邂逅 ~見つけた彼女は~

 もしかしたら宿に戻ってるかも──そんな淡い期待も、見事に打ち砕かれ。

 その日の夜遅くまで探し、次の日は朝日が昇るとともに町中を探した。

 念のため、街の自警団にも尋ねてみたけど、今のところ、ミンシアのような人が何か事件に巻き込まれたという話はないとの事だった。

 結局、昨日と同じであまり手がかりのないまま、僕とラッツは途方にくれた。

 分かってることは、宿屋にはあれから一度も戻って来てないこと。

 僕と最後に別れた場所以降の手がかりがないこと。

 ほんとに、ただそれだけだった。


 僕とラッツは、街の北端、オアシスを望める小高い丘の上──崖の縁にいた。

 街からは少しはなれていて、ここには街の雑多な音が聞こえてこない。

 ここからだと、街がどんな風にできているかが、とてもよく見えた。

 オアシスは大きくて、その南側に、闘技場とそれを囲んだ形で街が存在してる。

 街を囲む塀が、ぐるりと街をおおっていて、両端がオアシスにくっついてる。

 オアシスと街を合わせると、ひょうたんみたいな形だった。

 ──あそこのどこかに、ミンシアがいるはずなのに──

 オアシスの水気を少しだけ含んだ気持ちよい風が、僕とラッツの間をすり抜けて、空へと吸い込まれていく。

 太陽が落ち始めている為、空はキレイな茜色になっていた。

 が、僕とラッツは沈んだままである。

 崖の縁に、お互いに横に並びながら座って──言葉が出てこない。

 心配──どうしよう──てがかりなし──行き詰まり──独りにしなければ──後悔。

 そんな言葉が僕の頭の中で、しつこいぐらいに反芻されていた。

「ティム、そんな顔しなくていい。俺はお前のせいとか、そういう風には思ってないから」

 僕が俯いたまま動かないのを見て、ラッツが、僕の頭をわしわしと撫でた。

 びっくりして顔を上げると、少しだけ、ほんとに少しだけ、いつもの笑顔が戻ってた。

 でも正直、面と向かって怒られた方が──『お前のせいだ』となじられた方が、何倍も楽だったのかもしれない。余計に自己嫌悪に陥ってきた。

 ラッツは、気を使って僕に優しい声をかけてくれている。

 たぶん、少し落ち着いたんだろう。苦笑っぽいものを浮かべてた。

 結局、僕はまた下を向く。もう、ラッツの顔を見るのが申し訳なくて。

 そして、また沈黙──

「じゃあ、俺は闘技場に戻るわ」

 ラッツは立ちあがって、一度だけ僕の頭をわしっと撫でる。

「明日、試合があるんだ。──本当ならミンシアを探したいが、試合を放棄すると莫大な違約金を支払わされちまう。ま、それよりも何よりも……『男が約束事を違えるな』って、ミンシアから鉄拳制裁いただいちまうからな。

