第六章 世界は割れ響く耳鳴りの様だ⑦

 そう言い終わると鞭剣をホールデンへと乱打した。ダメージがちくせきしたホールデンはかわすことも、ぼうぎよすることもできないままその鞭剣のもうにさらされ、いたるところからせんけつき上がる。どうやらまだ殺す気はないらしく。


「ぐうう……」


 めいしようは今のところないが、血を失いすぎているので意識がもうろうとしてくる。


「ああ、安心しろ。俺はお前を絶対に殺さない」


「な……に……?」


「お前は俺と似ているからな」


「似ている……だと?」


「そうさ、いびつなまでにちよくな思いってヤツがな。お前は妹との〝約束〟で俺は〝きようらく〟。一見全く違うように見えるが、しつという意味では全く同じだ。ある種の偏執パラノイアかかえて生きている。


「……っ!」


「そういう奴はあまりいない。ハハッ! やったね! おめでとう! レアキャラってやつだな! そんなレアキャラを殺しちまったら俺の楽しみが減っちまう。お前は俺のおもちゃだ。一生俺を楽しませる義務がある」


 確かに、サリーの言葉はあながち間違いではない。過去の約束におのれの人生を全てける。それは尊いことであると同時に、きようもはらんでいる。常人であれば時がつにつれ、強い思いも風化し、原動力をなくしていくものである。しかし、ホールデンの思いは風化しなかった。それは、それ以外に固執するモノが何もないからだ。

 しかし、ホールデンは……


「ふざけんじゃねぇよ……確かに俺はからっぽなのかもしれない……だからこんなわけのわからない遊び人っていう職業ジヨブいちまったんだと思う。だがな……お前みたいな奴といつしよにされるなんて反吐へどがでる!」


 ホールデンはあらん限りの叫び声をあげ、全力で否定し、最後の力を振り絞って立ち上がる。そして剣をにぎると弱々しくサリーに斬りかる。だが、そんなこうげきが通じるわけもなく、鞭剣でなんなくげいげきされてしまう。反撃できないように、何度も何度も斬りつける。


「もうやめて! 死んじゃう……」


 メグの悲痛な叫びを受けて、サリーの攻撃の手が止まる。


「……ああ、いいコトを思いついた」


 サリーは鞭剣をメグに向ける。


「客も望んでいたし、ダルマにした状態で送り届けてやることにするか。助けに来た女を目の前でダルマにされた時、はたしてお前はどんなかおになるんだろうな」


 ホールデンはすでに半死半生の体で己のまりにしていたが、その言葉が呼水になりかろうじて顔だけ上げる。


「や、やめろ……」


 激しい痛みの中、なんとか声をしぼり出すことができた。だが、その声すらサリーを楽しませる要素でしかない。


「それそれ。そういうほうみたいな貌が見たいのさ」


 サリーはそういうと鞭剣を振りかぶり、メグにねらいを定めた。

 ただただこんがんすることしかできない自分に絶望する。

 なんという無力。妹を手放した時と何も変わらない。努力をしていたつもりは、実のところ本当に『つもり』であった。

 懇願だけでは何も救えない。大事な仲間はおろか、自分すらも。

 それでもホールデンは神にはいのらなかった。祈ったところで何も変わらないことをいやというほど知っていたからだ。神っていう都合のいい集金装置は何もしてくれない。いつだって苦難を打破するのは己自身。だからホールデンは最後まであきらめようとはしなかった。

 履歴書ウオークオブライフを力なく開く。だとわかっていても、やれる事を探す。

 するとそこには見覚えの無いスキルがさいされていた。それを無我夢中でえいしようする。


[──俺には何も無い]


 履歴書ウオークオブライフがわずかだが金色にかがやきを放ちだす。


[何も無い……]


 履歴書ウオークオブライフの輝きが詠唱に呼応して増していく。


[働く事が、生きる事であるならば、生きる事は、働く事なのか]


 サリーはそこでホールデンの様子がおかしいことに気がついた。


[人生とはほうまつなものである。ならば、俺は何も無い事を人生とする]


 が、別段気にした様子がなく、そのまま鞭剣をり下ろす。


[遊びの時間は終わりだ……転職チエンジ──【──】]


 サリーのきようじんはメグを傷つけることはなかった。なぜならばメグの前にホールデンが立ちはだかり、やいばつかんでいたからだ。ホールデンの手からは当然のように真っ赤な血がしたたって来た。


「……摑んだだと?」


 鞭剣の速度はすさまじい速さでじゆうおうじんに動き、それをとらえるのは至難のわざだ。ホールデンのステータスではその動きすらそくすることはできないはずであった。

 ホールデンは刃を離すと、静かに新しい詠唱を開始した。


[まだ死ぬ気はない。もし、死ぬとしてもこの場ではない。時と場所は自分で選ぶ]


[人が失いたくない者を得た時、人はようやく気がつく事ができる。それがおそくないのを願う]


万物の鍵アカシツクレコード


大天使の恵みリカバーライト


 声が二重にひびわたるとホールデンの体をやわらかい光が包み込む。と、同時にメグとティアとほかの女の子達からも緑色の光があふれる。


「……えっ?」


 メグとティアからおどろきの声がれた。《力無き者リストリクシヨン》でしばられていた女の子達は解放される。

 そして、あれだけひんの重傷を負っていたホールデンの体は元にもどっていた。


「ティア、フラワーズを下ろしたら、ゆうかいされていた子達を外に……」


 ホールデンはらわれていた女の子達をがすようにと小さく指示を飛ばす。

 ほうけていたティアはホールデンの声で我に返り、はりつけられていたメグを下ろすと、すぐに誘拐された女の子達を外に逃がす。


「《多重詠唱マツドキヤスト》……だと?」


 サリーは目を見開いた。

多重詠唱マツドキヤスト》は、とある〝失われた職業ジヨブ〟の固有スキルである。


「ハハッ! 一体どんなカラクリだ?」


 その問いにホールデンはかすかな笑みで応える。

 一歩。

 ホールデンはサリーに近づく。

 一歩。

 サリーはホールデンからきよを取る。

 無意識に一歩下がってしまった自分をふつしよくするように、サリーは詠唱を開始する。


[神は人の上に人を創らず、人は人の上に人を作り出す]


 その詠唱にかぶせる様にホールデンも詠唱を開始した。


[真実がくつく時、うそは白日にさらされる]


 スキル名を同時に放つ。


力無き者リストリクシヨン


技能滅しスキルミユーテイレーシヨン


 サリーの《力無き者リストリクシヨン》は発動しなかった。ホールデンが《技能滅しスキルミユーテイレーシヨン》というスキルをしようめつさせるスキルを発動させたからだ。


「なんだ……そのスキルは……」


 そのせつ──

 サリーににくはくし、鳩尾みぞおちするどこぶしたたき込む。


「ぐっ……」


 サリーは体をくの字に曲げる。


「笑えねぇよ……」


 そしてさらに一撃。

 みぎほおにフックを打ち込んだ。たおれ込むサリーにホールデンは悲しい顔でさけぶ。


「全然笑えねーんだよ……なぐるのがおもしろいわけないだろ!」

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