第六章 世界は割れ響く耳鳴りの様だ④

「さぁ! それではどんどん次に行きましょう! 次は──」


 あくの祭典はなおも続いて行く。夜がけていくとやみくなるのと同じように、きようも色濃くなっていく。むせ返るような人間のはい部分がこの空間にじゆうまんする。その狂気が最高潮になったのは一番最後の商品が登場した時であった。


「それでは、今宵12人目にして大トリの目玉商品の登場になります!」


 リチャードが興奮をおさえられないとでも言うかのように叫ぶ。


「さぁ! こちらがその目玉商品! クートヴァス王国第57代目国王ノア・フラワーズの1人娘、メグ・フラワーズです!!!!!!!!!」


 鎖につながれたメグは力なく、されるがままになっていた。ほかの者と同様に扇情的な格好ではあるのだが、ちがいがある。きゆうていで着るような豪奢なドレスがベースになっていた。もちろんつうのドレスではなく、究極的にはだの露出が多いデザインになっていた。おそらくひめであることを強制的に連想させるためだろう。

 ホールにいる男共はきようがくと悦びがない交ぜになった歓声をあげた。一国の現役の姫が売りに出されているのだ。そんなことは前代未聞であろう。金さえ積めばあの美しい姫に己の欲望の限りをくせるのだから、男達の興奮する様は必然だ。


「こちらの商品には100億ルードの身代金を要求しておりますので、100億ルードからのスタートになります」


 ホールデンはおもわず見を乗り出し、ホールにかけ出しそうになるが、直前でサリーに制止された。


「……くそったれが」


 100億ルードというすさまじい値段なのでこれは入札が期待できないのではないかと、リチャード達は考えており、最悪国王にメグを引き渡し、100億手に入れる算段であった。が、そんな考えを裏切るかのようにポンポンと値段がつり上がっていく。


「120億!」


「130億!」


「180億!」


 まだまだ上がりそうであったが、1人の男の声でとうとつに終わり

を告げた。


「1000億」


 あれだけ獣欲の叫びでまみれていた場が静まり返った。


「……1000億?」


 リチャードはその額に目を丸くした。そんな額は想定のらちがいにあったからだ。


「そ、それでは1000億という金額がでましたがそれ以上はありませんか?」


 それ以上でないとわかっていながらも、形式的に声をあげる。やはり、1000億以上出せる者はおらず、そのまま落札の運びになった。


「では99番様こちらの方で商品のご確認を」


 99番の男は静かにひとがきを分けて前に出てくる。そして舞台上に上がると、メグのあごを持ちじっくりと顔の造形を確認した。


けがらわしい手でさわらないで……このろう……」


 ののしられると99番の男は声を押し殺して笑った。しばらく笑うと99番の男は手で舞台袖を指し、そちらの方にリチャードを向かわせようとした。最初は何かと思ったリチャードだったが、支払いだと気がつくと一言客にあいさつすると後ろに下がって行った。


(1000億ルードだと……そんな額こんな場所でポンと出せるやつなんて……)


 ホールデンが内心そう考えていると横から小さな声でサリーが話しかけて来た。


「……きっとあの男はどこかの王族だろうね」


「……ああ。そうだろうな。それにしてもこんな大規模なマーケットを開けるような奴だったのか? リチャード・ケリーは」


「……きっと裏で糸を引いている奴がいると思う。そいつがどこにひそんでいるのかが問題になるね」


「そうだな……」


 人が多過ぎて、どいつがこの悪夢を開いた黒幕なのかわからなかった。


「ホールデン君、客が全てはけたらすぐに助けに行けるように、君の《ものまねフエイカー》で僕の【勇者】をコピーしておいてくれ。そうしたら何があっても、僕と君とで戦力が2倍になるから、不測の事態にも対応できる」


「わかった。なら俺とサリーでリチャードをやるから、ティアはまわりにいる暗渠の宿の残党をたのむ」


「……わかった」


 ホールデンは《ものまねフエイカー》のえいしようを開始する。


[俺以外すべての職業ものを──俺がとうたつすべきその職業ものは……勇者The Brave


 これで準備は整った。

 すると、ホールの方から歓声が聞こえて来た。3人はホールの方に意識をやると、リチャードと99番の男が舞台にもどってきていた。


「皆様! 99番様のごらいでこちらのメグ・フラワーズ商品を使ったおもしろいショーを行うことになりました」


 ホール内は何が起きるのかという期待感であふれていく。


「ショーは、姫のを今から切断するというエキサイティングなものになります!」


「なっ?!」


 3人のしようげきとは裏腹に、ホールにいるちく達は喜色のぜつきようをあげる。


「99番様は皆様と姫をダルマにして楽しむとおっしゃっております」


 メグはそれを聞き顔面がそうはくになる。

 リチャードの部下が準備を始め、じゆうにメグをはりつけにする。その際、メグは特にていこうすることがなかった。何らかのスキルのえいきよう下にあるのだろう。

 全ての準備が整うと、リチャードはけんを構える。


「それでは、しようこの私めがメグ姫の四肢を切断するえいを拝させて頂きます」


 99番の男の表情はうかがい知れないが、おそらく不気味に顔をゆがませているのだろう。


「いきなり切断してしまうのもなんなので、まずは……」


 リチャードのにぎきようじんがメグの衣服を切りいた。しゆんかんなまめかしいたいがあらわになる。下着姿になったメグはしゆうに顔を歪めた。


「くっ……」


「「「「おおおおおおおおおっ!」」」」


 あられもない姿とその表情が、男達の欲望をあおり満たしていく。


「さぁみなさま! もっとくずれ落ちる様を見たくないですか?」


 そうリチャードが観客に言うと、メグの耳元で絶望的な言葉をささやく。


「切り落とした両手、両足はれいに包装してお前の両親に届けてやるから安心しろ」


 その言葉を聞いたメグは、目に見えて表情がくもっていく。先ほどまではしようすいしてはいたものの、目の奥に宿す高潔さ、強さはいささかもうすらいでいなかった。だが、自分の手足を両親に届けるという鬼畜の所行を聞き、そのしんれる。


「お、お願い……めて……」


 自分の手足が届けられれば両親ははつきようするほど悲しむだろう。それを想像しただけでメグの心はついにほうかいしてしまう。

 そのこんがんを聞いたホールにいる客とリチャードは今夜最高潮の盛り上がりをこうしんした。

 99番の男もかたを揺らし、声を出さないよう器用に笑った。


「さて、盛り上がりも最高潮になったところでいよいよお待ちかねの四肢切断ショーに移って参りましょうか」


 剣を大上段に構えると、メグのみぎうでねらいを定める。


「だ、だれか……助……けて……」


 そのか細いメグの悲痛な声が届いたのかは定かではない。1つ言える事は──



 そこが、ホールデン・ドハーティの限界であった。

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