 ──心配しすぎんな。ミンシアは、ただ攫われるような女じゃねぇ」

 最後の一言は、まるで自分──ラッツ自身に言い聞かせるような言い方だった。

 心配なんだ。

 でも、やらなくちゃいけない事もある。

「明日、僕がなんとしても探し出すから! 探し出すから──明日も勝ってね!」

 僕は、一人で丘を降りようとするラッツの背中に、力強く言う。

 すると、ラッツは横顔で、にかっと笑ってみせてくれた。


 次の日。

 ミンシアを探し始めて三日目。

 僕は、朝早くから宿を出て、宿から闘技場までの間を、重点的に聞き込み調査した。

 まあ、色々悪い事ばかりが頭に浮かんできて、眠れなかったんだけど。

 僕とミンシアが別れた場所にある屋台、辺りを歩いてる主婦の方、子供たち、荷降ろししてるあんちゃん、日陰で微睡むおじいちゃん、そこにいる人たちほとんどすべてに。

 けど、やっぱり有益な情報は得られなかった。

 でも、何も気がつかなかったという事は、少なくてもここいらへんで何かあったわけじゃないんだ。ラッツの戦いの事もあるし、僕は闘技場に的を絞って、探す事にした。

 闘技場に着いてまず、いつもどおり受付のおっちゃんに挨拶した。

「ミンシアちゃん、見つかったかい?」

 僕に賭け券のプレートを渡しながら、おっちゃんが少し心配げに声をかけてくれた。

 僕は笑顔で、大丈夫ですよ、とだけ告げる。

 それで察したのか、おっちゃんはそれから何も言わなかった。

 入り口に立つ、警備員のおっちゃんにプレートを見せ、闘技場の中へ。

 ラッツの試合が始まる前に、僕は警備員のおっちゃの目を盗んで、こっそりと裏へまわって、ミンシアがいないかどうかを探し始めた。

 しかし、こっそりなので聞き込み調査ができない。

 僕が一人でこんな所を歩いてるところを見つかったら、すぐにでもつまみ出されちゃう。

 人の気配がしたら物陰に隠れて、いなくなったのを見計らって辺りを探索。

 そんな事を繰り返していたんだけど、やっぱり聞き込み以外ではまったく成果が出ない。

 結局何のヒントも見つからないまま、僕は観客席へと向かうのだった。


 客席に着いたら、丁度ラッツの試合が始まるところだった。

 今日の対戦相手は新人らしい。

 歳若い男の子で、二本の大振りなダガーを構えていた。

 ラッツは、いつもの剣を中段に構えて、相手との距離をとっている。

 今日は人間同士の戦いなんだ……人間同士の戦いは、相手が『まいった』を宣言するか、試合不能になった時点で決着となる──が、どうしても、どちらかが大きな怪我を負ってしまう──僕はそういうのは苦手なんだけど、この国ではとても人気があるらしい。

 やっぱり、人間同士の方がハラハラドキドキが強いからかな?

 試合開始の合図とともに、ラッツが地面を蹴る。

 中段の剣を振り上げ、相手の右肩口に向かって振り下ろす!

 すると、少年はバックステップでそれをかわし、大きくジャンプ。

 くるっと一回転して、ラッツの頭上に二本のダガーを突き出した!

 ラッツは剣で、少年もろとも、ダガーをはじいた。

 少年は大きく横に吹き飛ばされる。

 しかし、ごろごろと転がってすぐに起き上がると、身を低くして素早く地面を蹴り、ラッツの懐に飛び込もうとしてきた。

 ラッツは剣を斜めに構え、それを向かえ撃つ!


   たいせつな あなたのために あたしは 歌い続ける すべて かれるまで


 ラッツの体が一瞬強張った。

 それを少年は見逃さずダガーを振るう。

 ラッツはハッとして避けようとしたが間に合わず、ダガーはラッツの右腕を浅く薙いだ。

 ──今のは、僕の空耳じゃないッ?

 僕はびっくりして、辺りを見回す。

 今のは、今のはミンシアの歌だよねッ?

 どっから聞こえてきたッ?


   いとしい あなたのために あたしは 生き続ける すべて なくすまで


 やっぱり聞こえた!

 僕はその音のもとに、人ごみを掻き分けて向かう。

 ちらりとラッツの方を見ると、少年が両手で繰り出すダガーの猛攻撃に、防戦一方だった。

 いつもの覇気が見えない。

 ラッツにも聞こえたんだ! 今の歌が!


   涙は風に溶け 声は海に沈み あたしは ここで


 僕が音の出元にたどり着く。

 しかし、そこにはミンシアではなく、ポールとそのてっぺんにくくりつけられた、鉄の箱があるだけだった。

 あれって……ラジオ? 確か、アナウンスとかを闘技場全体に響かせる為の──

 って事はッ!

「うおおおおお!」

 ラッツが吼えた。少年のダガーを大きくはじく。

 少年が後ろによろめいた所で、前に大きく踏み出した!

