第六章 世界は割れ響く耳鳴りの様だ⑤

「てめぇええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」


 ホールデンは剣を握りしめるとだんじように切りかかって行った。狙いはリチャードである。さすがというべきか、リチャードはサリーのステータスを完全コピーしたホールデンの一撃をこぶしでいなす。


「どこの鹿かと思いきや、【遊び人】じゃねーかよ」


 リチャードは急に現れたホールデンに対していつもの下品な口調に戻り、現れたことにはさしておどろいた様子がない。周りにいた客達も何かの余興なのかと笑い声をあげていた。


「ここにいる子達を返してもらうぞ……クソろう!」


 演技っぽく肩をすくめるリチャード。


「何だ、お前もこの女どもを買いに来たのか。なら金さえはらえば持っていってもらって構わねぇぞ。しらねぇ仲じゃねーし、少し安くしてやるぜ」


 さらってきた女の子達を物あつかいするリチャードに、ホールデンのいかりはさらにあがる。


「お前みたいな三下が、こんな大それたことできないだろ。バックにいる奴は誰だ!?」


 ホールデンのちようはつにもリチャードはゆうみでこたえる。


「はっ! さんしたか……確かにお前にそう言われても仕方ねぇな。察しの通り、絵図をいた奴がいる。奴とは利害のいつで手を結んだのさ」


「そいつは誰だ!? なんでこんな事をする!?」


「おいおい、質問ばっかだな。それに『なんでこんな事をする!?』だって?」


 けつさくじようだんを聞いたと言わんばかりにこうしようするリチャード。


「お前は馬鹿か。この世界でを売る理由なんてわかりきってる。金に決まってるだろ。あんなしょぼい街でシノギしてるよりこいつらを売っぱらった方が早いのさ」


 笑い続けるリチャードにホールデンは意思のつうが不可能だと判断し、剣を構えた。


「お前はもうしやべるな……」


「はははっ! ぜん者ぶるなよ。お前だって金が必要だろ? なら大人になれ。考え方さえ変えれば、すぐに金持ちになれるぜ」


「喋るなっつってんだろ!」


 ホールデンは剣を大上段に構え、リチャードにかぶるが、拳でさばかれる。次の瞬間、連撃をリチャードに放つが、それすらも全ていなされてしまう。にもかかわらず、リチャードは反撃するりをいつさい見せなかった。ぼうぎよてつし、反撃できないのだろうか。ホールデンは考えるのを止め、確実に仕留められる【勇者】のスキルを使用するために、剣を振るう手を止めず、詠唱を開始した。それを見たリチャードはかすかにくちびるほころばせる。それを見たホールデンにいちまつの不安が落ちた。しかし、詠唱は止められない。


[私は天にしばられる神を見た。だから私は神を自由にするため、地に下ろした]


魔術剣技マジツクソード付随させるは雷撃サンダーボルト


 剣にかみなり属性のじゆつし、られた者は感電してしまう、非常に殺傷力の強いスキルである。連撃中に《魔術剣技マジツクソード付随させるは雷撃サンダーボルト》を使用したので一瞬でだんちがいの速度になり、リチャードを斬りせる。そのまま動かなくなったリチャードを見たホールデンはゆうであったかと思い直した。

 会場はそうぜんとなる。これが余興ではないということに気がついたのだろう。我先にと出口を求めてまどう。


とつぱつ的におとずれる怒りとは、きように似ている]


 誰も逃がさないと言わんばかりに後方からサリーのじゆもんつむがれる。


神の威光スパークデイスチヤージ


 スキル名を発声すると、ホール全体に青白い電流が走る。その電流を浴びた仮面の男達はきようかんさけび声をあげ、その場にたおれ込んだ。

 ティアはたい裏から現れ、《断罪の刻ジヤツジメント #1》でリチャードの部下をあつとうした。しかし、リチャードの部下が思った以上に多く、ティアとサリーだけで対応できないでいると、後方からスキル詠唱が聞こえて来る。


わずらわしい多くの物事の最短の解決策は、煩わしい小さな1つを見つける事だ]


破壊の一撃ブレイク ア ブロー


 リチャードの部下の悲鳴が聞こえる。視線をそちらに向けるとしつこくがいとうに身を包んだ人物が3人いた。外套にはクートヴァス・インクのもんしようがある。


(あれは……王の剣ライトハンドオブキング……? なんでここに……)


 ノアは王の剣ライトハンドオブキングをホールデン達の護衛という名目で動かしていた。そうすることにより、メグ捜索を直接できない王の剣ライトハンドオブキングでも、ホールデン達がアジトを見つけた時に同行でき、力も貸せるように計らっていたのだ。

 スキルから察するに彼ら3人の職業ジヨブは職業価値AAA以上の【重拳闘士The Hevy Attack】だろう。

 彼らが味方として動いてくれるのはこの上なく心強い。

 そこでホールデンの《ものまねフエイカー》の効果が切れ、元に戻る。今までは《ものまねフエイカー》の力が切れると同時に意識を手放してしまっていたが、何度も使用し、なんとか気を失わないまでになっていた。しかし、これ以上戦えるだけの力は残ってはいない。

