第四章 Time For Heroes⑤

(ああ? 一体どういうこったぁ。全部、俺とうりふたつ……見よう見真似のレベルじゃねぇ)

 

リチャードは構えながら目の前にいる【遊び人】が不気味に見える。今の打ち合い、お互いにただの1打も有効打がなかった。リチャードの秘孔はすでに起動しており、1打でも入ればホールデンは再起不能なダメージを負う事になる。


「お得意のうすら笑いはどうしたんだよ」


「テメェ……次のいちげきで殺してやる」


「気が合うな。俺もそのつもりだ」


 2人の拳と拳が激しくぶつかり合う。お互いの拳がきしみをあげるのもつかの間、共に連打を繰り広げた。その1打1打が相手の体を穿うがつ事無く、拳同士にさくれつする。そこに蹴りを織り交ぜるがそれも全てお互いの蹴りにはばまれてしまう。その連打の最中リチャードはある疑念が頭をよぎった。ここまで自分と同じ重さ、速さ、そしてわざきつこうする事はありえない。もしかすると、この【遊び人】が先ほど使用したスキルというのは……。


「何か気づいたみたいだな。だが……これでいだ!!」


 連打中にもかかわらずホールデンはスキル名を唱えた。


摩訶鉢特摩プロビデンステクニクス


 拳が青白いりんこうおおわれ、リチャードの体の様々な場所に印が見える様になる。


「ば、馬鹿な……それは、そ、そのスキルは……俺の!」


 リチャードのきようがく如何いかほどだっただろうか。《摩訶鉢特摩プロビデンステクニクス》はリチャードのスキルの中で最上位のかい力を持つ切り札とつておきであった。それを自分以外の者が放ってくるなど、想像のらちがいの出来事だろう。

 リチャードはすぐさま回避行動に移るが──


おそい!!」


 ホールデンはげつえいへとかぎきを打ち込んだ。


「ぐぉ!」


 そこからは流れる様にかちかけじんちゆうけんてんどうかすみらいちゆうきゆうえりしたけんせん、《しき》こつこつだんちゆうきようせんはとうんげつうんいなづまでんこうすいげつじようかんちゆうかんらんもんみようじようてんなんちゆうたんでんかんげんみようけんこうわんくんふくこうけつかいいんかいけいこうだいいんせんりゆうようかいと人体に存在する40ヶ所の急所に無呼吸で拳と蹴りをたたき込む。

 リチャードはうめき声すら出せず、やられるままであった。《摩訶鉢特摩プロビデンステクニクス》のおそろしい所は一撃らってしまうと、そのまま残りの39ヶ所へのこうげきが、防御できないまま全てもらってしまう事にある。それも40ヶ所1じゆんではなく、これが10回繰り返されるのだ。

摩訶鉢特摩プロビデンステクニクス》が終わると、リチャードはその場に崩れ落ちた。


「……お前自身が辿たどっちゃいけない道筋ルートってやつを歩いたみたいだな」


 言葉を発した瞬間、ホールデンはスキルの副作用で体力がこそうばわれ、その場に座り込んでしまう。先程使ったイカサマゴトコインが近くに転がっていた。


イカサマゴトコインでもこういった使い方もあるんだな」


 そんな事を思っていると、動ける暗渠の宿のメンバーは一目散にげ出した。


「ホールデン君だいじよう……?」


 サリーは逃げたメンバーを追わずに、ホールデンにけ寄った。


「あ、ああ……なんとか」


「それにしても今のスキルは一体何……?」


 ホールデンは息を整えるので一杯だったので、返答の変わりに己の履歴書ウオークオブライフを差し出すとそのスキルのページを差し出した。


「こ、これは……」


通常スキル 《ものまねフエイカー


効果    対象者の職業ジヨブ、ステータスの完全ほう。模倣した職業ジヨブのスキルは一度だけ使用可能

発動条件  じゆもんえいしよう


 サリーはそこにさいされていたスキルの能力を見て絶句した。あまりにも強力であったからだ。そのページにくぎづけになっていると、リチャードが不意に立ち上がり一目散に逃げ出した。ホールデンはすでに余力がなく、追う事ができなかった。


「アレを喰らってまだ動けるのか……」


「……《摩訶鉢特摩プロビデンステクニクス》が当たる瞬間、やつは自分の回復の秘孔を数回押していたのが見えた。動けはするだろうが、戦う事はしばらくできないはずだけどな」


「任せて! あれだけ深手を負っているなら僕でもなんとかなる!」


 ホールデンは呼び止めようとしたが、サリーは追って行ってしまった。

 ためいきくと、転がっているあんきよのメンバーを動けない様にしばる。

 しばらくすると会社インクからおうえんがやってきた。じようきようをざっくりと説明したところで、ホールデンは安心したのか、一瞬で意識を手放してしまった。



    ◆◆◆



 意識はもうろうとしていた。ホールデンは軽くかくせいをしていたが、まだ体力がもどっておらず体は動かせないでいた。体に当たるかんしよくかんがみるにベッドに寝かされているのだろう。そこで、自分の真横に人の気配がある事に気がついた。


「……君のおかげで助かったよ。ちゃんと起きている時に言うのがれいだとは思うけど……今日はアリガト」


 その声は一体だれであろうか? はんな覚醒のため、ホールデンの脳みそは上手うまく機能していないようで、声の正体が誰かわからなかった。しかし、その声は心の底からホールデンに感謝と尊敬の念をいだいているようであった。