 ばっしんッ

 物凄い音。まるで鉄板に何かがぶつかったような音。

 ラッツは、少年を叩っ斬るのではなく、剣の腹で少年の体を思いっきり横から叩いたのだ。その凄まじい勢いに、少年の体が横に思いっきり吹っ飛び、少年はそのまま砂の上で動かなくなってしまった。

 ──たぶん、気絶したんだ。

 ラッツは、左腕を大きく掲げる。

 ブーイングと歓声が、同時に観客席に巻き起こった。

 僕は喜ぶ余裕もなく、ラッツが舞台から下がって行くのを見て、選手控え室の方へと、いつも以上の猛ダッシュで向かうのだった。


 裏に無断侵入した僕が、途中で警備員さんにとっつかまり、正座させられてとつとつと説教されている時に、選手控え室から出てきたラッツが助けてくれた。

 そして、そのまま──闘技場運営者の部屋への向かう。

 ラッツは、試合が終わったままで来たので、剣をたずさえている。

 さっきの少年のダガーで傷つけられた右腕からは、まだ真新しい血が滴っていた。

 でも、ラッツは意に介さない。

 物凄い険しい顔をして、大股で歩く。

 僕も、その後ろにくっついて行った。

 ドキドキする。

 ──ワクワクとか、そういうのではなく──嫌な予感による緊張。

 ──どうか、どうか、最悪な事態だけは免れていますように──

 そして、目的地──闘技場運営者の部屋──にたどり着く。

 その扉の前には、槍を持った、強面の兵士二人が立っていた。

 ラッツと僕が、構わず扉に手をかけると、その兵士がラッツを槍で制する。

「許可のない者は通すなと言われている。出直して来い」

 兵士の淡々とした口調。

 しかしラッツは、その槍をつかみ、ぐいっと相手に押し戻した。

「消えろ」

 ラッツの口から、今まで聞いた事ないような、地を這うような低い声が発せられた。

 それは殺気のようなものなのだろうか?