 メグは目の前に現れたホールデンの背中を見ると、先ほどまでのこわれた表情に生気が戻るが、今度はあんからくるなみだかんできた。


「おい! だいじようか!」


 ホールデンは磔られているメグにけ寄りいましめを外そうとする。


「な、何しに来たのよ……」


 が、メグは身をよじりそれをきよした。


「いや、何しに来たも何も見ればわかるだろ! 助けに来たんだよ!」


「私はアンタみたいな軽い男に助けてもらいたくない!」


「あ、あの時のアレはなんというか……ちゃんと説明させてくれ……というか、今こんなやりとりしてる場合じゃねーんだから大人しく助けられてろよ!」


 ホールデンは酒場での事を思い出し非常にバツが悪くなるが、一刻も早くここからメグを助け出すのが先決なのでその感情を押し殺す。


「うるさい! 私を助けに来たのだってどうせお金が目当てでしょう!」


「ああ! そうだよ! その通りだよ! 何か文句あるのか!? 助けに来た事には違わないだろ! 大体お前さっき泣いてたよな!」


「な、泣いてなんかあらへんもん!」


「いいや、泣いていたね!」


 ともすればげんかに聞こえるようなやり取りをするホールデンとメグ。だが、メグの表情には活力が戻って来たようだった。それがホールデンと会話をしたからだとはメグは絶対に認めないだろう。


「そもそも、お前ほどのやつがただだまってやられそうになってる理由がわからないんだよ。なんで自分のスキルを使って戦わない?」


「……それなんだけど、履歴書ウオークオブライフけんげんできないの。たぶんあいつのスキルだと思う」


「あいつ? もしかして、リチャードを裏であやつっていたやつか?」


「気づいていたの? そう。リチャード・ケリーがしゆぼうしやじゃない。実動部隊ってところ。あいつは基本的にこの場所にはいない。いつもどこかに行っていたわ」


「顔とか見たのか?」


「それが顔をかくしていて見れなかったけど、目印ならつけたわ」


「目印?」


「そう。目印。倒される前に私のスキルでそいつの右腕に傷をつけてやったの。切り傷は系のスキルで治されていると思うけど、ずいした魔術の傷は簡単には治らないから火傷やけどあとが残っているはず」


「それだけじゃ見分けるの難しいだろうな」


 そういえばと、ホールデンはサリーも右手をしていた事を思い出し、冗談ぽく言おうとしたその時──


「ホールデンけて!!」


 メグは大声で叫んだ。

 瞬間、ホールデンの腹部に燃える様な痛みが走った。


「えっ……」


 ゆっくりと視線をおのれの腹にやると、そこには真っ赤に染まった刀身があった。さった剣がゆるりと引きかれて行く。


「ぐはっ!」


 ホールデンはたまらずその場に崩れ落ちてしまう。

 メグのぜつきようがホールにひびわたった。


「■■は■っ■■■■■っ■■はは■い■■っ■■■ひ■■■っ■■っ■■は■は

っ!」


 形容しがたい哄笑が場を支配し、その声の出所はサリーであった。いつものひとなつっこい笑顔ではなく、人を見下したようなこくはくな笑みを浮かべ、血に染まった己のけんを見ていた。その後サリーは履歴書ウオークオブライフを開き、一言告げる。


転職チエンジ


 サリーの履歴書ウオークオブライフが漆黒に染まっていく。


「な、なんで……」


 ホールデンの腹からは血が止めどなく流れているが、急所は外されていた。

 サリーのまがまがしいこうしようが響き渡る中、王の剣ライトハンドオブキングの3人はすさまじい速度でえいしようを唱える。


[他者を非難するその指は、本当に非難できる指なのか確認しろ]


撃滅の乱撃ラムダエラデイケーシヨン


 王の剣ライトハンドオブキングの3人は同時に同じスキルを発動させると、一斉にサリーにおそいかかる。機転の速さは、さすが王の剣ライトハンドオブキングというべきだろう。

 それをゆうぜんと見つめるサリーはつぶやく。


「ハハッ! 笑えるもん見せてやる……3……2……1……」


 ひたすら笑い続けるサリーに3人のこぶしがヒットすると思われたしゆんかん。サリーはスキル詠唱を終える。


[神は人の上に人を創らず、人は人の上に人を作り出す]


力無き者リストリクシヨン


 王の剣ライトハンドオブキングの3人に黒い影がおおうと、スキルは発動しなかった。それどころか、3人の履歴書ウオークオブライフは搔き消えてしまう。戸惑いを隠せない3人の後ろにまわったサリーは、持っていた剣で3人を一瞬で戦闘不能にしてしまった。


「0! ハハッ! 最高だろ! しゆうをかけたつもりがすぐに地にせるのは!」


 サリーがそう言い終わるか終わらないかのせつ、ティアの詠唱が響いた。


[一の罪は、千の善行にてあがなう事ができるのだろうか]


断罪の刻ジヤツジメント #1》


「対象者──サリー・バーンズ 罪状──」


 そこでティアの言葉は不意に止まってしまい、強くこんわくした。


「罪状が……ない?」

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