第六章 世界は割れ響く耳鳴りの様だ⑥

 それはあり得ないことであった。生まれてから人は大なり小なり、罪をおかすものだ。しかし目の前の男には罪状が1つもない。可能性は1つだけあるが、それはあまりにも現実的ではなかった。


「あなたには……罪悪感がない……の?」


断罪の刻ジヤツジメント #1》は対象者の罪を使用するスキルである。その罪とは、必ず存在しなければいけない『罪悪感』に起因する。罪状がないという事は、サリーが生まれてからここまで罪悪感を1つも感じず罪を重ねていたということになる。なぜならば、どんな悪人も罪を犯せば大なり小なり罪悪感をいだくからだ。サリー・バーンズという男は何かが決定的に欠落していた。


「この世界は喜劇。なんて顔してんだ? 楽しい時は笑うもんだろ」


 ホールデンは気力を振りしぼ履歴書ウオークオブライフでサリーのステータスをかくにんした。



 ・サリー・バーンズ

 大逆無道の職イービルジヨブ奴隷商人The Dignity Trampled

 ステータス 力 2132 防 5432 速 5654 けん 6786  6565

 職業ジヨブ価値 S+



大逆無道の職イービルジヨブ……だと……?」


 ホールデンののうにカースティの言葉が思い起こされる。


大逆無道の職イービルジヨブいている奴とそうぐうしたら何をおいても


 そうカースティが言っていた。圧倒的な存在が目の前にいる。

 サリーは履歴書ウオークオブライフをめくると、地の底から響いてくるような声で先ほどと同じ詠唱をする。


[神は人の上に人を創らず、人は人の上に人を作り出す]


 弱者をいたぶる強者のえつに満ちた表情を浮かべながらスキル名を放つ。


力無き者リストリクシヨン


 ティアの体を黒いきりおおう。次いで履歴書ウオークオブライフが強制的に消えてしまった。


「かっ……は……」


 ティアは浅く息をき出すと、その場にへたり込む。


「ハハッ! 苦しい? なぁ? 苦しいからそんなおもしろい顔してるのか?」


 サリーはティアにヘラヘラと言葉を投げる。しかし、もんの表情を浮かべたティアは返答しない。サリーが今使用したスキル《力無き者リストリクシヨン》は対象者のスキルと行動を制限する能力だ。メグがスキルを使えなかったのはこのスキルのせいであった。


「ククク……アッハハッ! ヒヒ……ダメだ笑っちまう」


 その場にいるだれもが、なぜサリーが笑っているのか理解ができない。


「お前……一体いつからだ……いつから俺達をだましていたんだ?」


 ホールデンは力をり絞ってなんとか立ち上がると、サリーにきつもんした。サリーは笑うのをめると、不気味な動きでホールデンの方に向いた。


「はぁ……そんなつうの反応じゃイマイチだ」


 サリーは心底残念そうにため息をく。


「言っただろ? この世界すべては喜劇。面白ければ何でもいい」


 サリーはたんたんと言葉をつむいでいく。自分の考えが全てだというかのように。


「この世界には2種類の人間しか存在しない。俺を笑わせられる人間、笑わせられない人間。どうせ生きることなんて死ぬまでのひまつぶしでしかないんだ。なら楽しく生きたいっていうのは、ごく真っ当な感情だろ?」


 壊れている者が、真っ当なという言葉を使うのは非常にかんにあふれていた。


「この場所を的確に示された時は大変だった……俺の《真実を知れぬ者デレンジメント》はあらゆる探査スキルをキャンセルすると信じていたのに……それを裏切ってくれて……笑いをこらえるのが大変だった」


 ホールデンの《探し物グリーデイー》は自分の財産限定といったきわめて限定的なものなので、ほかのスキルのえいきようを受けないといった特性があるようだった。なので、《真実を知れぬ者デレンジメント》の能力がおよばなかったのだ。


