もう一つの出会い

「あの……」

 沈黙が気まずくて何か話そうと思っても、焦って言葉が出てこない。

 そんな僕に、焦れたように先に兄ちゃんが口を開いた。 

「セシーリアに、助けられたのか?」

 名前出てきちゃった!

 兄ちゃんは、厳しい顔で僕を見ている。

 肯定したら──どうなっちゃうんだろう……

 この人セシーリアの事知ってる。

 変な言い訳出来ない。

 どうすれば……

 ……ん?

 セシーリアの名前を知ってる?

 彼女は、ここ暫くは村を訪れていないと言っていた。

 もしかして……

「貴方は、セシーリアに助けられた男の子……?」

 僕は、セシーリアが優しげに話していた男の子の事を思い出した。

 そして、目の前にいる若い兄ちゃんをよくよく見る。

 黒髪に精悍な顔つき。頬は少しコケて痩せているように見えるけど、道案内を仕事にしているぐらいだから、足腰はきっと強いのだろう。

 年の頃は二十代前半ぐらいか。

 そんな兄ちゃんの顔が、僕の言葉で崩れる。

 突然にこやかになった。

「セシーリアに会ったのか! 彼女に助けてもらったんだな!」

 僕の両腕をガッシリと掴み、息がかかりそうなほど顔を寄せて来る。

 近い近い近い!

「は……はい。じゃあやっぱり、貴方が……」

 僕は限界まで仰け反って答える。

 すると、突然兄ちゃんは僕を思いっきり抱きしめた。

「そうだよ! 俺もセシーリアに昔助けてもらったんだ! そっかそっか! 彼女に助けてもらったのか!」

 ぎゅううっと、一回強く抱きしめられてから解放された。

 彼を見ると、泣き笑いのような顔をしている。

「懐かしいなぁ……彼女、元気だったか?」

 潤んだ目で、彼は遠くを見つつ尋ねてきた。

「はい。元気でした。……二匹も」

「! リヴとロルフ!」

「はい、そうです」

  狼たちの名前を出すと、彼の顔がパァっと輝いた。

「そっかそっか! 二匹も元気だったのか! そっか……」

 僕の肩をバフバフ叩きつつ、山の方へと視線を移す。

 セシーリアたちの家がある方向へと──

 そうか。この人が、セシーリアに助けられた男の子……

 てっきり、もっと子供かと思ってた。

 だってセシーリアは、ついこの間の事のように語るんだもん。

 あ、でも『ちょうどロルフが生まれた頃』って言ってたか。

 兄ちゃんは二十代前半ぐらいに見えるから……ロルフは十歳ぐらいなのか。

 

 兄ちゃんは一つため息をつくと、僕の方へと向き直った。

「アンタもしかして、このまま群生地にいこうとしてた?」

「はい。セシーリアが、春がそろそろ来るからと……」

 そう僕が言うと、兄ちゃんは少し考える。

 そして、ニッコリと笑った。

「せっかくだからさ、一回俺ん家寄らない? 色々話したいんだ」

 ニコニコと人好きしそうな笑顔でそう言う。話したい内容──予想がついた。

 きっとセシーリアの話がしたいんだ。

 ──分かる。

 正直、僕もしたい。

 でも…

「花が……」

 三日間しか咲かない花。

 寄り道して見逃したらいただけない。

 その心配に気付いたのか、兄ちゃんが僕の背中をバシバシ叩く。

「大丈夫だよ! 今日はまだ咲いてないし、三日間咲いてるんだから、最悪最後の一日は観れるって!」

 その言葉に、僕の迷いは速攻で吹っ切れた。

「じゃあ行きます!」

 僕もニコニコとして答えた。

 だって僕も話したい。

 色んなことがあったから。

 すると、兄ちゃんの顔がまたパァっと輝いた。

「よし! そうと決まればすぐ戻ろう!」

 村に戻る事が決まると、僕たちはすぐに帰路へとつく事にした。

「セシーリアから俺の名前聞いてる?」

 村への道を歩きつつ、兄ちゃんが振り返りながら僕に尋ねる。

 ふるふると首を横に振ると、彼は名前を教えてくれた。

「俺はマティアス。旅人さんは?」

「あ、僕はヤンです」

「ヤンか、いい名前だな。俺のジイちゃんと同じ名前だ」

 そう言われて、ふと気づく。

 セシーリアは、もしかして彼──マティアスのお爺さんを知っていたんじゃ?