 後ろにいた僕ですら、その声に縮み上がった。

 しかし兵士たちは一瞬たじろいだだけで、槍を更にラッツに押し付けようとする。

 今にも、三人が殴り合いを始めそうな雰囲気を漂わせた時──

「通していいよ~」

 部屋の中から、緊張感のない間の抜けたような声が聞こえた。

 そんな場違いな声に、兵士たちは舌打ちして槍を下げる。

 ラッツは、兵士二人を一切無視し、すぐに扉を開け放った。

 部屋の中は、昼間であるにも関わらず、カーテンが閉められているのか、薄暗かった。

 スタンド型のランプが一つ灯されているだけなので、中がハッキリと見えない。

 しかも、何かのお香が炊かれているらしく、むっとした匂いが部屋に立ち込めていた。

 気持ち悪くなりそうなのを我慢して、僕とラッツは部屋の中へと踏み込んだ。

「ようこそ~。試合、また勝ったみたいだね~。よかったね~」

 ちっとも『よかった』と思ってなさそうな声が、どこからかする。

 部屋が薄暗いので、声の主がどこにいるか分からない。

 段々と目が慣れてくると、部屋の様子が少しずつ見えてきた。

 壁際に立ち並ぶ本棚。

 変な模様の分厚いカーペット。

 変な配置で置かれた棚には、僕の見たことないような、用途すら分からないようなものが、乱雑につっこまれている。

 部屋の隅に、大きくて重厚な机が置いてあったが、声の主はそこにいない。

 僕とラッツは首をめぐらせて、相手を探した。

 ──僕の前に立つ、ラッツの体が硬直したのが分かった。

 僕は、ラッツが凝視する先を見ようと身を乗り出し──


 ミンシアの姿が目に入った。


 ミンシアが、部屋の右側の壁際に立っている。

 僕と別れた時とは違う、白いドレスのようなものを着て。

 少し伏しがちな目で。

 少し上体を前のめりにして、不自然に右ひじを曲げて。

 まるで、何かをする途中のように。

 無言で立っている。

 入ってきたラッツや僕には、まったく気がつかない様子で。

 ──というか、どうして、あんな微妙に辛そうな格好で、動かないんだろう。

「どう~? キレイでしょう? ミンシアだよ~」

 ミンシアの向かい側に、いつか闘技場の裏の廊下であった、痩せぎすの男が立っていた。

 ぐるりと首をめぐらせて、僕たちの方を見る。

 目が相変わらずギョロついてて、青白い顔には、気持ち悪い異様な笑みが浮いていた。

 にぃっと引き絞ったような口で、妙にカンに触る声で、その男がぼそぼそと話す。

「このドレスはね~。ミンシアが僕の元を来た時用にって、用意しておいたものなんだ~」

 まるでしゃっくりのような笑い方。

 くっくっくっと肩を震わせて、再びミンシアの方へと向き直った。

 ミンシアの着る白いドレスに手をかけようとして──

「汚ねぇ手でミンシアに触るんじゃねぇ!」

 ラッツから怒号が飛んだ。

 僕はその声の勢いに、ビクリと震える。

 しかし、男はまったく気にしない様子で、そのままドレスをフワリと撫でた。

「なんで僕より、こんなガサツな男なんかの方がいいとか言うんだろうね~?」

 首を捻る──というより、首を傾けるという表現が合いそうな感じで、男はまたボソリ。

 僕とラッツを完全無視である。

「ミンシア! 帰るぞ!」

 完全に気分を害したラッツは、ずかずかと部屋の奥へと進む。

 かちり

 その時、何か変な音がした。

 訝って、ラッツが足を止める。

 僕も、ラッツの横で、その変な音の出所を探した。

 きしきしきし……

 また、音が。

 今度は、扉の蝶番が軋むような音。


   たいせつな あなたのために あたしは 歌い続ける すべて かれるまで


 今まで、まったく動く気配すら見せていなかったミンシアが、急に歌いだした。

 不自然に曲げた右腕を前に突き出し、今度は左腕を胸の前に。

 ゆっくりゆっくり。

 ──何か、変だ。

 なんだろう、なんだろう!

 なんか嫌な予感がする!

 物凄い嫌な予感!


   いとしい あなたのために あたしは 生き続ける すべて なくすまで


「ミンシア……?」

 ラッツが、今までの覇気をすっかり無くして、恐々と、ミンシアに声をかける。

 しかしミンシアは応えない。

 まるでラッツが目に入っていないように、歌い続ける。


   涙は風に溶け 声は海に沈み あたしは ここで


「ミンシアッ!」

 ラッツの体が震えてる。

 ラッツも気がついた。

 彼女の違和感に。

 ミンシアはこちらを見ない。

 伏せがちな目は虚ろ。

 無表情に。

 キシキシと音をたてながら。

 綺麗ではあるけど、音階をなぞったかのような。

 感情の篭らない声で。

 いきなり歌いだす。

 そうとしか動けないように。


 まるで──人形のように。


「ミンシアは本当に頑固だよね~。闘技場に来たから、僕の部屋に案内して、ここで歌を歌ってってお願いしたのにさ~。絶対に嫌とか言うんだよ~。私の歌は個人の所有物じゃないから、自分が望まない所では歌わないって~」

 痩せぎすの男は、ミンシアの顎を掴み、彼女の顔を上向かせる。

 ミンシアは構わず歌い続ける。

「ひどいよね~。こんなに愛してるのにさ~」

 よく見ると、ミンシアの白いドレスの裾の下から、何本ものパイプが這い出てる。

「どうしても歌が聴きたかったからさ~歌ってくれるように改造したのにさ~」

 ぎょろりとした目が、ラッツと僕に向く。

 男は残念そうな顔。

「これじゃあ、蓄音機と変わらないよね~」

 オートマータ。

 僕の脳裏に、ふとその言葉が蘇る。

 機械仕掛けに改造された人間。

 機械仕掛けの人間。


「うわああああああああああ!」

 その叫び声が、自分からあがったのかラッツからあがったのか分からなかった。

 僕はその場にへたり込んだ。


   あなたを想い あなたの影を抱き あなたを愛し あなたのために


 目の前の、ミンシアだった物が、無感情に歌い続けてる。

 ラッツが動いた。

 剣を抜き、振りかぶる。


   あなたがあたしを忘れても あたしはここで 想い続ける


 目の前に舞散る赤い飛沫。

 部屋にこだまする断末魔。

 どさっと、何かが床に倒れる音。


   だから いつか思い出して あたしは ここで あたしは ここで


 部屋に、何人もが雪崩れ込んで来て、僕の脇を駆け抜ける。

 ラッツが、振り向きざまに剣を薙ぐのが見えた。



   あなたのために 歌い続ける

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