第三章 Absolute Beginners

第三章 Absolute Beginners①

 どうやらホールデンは知らない間に社員になっていた様だ。

 それもあの一流会社インクであるラロケット・インクの社員にだ。

 まどいながらラロケット・インクの建物がある第1区画のはんがいへと向かう。

 にぎやかなざつとうに入ると人々のけんそうまぎれる。様々な商業系会社インクの店が建ち並ぶ通りから1つ路地裏に入った場所にラロケット・インクの建物はあった。

 ホールデンはおそるおそる扉を開く。すると、目の前の受付のれいな女性が気づき声をかけてくる。


「ラロケット・インクへようこそ。私は受付のメリー・ルウです。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 営業スマイルだが、彼女の持つゆるやかな雰囲気のせいか非常に癒されるがおであった。


「え、えっと……あの……その……」


 ホールデンはそんなメリーの雰囲気にのまれしどろもどろになる。


「あっ! もしかして新入社員の子かな?」


 そんなホールデンの様子を見たメリーは先程までの事務的な口調を改め、じやつかんくずした口調で話しかけてくる。


「あっ、えっと……そ、そうだと思います……」


「『そうだと思います』って、なんで自信がないのかな」


 メリーはくすくすと笑う。


「その、これにはやんごとのない事情がありまして」


「名前教えてくれるかな? 調べてみるからさ」


 ホールデンは自分の名前を告げる。すぐにメリーは自分の履歴書ウオークオブライフを顕現し、調べ始めた。


「ええっと……あったあった! ホールデン君はちゃんとウチの社員に登録されているよ」


「……本当だったんだ」


「えっ?」


「あっ、いえこっちの話です」


「そっか。それにしても初日からこくなんておぼうさんだね」


 くつたくのないじやな笑みで「めっ!」なんてファニーな仕草でホールデンをたしなめた。そのあまりに可愛かわいい仕草にホールデンは完全にノックアウト寸前であった。


「す、すいません」


 顔を赤らめ、ホールデンにしてはめずらしくなおに謝罪の言葉を口にする。


「うんうん。人間だもん、だれでも寝坊はするよね。かくいう私も今日5分だけ遅刻しちゃったよ。おたがい気をつけようね」


 メリーは微笑ほほえみ、ホールデンのかたに両手を置く。ホールデンの心音は急速に高まった。

 そのしゆんかん、ホールデンのひとみももいろに染まる。

 ホールデンは自然な流れで己の手をメリーのこしに回す。


(ま、まずい! これはあの時のスキル《女殺しジゴロ》……)


「はっは。お互い遅刻なんて運命を感じずにはいられないよ」


(コイツ、こないだ運命はちんとか言ってなかったか?)


「? 運命?」


「そう! 運命さ! 君みたいな愛らしい子と同じ日に遅刻したなんて運命以外当てはまる言葉が思いかばない! 考えてもごらん。このゆうきゆうときの中で同じ『遅刻』というがいねんを共有したんだ。もはや他人とは思えない」


(なんなんだよ! 『遅刻って概念を共有した』って誰か俺に説明してくれよ!)


「概念???」


 メリーは頭上にいくつものクエッションマークが出現したように小首をかしげた。


「君は考えなくてもいいんだよ。このボクにすべて身を任せて」


 ホールデンはいていたメリーの肩を引き込むと、そのくちびるおのれの唇を近づけた。


(このダボが! なんでこいつはすぐにキスをしようとするんだよ!)


「あっ、もう始まっちゃう! こっちこっち!」


 そう言うとメリーはホールデンのうでを外し、手を引っ張りどこかに向かう。


「はっは! 奥ゆかしいな。こんな公衆の面前ではそのお宝クチビルはお預けと見えるなねこちゃん。一体このボクをどこにさそってくれるのか今から楽しみだよ。ボクとしては夜景の綺麗な場所でどう酒なんかをたしなみながら君の可愛い笑顔をさかなに……」


 ホールデン(ジゴロVer.)が何かおぞましい事をつらつらと語っているうちにメリーは目的の新入社員説明会会場に辿たどり着き、そのまま部屋の中にホールデンを入れる。


「ここだよ。ギリギリ間に合ったかな。それじゃあホールデン君またね」


「はっは。ここが君と僕の愛の巣ってわけだね。さぁはじめ………うん?」


 ホールデンの心音が一瞬で元にもどり《女殺しジゴロ》の効果がれる。


「愛の巣? 貴様何を頭がいた事を言っている」


 みるとそこは大きな会議室の様な場所で、部屋の奥のホワイトボード前にいる背の高い女性があきれた表情でホールデンを見る。


「……お、おはようございます」


 ホールデンはとりあえずといった感じであいさつをする。

 そこにいた新入社員10人がいつせいにホールデンの方に向く。

 ホールデンが部屋の中をわたすと、その中に見知った顔が2つあった。

 1つがサリー・バーンズ。ホールデンを見るとにゆうな笑顔を浮かべ、手を上げていた。

 そしてもう1つは……


「アナタは……」


 その人物はあまりにもおどろいたのか、立ち上がるとホールデンへ指を差した。


「げっ! メグ・フラワーズ……」


 メグは、ホールデンにえんまなしを向ける。

 ホールデンはごく居づらそうに後ずさった。あんな事をしてしまった負い目がホールデンの心中をぐちゃぐちゃにかくはんしゆうと自己けんが一斉に責め立ててきた。


「誰だ貴様は? ウチになんの用だ?」


 カツカツとゆかを鳴らし、ホールデンの方に近づいてくるのは、さきほどの背の高い女性だ。


「ホールデン・ドハーティです……」


「ああ。あの【遊び人】の〝最年少借金王キングオブライアビリテイ〟か。で、その【遊び人】がなんの用だ?」


 を言わせぬするどい目つきでホールデンをく。


「い、一応ここの社員になってるみたいなんですが……」


「はっ!?」


 メグはきようがくの声を上げる。


「静かにしていろフラワーズ」


 そうメグはたしなめられると、「ぐぬぬ……」なんてくやしそうに着席した。


 その場にいた新入社員達はホールデンがラロケット・インクの社員だと告げると、にわかにさわがしくなる。


「静かにしろ! 私語を許した覚えは無いぞ」


 背の高いれいじんが鋭い声でしつせきすると、一様にだまりこくった。


「社員だと? ……知らんな。私は何も聞いていないが」


 ホールデンに向けた声には、あつとう的なあつかんきよを許さないふんかもし出されていた。その雰囲気に飲まれホールデンが何も言えないまま、後ろのとびらが開いた。

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