 だからこの名前が思い浮かんだんじゃないかな……

 そう思うと……なんかくすぐったい感じがする。


 道中、結局家まで待てなくて、どちらからともなくセシーリアの話を始めてしまった。


 セシーリアに助けてもらったのは、彼が11歳の頃だそうだ。

 両親を病気で失い、自分自身も病気に冒されて生きる気力を失っていた時に、セシーリアに拾われたそうだ。

 治療は大変だったが、無事完治。

 治療の跡を、彼は僕に見せてくれた。


 それは、木でできた義手だった。


「骨に腫瘍が出来る病気だったらしくてね。放っておくとその腫瘍が全身に転移するから、腕ごと切ったんだ」

 マティアスはそう言いながら手袋を外し、腕をめくって見せてくれた。

 彼の言う通り、肘を含めたその先から左手までが、全て、木でできていた。

 所々に蔓が絡まった、まるで普通に生えているようなザラザラとした表面の木。普通の義手は木を削り出して作っているから表面はツルツルである事が多いのに、コレは違う。

 確かに腕と手の形をしてるけれど、見たこともないような義手だった。

 それに、義手である事にもビックリした。

 だって、彼に肩を掴まれた時、掴まれた感触があったから。

 それに、肘も普通に動かしている。

「これは、どんな仕組みかはよく分からないんだけどさ、なんか俺自身の体内の魔力? を糧に動くようになってるらしいよ。

 それに、コイツ成長するんだ」

 僕に木でできた腕を見せながら、若い兄ちゃん──マティアスはケラケラ笑う。

 成長する義手?! そんな事聞いたことない!

 言われて彼の義手をマジマジと見る。

 前に、砂漠の国で金属でできた義肢などを見たけど、またコレは違うモノなのかな?

 アレも魔力で動いてるといってたけど、こっちは──成長する?!

「義手をつけてくれたのは俺が11歳の時だっのに、俺が大きくなったら一緒に大きくなったんだ。面白いだろ? セシーリアって凄いよな」

 確かに凄い……

 僕はてっきり、薬草などに精通しているだけだとばかり思ってた。

 なんでもできちゃう凄い人だったのか!

 でも、この凄さが村人に畏怖を与えた理由なのかもしれない。

 何事にも精通した歳をとらない女性──

 うん、僕も女神様として崇めるな。

 その尊敬、羨望、畏怖、それによって出来た距離が、セシーリアにはきっと辛かったのだろう。

 なんだかちょっと切ないな……

 僕は、口の端を持ち上げてシニカルに笑う彼女の顔を思い出す。

「僕は……セシーリアといえば、あの猛烈にマズイ病人食ですね。あれは拷問かと思った……」

 セシーリアについて真っ先に思い出したのがソレだった。

 それぐらい……あの病人食は衝撃的だったよ……

 僕の言葉を聞いて、マティアスは大笑いする。

「分かる! 俺も食わされたよ! アレはキツかったなぁ……でも、完食するまでテーブルを離れる事を許さないんだよな!」

「そうですそうです! 僕は最初自分では食べられなかったんで食べさせてもらってたんですが、容赦ないんですよね! 器が空になるまで止めないんですもん。無理矢理飲み込みましたよ。味わうと吐きそうになるので」

 二人で大笑い。

 マティアスはセシーリアの思い出を、さもこの間あったかのように話した。

 そういえばセシーリアもだ。

 きっと、それぐらい大切にしてきた思い出なんだろうな。


 そう楽しく話しているうちに、村へと到着した。

 ただ、この地域は太陽がなかなか沈まない為、まだ辺りは明るい。今がどれぐらいの時間なのか分からなかった。

 村のお店は既にやっていなかったようなので、それなりの時間だったようだ。

 僕たちはマティアスの家へとそのまま向かった。

 見覚えのある家へと到着する。

 僕はここの納屋を借りたんだ。

 その時は、貸してくれた若い兄ちゃんと、まさかこんなに仲良く話すようになるなんて思わなかった。

 今度は、納屋ではなく母屋へと案内された。

 家の中に着いて荷物を降ろして装備を解く。

 その間に、マティアスは暖炉へと火を入れていた。

 その間、僕は部屋の中を見回して──


 少しだけ違和感を感じた。

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