 そうして再びホールデンはねむりについた。



 ──どれくらい眠っていたのだろうか。ホールデンが目を覚ますとそこは会社インクの医務室のベッドであった。窓からは月明かりがあふれていた。視線をかべにかかっている時計に移す。時刻は12時手前。10時間以上も眠ってしまっていた様だ。《ものまねフエイカー》を使用した反動だろう。体のあちこちが悲鳴をあげていた。り傷や切り傷等の外傷がなくなっているところを見るに回復系のスキルで治してくれたのだろう。


「いっつつつ……」


 とはいうものの、体のダメージが全て無くなるわけではない。

 なんとか体を起こす。すると、ホールデンのあしもと付近に覆いかぶさる様にしてメグが眠っていた。すぅすぅといきを立てている。その寝顔はあり得ないほどかわいく、ホールデンはしばらく見とれてしまっていた。

 静かに足を引きき、ホールデンは近くで観察しようと顔を近づけた。


「ううん……」


 お互いの顔が10センチの位置に来た時にとうとつにメグの目が開いた。

 ちんもくが2人を覆った。

 元々静かだったのだが、世界中のあらゆる音という音が消失したかのようだった。

 まだ半覚醒なのか、目をシパシパさせている。


「や、やは……静かな夜ダネ……月がれいダヨ」


 と、意味不明な事をお互いのくちびるれそうなきよでつぶやいた。


「な、な、な、な、ナニしようとしてんのよ! この遊び人!!!!」


 さけび声とセットで平手打ちが飛んできた。ほおが打ち抜かれるかわいた音がひびわたった。


「いってぇな! 人なんだからもっと手加減しろよな! それに今遊び人は関係ねーだろうが!」


「……そもそもあんなに顔近づけてきたのはアンタでしょ。一体なんで顔近づけたのよ?」


「い、いやぁ……」


 ホールデンはあせを垂らす。


「その、まぁ、なんというか……寝顔が可愛くなくもないかなって……」


「はぁ、何言ってるの? シンプルに気持ち悪いんだけど」


「ぐっ……」


 ホールデンは顔を引きつらせた。確かに寝顔がかわいいなんていう理由で好きでもない男に近づかれたら気持ち悪いと言われて当然だ。セクハラだと言われてまたうつたえられてもなんら不思議ではない。そうなったらまた損害ばいしようで借金が増えてしまう。負の思考がホールデンをからめとり、歯をガチガチ鳴らしながら視線をシーツに落とした。


「……ったの?」


「えっ?」


 メグはいつの間にかホールデンの方に向き何かを言っていた。その顔はほんのりと紅潮し、ギュッとおのれひざうえこぶしにぎっていた。


「だから! 私の寝顔……アンタは見とれるくらいかわいかったの?」


 ホールデンはその問いに面喰らう。


「ま、まぁ……かわいくなくもない……的な……」


 自分で言っておいてなんだが、ホールデンはみようずかしくなる。


「そ、そう。アンタに言われても全然、じんも、全くうれしくないけどね」


「……じゃあ言わせんなよ」


 しかしそう言っているメグだが、金色のかみをクルクルともてあそびながら視線を泳がせている。

 なんにせよこのふんなら訴えられる事もないだろう。ホールデンは内心ひそかに胸をで下ろした。そこでホールデンは話を蒸し返されないように話を変える。


「……で、フラワーズは何でこんな時間まで残ってるんだ?」


「えっ? ああ……それは……ええっとね……」


 メグはモゴモゴと言いよどみ、視線を地面に落とした。


「そんな変な質問だったか?」


「あぁっ、もうっ! うるさいわね!」


 ボカン、とホールデンの頭をしたたかに打ち抜いた。


「ってぇ!! 怪我人になんて事するんだよ!」


「……がと」


 ホールデンが何かわめき散らしていたどさくさにまぎれ込ませ、メグは何かをつぶやいた。


「おいおい、メグひめ様。王族は礼を言う時に、聞こえない様にって教え込まれてるのか?」


 しかし耳のいいホールデンは礼を言っているのがなんとなく聞こえてしまったために、メグにわざとらしく強い口調で言う。


「くっ……あ、あり……」


 ホールデンは散々つらくあたられていたので、今は自分が有利に立っていると思い顔をニヤけさせていた。


「さぁさぁ、早くその次を言いたまへよ!」


 するとメグはポカンと再度ホールデンの頭をしたたかに打ち抜いた。


「痛ってぇな! だから怪我人なんだからなぐるなよな!」


「うるさい! それだけ元気があればだいじようそうね」


 メグはそのホールデンの様子を見て微笑ほほえみながら言う。


「それじゃあ、私はここで失礼するわ」


 きびすを返し、出口に向かうメグ。そのメグの背中にホールデンは声をかける。


「なぁフラワーズ、こんな遅い時間だからいつしよに帰ろうか?」


 ホールデンの提案にじやつかん迷ったそぶりをするが、り向くとコクンとうなずいた。


「夜も遅いし、この時間【遊び人】の1人歩きは危ないから一緒に帰ってあげるわ」


「いや、それ本来俺のセリフだよな……」


 ホールデンはベッドから出ると、きしむ体をおして出口に向かった。

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