「……この街のじようきようも……お前のわざか?」


「『この街の状況もお前の仕業か?』だって? ハハッ! なんだその質問は! お前は俺が違うと言ったら信じるのか?」


 サリーは今まで使っていた剣をしまうと、こしから新たな武器を取り出した。それはみような武器だった。けんつか部分だけで、刀身がない。が、柄についているボタンを押すといつしゆんで刀身が現れた。およそ剣というにはあまりにも長く、かつだらりとその形状が定まっていない。例えるならば、剣のむちというのが正しいだろう。


「さぁクイズの時間だ! 3秒後、この場でしやべっている奴は誰だと思う?」


 そう言ったサリーは、おもむろに柄を後ろに振り上げ、手首のスナップを効かせその鞭剣をホールデンへと向けた。


「がっああああ!」


 右ももへとちよくげきした。今まで経験したことの痛みが下半身におそいかかる。鞭で打たれた痛みと、剣でられた痛みが同時におとずれる。


「ハハッ! 正解はホールデン・ドハーティ! 『喋る』じゃなくて、『さけぶ』だったな」


 心の底から楽しいと言わんばかりに笑うサリー。

 サリーはフラフラとした調子でゆっくりとメグに近づき、そのやわはだでる。


さわるな!」


「それだ、それ。ぎやくこうがある奴は気が強い女が大好物だ。お前を買ったあの変態なんかダルマにしようとしてたな。ダルマになったあとのお前が、同じ態度をとるか見れないのが残念でならない」


 メグはくちびるくやしさを押し殺した。こんなやつの言葉で泣いたらそれこそ思うつぼである。その美しい顔が苦悶に満ちた表情になるのはある種、至高の見世物であると言わんばかりにサリーは顔をさらゆがめた。


「サリー、な、なんでだ……お前なら大逆無道の職イービルジヨブに身を落とさなくても、【勇者】として約束された未来があっただろう……」


?」


 サリーは、きょとんとした顔でホールデンを見ると、とつとつと語り出す。


「あるところに、勤勉で、規律を何よりも重んじる、人のためになることが大好きなマゾろうがいました。そいつは世界の規律と自分が決めた規律をじゆんしゆし、がんって頑張って、規律ルールを守れない悪い奴らをたおしていきます。するとそいつはまわりから感謝されるわけだ」


「な、何を言って……」


「ハハッ、まぁ聞けよ。あー、どこまで話したか……そうそう。その変態野郎が感謝されるわけだ。すると、まわりの奴らは次を期待する。そしてまた悪党をる。感謝される。そのじゆんかんだな。それが永遠に続く。そいつはまわりの期待にこたえることこそを規律にしていたから苦でも何でもない」


「一体何の話してんだよ!?」


 サリーは皮肉なみをかべる。


「お前はそういうことが身を落とさないことだって話をしたいんだよな?」


 サリーは笑いを引っ込める。


「それのどこが面白い? 規律ルール無視が楽しい生き方さ。規律ルールを破ればお前の大好きな金も簡単に手に入る」


「俺はお前とちがってそんな金はしくない!」


 サリーは心外だと言わんばかりの表情になる。


「金なんざどうでもいい」


 ホールデンが言葉を返そうとすると、サリーはおどけたように鞭剣を前に差し出す。


「どうしてだって顔してんな」


 サリーはメグの顔から手をはなすとホールデンの方に向く。


「こんなまわりくどい事をしたのは理由がちゃんとあるのさ」


 かたをすくめるとその理由を語る。


「……俺達の住む世界は金と権力を持ってる奴らが規律ルールを作っている。誰だか知らない奴らが俺をおどらせている。面白くないだろ。今日ここにきている奴らは世界中の権力者ばかりだ。見ての通りとうさくした奴らさ。そいつらが作った一見平等な規律ルールの中で俺たちは生かされているってのは、なんとも笑えないじようだんだろ? 俺はのは好きじゃない。方が好きなんだ」

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