第六章 世界は割れ響く耳鳴りの様だ③

 異様な街だった。

 ホールデン、サリー、ティアは第10区画のガヌーブにとうちやくした。

 時刻はこくいんが世界を支配する。この姿がるべき姿だと言わんばかりに。

 街は静かだった。時間を考えれば静かなのは当然である。だが、。街からは何の音も気配も光も感じられない。夜静かなのは基本的にいい事である。しかし、行き過ぎたせいじやくは不気味さをともなう。ガヌーブは人口1000人ほどの小さな街である。その1000人がいつせいねむりにつく事等ありえない事だ。いや、仮にそうであったとしても人間の気配というものは消えるものではない。


 


 街というものは人間が住み、営んで『街』たりえるのだ。それがない街はなんとおぞを伴うものなのだろう、と目の前の街を見てホールデンは背筋を寒くする。

 ホールデン達は《探し物グリーデイー》が指し示す場所に向かって、けいかいしつつ歩を進めた。

 点が指し示す場所は大きな洋館だ。その洋館にも明かりはなかった。

 3人は手分けしてその洋館の周辺をさぐる。


「特に何も変わったところはないね」


「ああ。こっちも特にあやしいところはなかった」


 ホールデンとサリーが合流すると報告をした。

「それにしてもこの街なんなんだろうな……」


「そうだね。はいきよというわけでもないし、なんで人がいないんだろう」


「この洋館も窓から中をのぞく限り、れていないしれいなもんだったぞ」


「……このみようじようきようおそらく何らかのスキルが使用されているんだろうね」


「まあ、そうなるよな」


「……2人ともこっちにきて」


 ティアの呼ぶ声が聞こえて来た。そちらの方角へ向かう。洋館の左横にティアはいた。


「ここを見て」


 ティアが指し示した場所は地下に続く階段で、階下からわずかに光がれていた。この街に来て初めての明かりであった。


「……行くか」


 ホールデンがそう言うと2人はしゆこうする。

 階段を降りきると、ドアノブに手をかけた。どうやらかぎはかかっていなかったのでしんちように中に入る。そこは大きな物置部屋であった。整然と物が並んでいるのを見ると、最近までここはちゃんと管理されていたことがいちもくりようぜんだ。

 3人は物置部屋の奥にある扉を開く。そこはうすぐらろうになっていた。

 いつ敵がでてきてもいいようにおのおの履歴書ウオークオブライフけんげんさせ歩く。き当たりの扉まで行くと3人は立ち止まった。扉の向こう側から人の話し声が聞こえてくる。それも数人ではなくてつもなく大人数の声だ。《探し物グリーデイー》が指し示す点はこの扉の向こう。ホールデンは少しだけ扉を開けると中の様子をうかがった。扉の先はかなり大きな部屋であった。2階分ぶち抜いた開放感あるてんじようで、ホールデン達のいる場所は2階部分にあるかいろうであった。本来はとう会などで使用する部屋なのだろう。天井からはしようしやな洋館らしい、ごうしやなシャンデリアがるされており、こうこうと明かりをともしていた。


「何だよ……これ……」


 ホールデンは扉の先の異様な光景に息を飲む。

 ダンスーホールには数百人の仮面を被った人達が正装をしてかんだんしていた。手にはシャンパングラスがにぎられ、何らかのパーティがもよおされているようである。これだけの人数にもかかわらず参加しているのはすべて男性だ。


「……ホールデン、中はどうなってるの?」


 ティアがホールデンのかたつかみ、たずねてくる。


「……かなりの人数がいる。何をやっているのかは全くわからないけど」


 ティアとサリーはこうに中を覗き込んだ。


「なんなんだろうね……この集まりは」


「参加者が全員男っていうのが何か不気味だな」


 すると、部屋の一段高くなったたいに1人の見覚えのある人物が舞台そでより登場した。


しんみなさまよいお集まり頂きましてまことにありがとういます。本来であれば明日の夜かいさいされる予定でしたが、こちらの都合で今宵になってしまい、深くおいたします」


 深々と頭を下げるその人物は……


「……リチャード・ケリー」


 ホールデンは苦々しくつぶやく。


「それでは、深い時間なのでさつそくのおと参りましょう」


 リチャードがそう言うと、舞台袖よりあんきよの宿の残党が姿を現した。その手にはくさりが握られている。


「おらっ! 早く歩け!」


 鎖を強く引くと、その鎖につながれた女の子達が姿を現した。

 総勢12名。全て容姿にすぐれた美少女ばかりであり、格好はしゆつが多く、男のじゆうよくを最大限に引き出すせんじよう的な服装であった。

 全員が姿を見せると、参加者である男達は舞台まで一斉に移動する。女の子達に向ける視線の奥にある情感はいんよく、肉欲、色欲、情欲、淫情、れつじようなど、あらゆる性欲をごったにしたものであった。


