さんは頭を掻く。

「こーゆー時は、まずは自分から名乗らねぇと失礼になるんだったな。

 俺はラッツだ」

 にっかり笑って、右横を歩いていた僕に手を差し出した。僕はその手をおずおずと握る。

「僕は──そうだ。当ててみてください。僕の名前」

 握りながら、僕はそう尋ねてみる。

 その瞬間、一瞬お兄さん──ラッツの手に力が篭った。

 投げられるッ?

 投げ飛ばされちゃうッ?

 ごめんなさいゴメンナサイッ!

 僕が慌てて手を引っ込めて、三歩後ろに下がって土下座しようとした時……

「お前、ホント面白いヤツだな!」

 あっはっはっは、と、ラッツは豪快に笑った。

 気に……してないみたい。

 後ろにさがった僕に一歩近づき、大きな体を折り曲げて、僕の顔を覗き込む。

 その少しだけ真剣な顔に、僕は体を硬くした。何故か緊張。

「そうだなー。んー。ティム? うん、そうだ。ティムって顔だな」

 そう言って、お兄さんはまた、にっかりと笑った。

 ティムって顔って──それってどんな顔?

 緊張してた分、その笑顔に思わず脱力。

 でも、僕はおくびにも出さない。

「凄い! 当たりです! なんで分かったんですかッ?」

 僕はびっくりしてみせる。

 ──いつもの事だから、リアクションも板についたもの。

 すると、ラッツもびっくりする。目をまん丸く見開いて、ほ~といった顔をした。

「すげぇ、俺。まあ、これぐらいのカン、持ってないと死闘は潜り抜けられねぇからな!」

 なんてな! と、また僕の頭をわしわしと撫でた。

 でも嫌な気はまったくしない。

 凄く、気さくな感じがしてイイ。

 逆に、なんか僕の方は相手を試してるみたいで申し訳なくなってくる。

 ──でも、決めた事だし。

「じゃあティム! これからよろしくな!」

 あらためて、僕はラッツから差し出された手を握り締めた。

 


 ラッツ

 闘技場で戦う剣闘士


 人懐っこい笑みと豪快な性格

 日に焼けた褐色の肌と、鍛え抜かれた体を持ったカッコイイお兄さん


 僕がこの国に来て、最初に友達になった人


 そして、


 この物語の、主人公

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