第五章 Wave Of Mutilation

第五章 Wave Of Mutilation①

数字というがいねんは不思議だ。

 人を生かす事もあれば、人を殺す事もある。

 幸せにする事もあれば、不幸にする事もある。

 指針になる事もあれば、迷わせる事もある。

 ホールデン・ドハーティ。よわい15の昼下がりの午後、己の履歴書ウオークオブライフさいされている数字をながめながらそんな事をぼんやりと考えていた。


[残高《マイナス》99億6450万ルード]


「はぁ……」


 ホールデンは今数字に殺されそうになっていた。もちろん精神的にではあるが。それは頭にマイナスがついてしまっていることに起因する。これがプラスであったのならどれだけ幸せになるのだろうかなどとせんの無い事を考えてしまう。

 ちなみに今日が、ホールデンが入社して3回目の給料日であったが、すでに手元には3万7830ルードしかなかった。毎月どれだけかせいでも借金の返済にあてられるが、生きていくためにこの金額のみ現金でわたしされる。返済のためすべてはクートヴァス・インクに入る様になっていた。


「はぁ……」


 何回してもきる事のないたんそくは周りのけんそうに消えて行く。しかし、ホールデンはたんにくれているだけではなかった。考え方を変えたのだ。どうせ辞められないし、せきもできないのであれば、ふてくされているだけでは一向に借金は減らない。ならば、歩合制というのを最大限生かし給料をじようしようさせようと考えた。

 この3ヶ月で様々ならいをこなした。ホールデンの《ものまねフエイカー》の噂もあり、指名で仕事が入る様になっていた。ホールデンは様々な職業ジヨブを《ものまねフエイカー》でコピーし、依頼をかんりようしてきた。そのたびにホールデンの名前は有名になり、給料も上がった。が、前述の通りいくら稼いでも借金の返済にあてられるので手元にはほとんど残らなかった。


「腹減ったな……」


 ホールデンは会社インクの近くの飯屋の前で、においだけ楽しんでいた。りようで朝飯がでるので、基本的に朝飯だけで生活していたのだ。


「相変わらずさもしいわね」


 と、スメルだけの食事をしているホールデンの後ろからメグが声をかける。


「ほっとけ。俺だって好き好んでこんな事やっている訳じゃない。あっちに行きやがれ」


 ホールデンはメグに向き合いもせず、ぞんざいにあつかう。


「はぁ……仕方がないわね。こんな事されたんじゃ、同じ会社インクの私まで品性を疑われてしまうから、1つ言うことを聞いてくれたらご飯おごってあげるけど?」


ひめ様、私は貴方あなた様の犬でございます。なんなりとお申し付けください」


 ホールデンはいつしゆんでメグにり向き、あしもとにかしずいた。


「……アンタ、プライドってモノはないの?」


「プライド? なにそれ?」


 みようほこらしげな表情のホールデンにメグはあきれ返っていた。


「まぁこんな所で立ち話もなんだから飯食いながらそのお願いってやつを聞く事にしよう」


「おごるのは今すぐじゃないわよ?」


「えっ!?」


「今日の夕方私の荷物持ちをした後ね」


「パシリかよ! 俺はお前のめし使つかいじゃねーんだぞ……」


「課長に買い物をたのまれちゃってね。量が多いから男手が必要なの」


「……そのかわり、店は俺に決めさせろよ?」


「問題ないわ。それじゃ、今日の17時に時計とう広場で待ち合わせね」


「わかった。17時な」


 そう言うとメグはどこかに行ってしまった。ホールデンは引き続き定食屋のかんこうから匂いだけをたんのうするのを続けた。



    ◆◆◆



 会社インクもどり、外注受注クエスト課のとびらを開くといつも通りたくさんの依頼者であふれていた。そんな中、ひときわ目立つ依頼者が一番奥の席についていた。格好は派手の一言にきる。上下赤で統一し、首からは金銀のあざやかにかがやくネックレスを下げ、指輪もダイヤ、エメラルド、ルビー、サファイア等々をはめていた。さながら歩く宝箱といったぜいだ。だが、派手な見た目とは真逆に、その表情はしようすいしきっている。そんな成金男をめずらしく課長が対応している。


「やぁ、ホールデン君お昼何食べたの?」


 と、横合いからサリーがいつものがおりつけホールデンに声をかけてきた。


「なんも食ってねーよ」


 ホールデンはあいなく言うと、サリーはかたをすくめた。


「それはまたどうして? ダイエットでもしてるの?」


 サリーに悪気は無いようだが、ひどく腹が立つ。しかし、ここでおこってもなエネルギーを消費してしまうのでグッとこらえる。


「……まあそんなとこだ」


「ダイエットは体に良くないからほどほどにね」


「ああ。きもめいじておくよ」


 そんな茶番の様なやりとりをしていると、先ほどの歩く宝箱の男が席を立ち部屋から出て行った。


「あの人、ヴァリス・ラニスターだね。顔色悪いけどどうしたのかな?」


「……有名なやつなのか?」


「あれ、ホールデン君知らないの?」


「ああ、あの身なりからして成金だってことはわかるけどな」


「一代で今のラニスター・インクを築いたやり手だよ。主に小麦粉とヒヒイロカネ、ミスリル、オリハルコン等の稀少金属レアメタルを輸出入している会社インクだね」


「なぜに稀少金属レアメタルと小麦粉?」


「飲食店も経営しているからじゃないかな? ラニスター・インクのパンは今大人気で行列ができているよ」


 パン屋と聞いてホールデンの腹は空腹を思い出したかのように鳴った。おのれなんじやくな腹にこぶしを1つ打ち込む。


「へぇ。そんな有名人がなんの依頼を持ってきたんだろうな」


「もしかしてラニスター氏のむすめゆうかいされて、そのだつかんかもね」


「……最近、誘拐が流行はやってるみたいだし、あのふんを見ればその可能性はあるな」


「そうだね。例の事件全然手がかりも何もつかめないみたいだよ」


 この3ヶ月で、クートヴァス内では誘拐がひんぱんに起こっていた。それも若く、容姿がすぐれている女性ばかりをねらった犯行である。クートヴァス連続美少女誘拐事件と呼ばれていた。クートヴァス・インクの治安部隊はもちろんの事、様々な会社インクもこの事件に着手しているのだが、いまだに何1つ手がかりすら見つかっていなかった。

 2人がそんな事を話していると、課長から招集がかかる。

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