第四章 Time For Heroes⑥

次の日、会社インクに出社するとすぐにカースティに呼び出されたので専務しつ室に向かう。


「……ホールデン」


 すると声をかけられる。立ち止まり振り向くと、そこにはティアが立っていた。


「なんだ、ティアか。もう大丈夫か?」


「……りよう部で治してもらったからもう平気」


「おーそっかそっか! ホント、大した事なかったならよかった」


「……うん」


 相づちを打つとそのままだまり込んでしまう。いつものティアとちがい、何やら奥歯に物のはさまった様な印象を受ける。


「えっと……俺、カースティさんに呼ばれているからもう行くな」


 立ち去ろうとすると、ティアはホールデンの服のすそはしをつまむ。


「……待って」


 し目がちにティアは呼び止める。


「……昨日はありがとう」


「別に、そんな改まって言われる事じゃねーよ」


 ホールデンはティアに礼を言われるのが恥ずかしく、視線をらす。


「……それでも私が助かったのは貴方あなたのおかげ。だからお礼させて」


 ティアはしゆくしゆくと頭を下げる。だん、礼を言われ慣れていないホールデンはまどった。


「ま、まぁ、今度飯でもおごってくれよ……そ、それじゃ俺もう行くわ」


 ホールデンはそそくさとカースティの部屋に向かっていった。



「失礼します」


 ホールデンは9階にあるカースティの執務室に入室する。その部屋はカースティの性格を現しているかのように、細かいところまで整理せいとんされていた。


「そこに座れ」


 言われるがままにカースティの机の前にあったこしをかけた。カースティはホールデンが座っても何やらいそがしそうに書類に目を通しており特に話を始めるりがなかった。


「えっと……何か用ですか?」


 声をかけてもしばらくは書類から目をはなさなかったが、すべて見終わったのか、視線をホールデンに移す。


「今日呼んだのは昨日お前達が担当した案件についてだ」


「アレに関しては昨日ずっと寝てたんで、今から報告書を作ろうと思ってたんですが……」


「それなら問題ない。ヒューイットとフラワーズが昨日の内に作成したからな」


「そうなんっすね」


「まずはよくやったと言っておこう」


 険しい表情のままねぎらいの言葉を投げかけられる。


「あ、ありがとうございます」


「あのじようきようで全員無事でもどれたのはお前の功績が大きいだろう。おくさず、自分の力を信じ仲間を救うというのはなかなかできないこうだ」


 カースティの普段の性格を考えると望外のめ言葉であろう。


「今回依頼達成難易度クエストアツプ1という見込みだったが、職業価値Sの敵がいた事をかんがみて依頼達成難易度クエストアツプ3に上げる。それに加えて、お前には報酬額インセンテイブ以外にも会社インクから特別ほうしよう金を出す事に決めた」


「えっ、まじっすか?? ちなみにいくらですか??」


 ホールデンは前のめりになり、がっついた。


「金額は……1500万ルードだな」


「ヒャッハー!!!」


 ホールデンは立ち上がるとガッツポーズをとった。


「うるさい、黙れ。さわぐと減額するぞ」


 そのおどし文句にホールデンはしゆんに口をつぐんだ。


「ウチはこの間も言ったが、実力至上主義だ。結果を出したやつにはだれにでも報酬を出す。くだんのリチャード・ケリーは国際指名手配中ブラツクリストだった。それもジョン・ドゥ・インクのけいやく社員だったみたいだな」


 ジョン・ドゥ・インクはルードワルド全域で活動する非合法の会社インクだ。正社員は全7人。け負う仕事は殺人、ぬすみ、ほう薬物、売買禁止げんじゆうの取引、とありとあらゆる裏の仕事を請け負う会社インクである。代表者がジョン・ドゥ名無しと名乗り、裏社会に絶大な力をしている。すさまじいのは全員大逆無道の職イービルジヨブであるという事だ。ホールデンはリチャードのあの強さでも正社員でない事にきようがくした。