「さぁ皆様、お目当ての商品が決まりましたか? 早速りに移ろうと思います」


 リチャードが視線で部下に合図すると、1人の女の子をだんじようの中心に引っ張った。


「さぁ、最初はこの子です。名前はアリア・ラニスター14歳! ご存知の方も多いかもしれませんが、ラニスター・インクの創設者であるヴァリス・ラニスターの1人むすめであります。くりいろの甘いかみとクリクリとした可愛かわいらしいひとみとくちようの美少女です。もちろん処女になります。落札者様の好きなように染めあげて下さい。この子の親が提示したみのしろ金額が5億ルードなので、5億スタートでお願い致します」


 するとせきを切ったように参加者達は数字が書かれたプレートをかかげ、値段をさけび始めた。


「5億2千!」


「5億6千!」


「5億9千!」


 値段を叫ぶ男達のこわいろを聞いているとむなくそが悪くなる。

 ここは人間を売買する『人間売店ヒユーマンストア』。

 すさまじいほど値段がつり上がっていく。その額には現実感というものが欠落していた。


「はい、6億7000万ルード以上はいませんね? それでは29番の方が落札とさせて頂きます。それでは商品のごかくにんをお願い致します」


 29番の男は身長が低く、その割に体重は非常にある体型をしていた。いやでもしゆうあくぶたを連想させる。29番は息を切らしながら登壇すると、興奮を押さえられないといった感じでアリアに近づいた。アリアの髪を摑むとおもむろに口にふくんだ。にちゃにちゃとその髪を味わう。「ひっ」と、小さな悲鳴が上がる。その声に29番の男のぎやく心に火がついたのか、おのれくさい舌を出すとアリアのほおと首筋にわせる。


「た、助けて下さい……お願いします……」


 か細い声でアリアは助けをう。が、それは聞き届けられるはずもなかった。

 ホールデンは頭に血が上り、ホールに飛び込もうとした。だが、サリーとティアに止められてしまう。


「今出て行っても勝ち目はないよ。あの人数じゃ多勢に無勢だ。向こうの勢力もあくできていないし、無策には飛び込めないよ……」


「くそっ……」


 ホールデンは地面をたたいて己を押さえ込む。

 この世が善人ばかりで世界がめぐっているなんてぼうやみたいな考えではなかった。正義なんてモノは人間が作り出したエゴの固まりだ。そんなまがい物なんてなくても世界は回る。こうして自分の目の前であくらつ、悪逆、悪質なこうの当たりにするとき気がする。ホールデンは自分が聖人君子だなんて一ミリも思っていない。むしろ、ゲスのたぐいだと理解している。たましいは、生まれた時に、皆平等な物である。だが、魂はその者の生き方だいで肥え太っていく。ホールデンの魂も欲というぼうがついていることを否定しない。しかし、あそこで人間を売買するようなクズ共とはいつしよにされたくはなかった。


「はぁはぁはぁ……」


 29番の小太りの男はしんぼうたまらなくなり、アリアにきついた。アリアはついに大声で悲鳴を上げる。その声がホールにひびわたるとその場にいた男達は、最高の見世物であるかのようにかんせいをあげた。女の子の悲鳴が至高のよろこびなのだろう。


「はい、29番様。その続きはこちらの商品をお届けした後にして下さいね。それではおはらいをお願い致します」


 リチャードがそういうと29番の男は名残なごりしそうにアリアからはなれ、己の履歴書ウオークオブライフを取り出すとばやい仕草で指を動かし、入金を終わらせる。


「……確かに。ありがとうございます。それでは彼方あちらでご配送の手続きをお願いします」


 29番の男はリチャードにうながされ別室に去っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る