「まあ、そんな大物をがしたとはいえ1人でげき退たいした功績は大きい」


「やっぱり逃げられたのか……」


「バーンズが追ったのだろう? どうやら見失ってしまったらしい」


「あいつ、戻ってるんですか?」


 昨日部屋に戻ったが、サリーの姿が見当たらなかったので、若干心配していた。


「昨日夕方に戻って来たが、そのあと行方ゆくえを追うと言っていたな。発見は難しいだろう」


「深追いするなって言ったのになぁ……そういえばかんじんの指輪は見つかったんですか?」


「リチャードが経営していた質店から見つかった。奴は部下に金品のごうだつを命じてそれを売りさばいていた様だ。元がタダなのだから利益はバカ高だったろうな」


「……その手があったか」


「うん? 何か言ったか?」


「いやっ、何でもないです」


 リチャードの経営しゆわんというか発想をうらやましく思ったが、その思考を振りはらった。


「で、だ。ドハーティ。新しいスキルがここ数日で発現したみたいだな」


 カースティは自分の履歴書ウオークオブライフを出して、ホールデンのスキルのページを見る。


「この《ものまねフエイカー》というスキル、職業庁に登録してこい」


「登録ですか?」


「今のおまえには必要な事だと思うぞ」


「そうなんですか?」


「登録する事によって、お前の価値はちがいなく上がる。そうなれば会社インクの利益にもなりうるからな。それだけこの《ものまねフエイカー》というスキルはなものだ」


 スキルを登録するのは強制ではない。スキルを開示するというのはそれ相応のリスクが存在するからだ。同じ会社インクに所属していれば任意で、スキル、ステータスを見ることができるが、他社の者にまでスキル内容をあくされてしまうと不都合も多くなる。しかし、登録する事によってもたらされる利益もある。それは自分の価値を上げる事だ。様々な会社インクがそれを見てせきの話をもってくるからだ。移籍の話がでるというのは、確実に現状より良い条件で引きかれるという事である。そして現在在籍している会社インクはそれ以上の条件を提示して残ってもらうか、引き抜く会社インクから移籍させるための金額をもらうかをせんたくする事ができる。会社インクにとっては良い事ばかりではないが、ホールデン・ドハーティという使える人材がいるという大きな宣伝になる。


「わかりました。それじゃ今から行って来ます!」


 ホールデンは感謝の意をめて一礼をすると部屋を出て行く。


「──社長も人が悪い……」


 そんな言葉が聞こえた様な気がしたが、特に気に留めなかった。



    ◆◆◆



「このクソたぬきオヤジが!」


 ホールデンはえんきながら社長室のとびらやぶる。

 ホールデンがここまでキレているのには相応の理由があった。

ものまねフエイカー》のうわさまたたにクートヴァス中に広がった。

 それに合わせてジョン・ドゥ・インクの、契約社員をたおしたという話も出回って、予想通りホールデンには異例の条件で移籍の話が押し寄せてきた。

 中でも最高の条件が移籍金1億ルード、年棒2000万ルードであった。ホールデンは一も二もなくその話に飛びつく。しかし、いざ契約書にサインをしようとしたのだが、何度サインをしようとしても契約が成立しなかった。相手の会社インクの担当者に現状の契約書を見せてくれと言われ、それをかくにんするとなぜ契約ができなかったのかすぐに発覚した。


こうおつに対して10年間の就業義務が発生する。この10年間は如何いかなる場合においても乙の許可なく移籍、休職、退職は認められない。ただし、乙がかいの判断を下した場合はその限りではない』


 この場合、甲はホールデン、乙はラロケット・インクとなる。

 要は、ホールデンの意志では10年間ラロケット・インクをめる事も、ほか会社インクに行く事もできない。それらしく書かれているが、会社インクていのいいれいになると書かれているようなものだった。他の会社インクの担当者はホールデンをあわれな目でみると一言、「なんかがんって下さいね……」と言われ、ホールデンはひざからくずれ落ちた。

 そして社長室になぐり込みにきていたのだ。

 ホールデンの顔は世界中のあらゆる負の感情を一手に引き受けた様にすさんでいた。そのふんにも特に臆した様子がないヴィンセントはふところから煙草たばこを出し、火を付ける。


「のんきに煙草なんて吸ってんじゃねーよハゲ!!」


「おいおいどうしたんだ? えらい元気じゃねーかよ。それに俺はまだハゲてねーぞ」


 プカプカとえんくゆらせるその姿がさらにホールデンの激情をき上がらせた。


「うるさい! なんなんだよこれは!!」


 勢い良くおのれ履歴書ウオークオブライフを机の上にたたき付けた。


「なんなんだよって言われてもよぉ、なんなんだ?」


「この内容だと俺はラロケット・インクに10年間しばられるって事になってるんだよ!!」


「おお、だからどうした?」


 テンションマックスのホールデンとは違い、ヴィンセントは朝の珈琲コーヒータイムの様にリラックスしていた。


「だからどうしたじゃねーよ! ふざけんな! これじゃ、他に条件が良い所があってもいけないじゃねーかよ!」


「おお。そうだな」


「あああああ! 鹿にしやがって!」


 ホールデンはだんを激しくむ。


「そもそも、俺に言わせればいまさらそんな事を言われる理由がわからんのだが?」


「そんな話俺は聞いてなかった!」


「そんな事言われてもなぁ。ちゃんとこの契約書にはこうして書いてあるし。俺はちゃんと読んでサインしたものだと思ってたぜ?」


「あんなった状態でこんな細かい所まで読むわけないだろ!」


「大人なら契約書読んでませんでした、なんて事がまかり通るわけないだろ」


 ヴィンセントはひようひようと正論を言い放つ。


「聞いてなかったからこの契約書は無効ですって言うのは、借金して契約書を読んでなかったからチャラですって言ってる様なもンだぞ」


「うぐっ……」


 ホールデンからはうぐという言葉は出たがソレ以外の反論は全く出なかった。それに、あの時仮にこの件を知っていても契約以外の選択の余地はいつさいなかったはずだ。それが自分の状況が良くなったからって異を唱えるのはヴィンセントに対して義に反する行為だった。そんな簡単な事にも思い至らなかったほどホールデンは頭に血が上っていた。


「わかったみてーだな。それに悪い事ばっかじゃねーぞ。お前のスキル目当てで依頼が増えればお前にも金が入る事になる。ウチは歩合制だから頑張れば頑張った分だけ給料は増える。だから頑張れや」


 ヴィンセントの言う事は1つも間違っていない。それを理解した所からホールデンは何も言う事ができなかった。だまって部屋を辞する事しかできなかった。


「ちくしょう……だせぇな俺……」


 ホールデンの言葉は誰に聞かれる訳でもなくうすぐらろうに消えていった。

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